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日本翡翠飛龍を補充、原石・ブレスも新規掲載しました 12:08
飛龍
<新着製品・飛龍> 
「日本翡翠獣型勾玉・飛龍」のページに飛龍12点を新規掲載しました。
新潟県糸魚川市産の無染色未処理の国産翡翠(糸魚川翡翠)を使用しています。
天然石加工専門の職人がひとつづつていねいに制作しました。
飛龍は世界最古の龍の玉彫刻をヒントに天翔(あまかけ)る龍をイメージして制作した
当社のオリジナルアイテムです。
飛龍は自分の可能性を開き、夢を実現する勇気と気力を与えてくれます。
毎日が新鮮になります。
日本翡翠には言葉で表現しにくい色合いをしたものがあって、
「若緑色」と表示したものは色彩辞典に近似の色合いをさがしました。
魅力のある緑色です。

ラベンダージェード
<新着製品・翡翠原石> 
「日本翡翠・ミャンマー翡翠原石」カテゴリー、「日本翡翠原石」ページに3点を追加しました。
撮影の小道具用に取り置いてあった選りすぐりの原石です。
結晶粒子が密で、どの原石も固そうに見えます。
うち1点は薄い藤色をしている部分があって、産地ではラベンダー翡翠とよばれています。
翡翠は日本を代表する国の石に選ばれています。
産地が国内にあって、縄文時代には呪術的な宝飾品として活用されていたなど、
日本は世界最古の翡翠文化の土地柄ゆえのことです。
翡翠はヒスイ輝石という鉱物を主体にした岩石で基本色は白、
微量の異種鉱物がまざると緑・青・黒・藤色などに発色します。
日本産翡翠では明るい灰色をベースに青味や緑味をおびているものが一般的です。

日本翡翠ブレス
<今月の新製品・日本翡翠ブレス> 
日本翡翠10mm玉ブレスレット・バーゲン品を「日本翡翠ブレスレット/バーゲン品」に掲載しました。
「わけあり品」ではありません。通常価格で販売して問題のない製品です。
お客さまへの感謝セールのいっかんとして8,500円クラスの日本翡翠10mm玉ブレスを5本限り、
半額で提供します。
翡翠の基本色は白で、微量の異種鉱物がまざることで緑・青・黒などに発色します。
明るい灰色は国産翡翠では一番ベーシックな色合いです。
日本を代表する「国の石」に選ばれた翡翠は「和」のパワーストーン、
人との出会いをうながすといいます。
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新芽勾玉・獣型勾玉など日本翡翠製品を補充しました  09:39
新芽勾玉
<新着製品・新芽勾玉> 
ホームページの「日本翡翠勾玉/20mm」を刷新、新芽勾玉を17点、小型勾玉10点を新規掲載しました。
どの製品も新潟県糸魚川産の無染色未処理の国産翡翠(糸魚川翡翠)を使用、
天然石加工の専門職人が1個つづていねいに手作りしました。
神話時代の日本の国土は豊葦原中津国(とよあしはらなかつくに)とよばれていたように、
葦は特別視されていて、葦の若芽(アシカビ)は成功をもたらすパワーの象徴とされていました。
新芽勾玉はアシカビをデザイン化した縁起のいい勾玉です。
20mmサイズの小型勾玉は従来価格より500円値下げしました。
根付けなどにして気軽に楽しんでいただけます。

吉祥勾玉
<新着製品・吉祥勾玉> 
日本翡翠吉祥勾玉9点を「日本翡翠勾玉/30〜35mm」に新規掲載しました。
翡翠は日本の「国の石」。
勾玉は日本列島独自の最強の守護石とされていて三種の神器にも選ばれています。
30mmサイズの勾玉を幸先(さいさき)のよい勾玉の意味で、当社では吉祥勾玉とよんでいます。
古代からの「形」を大切に継承しています。
よこしまなものを弾きかえし、幸運を招きよせる勾玉です。
使用している原石は新潟県糸魚川市産、無染色未処理の国産翡翠(糸魚川翡翠)です。
天然石加工の専門職人が1個づつていねいに制作しました。

獣型勾玉
<新着製品・獣型勾玉> 
日本翡翠製品の掲載点数が少なくなったので、新規掲載を急いでいます。
「日本翡翠獣型勾玉・飛龍」のページでは、
「日本翡翠獣型勾玉ワカクサ」の¥7,500クラスを8点新たに紹介しました。
新潟県糸魚川市産の無染色未処理の国産翡翠(糸魚川翡翠)を使用しています。
どの製品も白地に明るい灰青色をまぜたような色合いをしています。
獣型勾玉は古墳時代の遺跡から出土する同形の勾玉を参考に制作しました。
動物型の精霊は、危機・災難を事前に察知し、よこしまなものから身を守り、
幸運や財運に恵まれるためのブリンギング・アニマルとして人々を助けてきたと思います。
身近に置いて友だち付きあいするつもりになると、いろいろなことを教えてくれます。

ホームページ入り口はこちらです。
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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 10/25-28 2018 08:34
一葉観音
★10/25<過ぎてゆく日々のこと>
穏やかな陽射のしたで秋が深まっていく。
窓の外、丘陵の木々たちが紅葉するまでにはまだ時間がある。
見え隠れする枝ぶりを眺めていると自分が鎮まっていく。静けさの底へ降りていくようだ。
倉庫には天然石加工品、鉱物原石、水晶クラスターなどといっしょに、仏像コレクションも保管してある。
そのうち3体ほどを窓辺の自然光で撮影した。一体は蓮の葉を光背にした観音菩薩で、
一葉観音のバージョンのひとつのようだ。
中国で禅を学んだ道元が帰朝する折り海が荒れた。
道元の祈りに応えて蓮の葉に座す観音が現れたという。
以来一葉観音は人生の荒波から人を守る守護仏になった。
蓮の葉の光背はインドの石窟寺院の壁に見える。
悲しいときや寂しいとき、困惑したり辛いときには観音を思う。
みんなちょっとの間ここにいるだけだから、そんなに哀しんだり悔やんだりしなくててもいい、
と言ってくれるだろう。


二十面体
★10/27<過ぎてゆく日々のこと・啓示> 
「光をあげよう」とそれが言った。すると光がでてきた。
水色のトルマリンのように澄んでいて冷たい光だった。それがオレンジのサファイア色に変わった。
「形をあげよう」とそれが言った。すると影のなかで幾何学的な蓮の花が開いた。
水晶正二十面体は宇宙意識の結晶。


二十面体
★10/28<過ぎてゆく日々のこと・啓示> 
窓辺に飾ったセレスタイト(天晴石)と水晶正二十面体。自然光のみで撮影。
光はごく短い間あらわれて消えた。
そのあと、正二十面体を動かしたり、カメラ位置を変えたりしてみたけれど、再度現れなかった。
二十面体はオーム・シャンティ・シャンティ・シャンティ。
それは天と地が交わるところ、胸のチャクラに宿る。
シヴァは上から降りシャクティは下から登る。両者はここで交合して、歓喜に溶ける。
精神原理と物質原理が合一する。
水晶正二十面体は仏教風には般若心経であり法華経でもある。
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岩船神社に乳白色の光の柱が立った  09:51
ミズチ
<子天狗玄太> 
子天狗の物語の龍蔵神社は岩船神社と名称を変更しました。
龍蔵神社の女神がショートパンツ姿だと迷惑に感じる人がいるかもしれないので。
彼女は髪を高い位置でポニーテールに結んであぐらを組み、玄太の隣に座っている。
あんなにキュートな女の子はこれまで見たことがなかった。
今から1000年ほどの昔、平安時代のはじめ、空海が高野山を訪ねて、
丹生津姫の出迎えを受けたのと同じころ、数十羽のオオサギを供に、あやなす電磁波のシールドに包まれて、
形を見定められない岩船が陣馬山のふもと、醍醐川のとある淵に着水した。
岩船は水中に没して、一頭のミズチが川をくだった。
ミズチは山裾の一角、農家が一棟建てられるほどの空き地に上がってとぐろを巻いた。
修験の行者がそれを霊視して、竜宮の女神の来訪といって神社を建てた。
雨乞いの神社としてあがめられ、雨乞いには黒雲を招くよう黒馬の絵馬が、
長雨の忌避には晴天の白雲を招来すべく白馬の絵馬が捧げられた。
神話では竜宮の女神は人間世界をたずねて、子孫がヤマト王朝の大王となる息子を産んだ。
それにあやかって岩船神社は子授け安産の女神として信仰されている。


<子天狗玄太> 
夜通し風が吹きあれて、山がびゅーびゅーと鳴いた。翌朝は昨夜の嵐が嘘だったように晴れた。
岩船神社の境内には枯れ枝や枯れ葉が散っていた。尋ねる人のいないだろう神社だから、
拝殿の回廊を覆う土埃にも枯れ葉が散っている。
参拝をすませて、境内のなかほどに立って神社を見た。
拝殿の真後ろ、本殿の上からひとかかえほどもある光りの柱が天空に伸びていた。
玄太が岩船の女神が目覚めたといっていた。その証しということなだろうか、
柱は乳白色半透明のオパールのように輝き、いたるところで微妙に色合いをかえながら、
大空を照らすサーチライトそのままに光をふきあげていた。
遊色効果のないオパールをコモンオパールという。メキシコ産のコモンオパールのなかには、
ミルキークォーツに似てわずかに白色の濁りをみせ、いくらかは青味のある
ウォーターオパールとよぶ種類のものがある。半月の月明りが遠浅の海底に降りて、
サクラ貝の貝殻を照らしているように美しい。
背骨をかけのぼるクンダリニーのようだと思って光りの柱にみとれた。
それはコンピュータグラフィックスでなければ描けえない、SF映画のなかの情景そのものだった。


<子天狗玄太> 
光りの柱に見惚れて時間を忘れた。人の話し声に驚いてふりかえると、階段をのぼってくる男女がいた。
男のほうは50代半ば、額から頭頂へとはげていて、デニムのジーンズに同じ色合いの作務衣を着ていた、
足下は雪駄だった。女は30歳くらい。蜘蛛の糸にからめとられて安寧をえる蝶のようなタイプだった。
「参拝にこさせていただきました」と男は言った。
ぼくは糸をはったタコの気分だった。あるいは天敵に合って四肢を広げるアリクイか。会釈を返した。
「パワーフィールドがなかなかの神社ですな」と男はいった。
自分は普通人とはちがって特別なんだということを、衣服や言葉使いで強調したがる男は信用できない。
それにぼくはニューエイジっぽい服装の男に好意を抱いたことがない。
ほんものは気負わない、そういうものだ。
「お近くにお住まいですか?」男は訊いてきた。「ええ、まあ」といって神社をあとにした。
光の柱は消えていたし、彼らにはそもそもそれが見えていなかったようだ。
神社の入り口の道路の道幅がひろがったところには駅からのタクシーが駐車していた。
「もうやってきたのか。うっとうしいことだ」と思った。
(写真はミズチ。姫神の乗り物)
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モルダバイトやトルマリン・ルースを大棚ざらえ!  21:39
セラフィナイト
<新着製品> 
今週はルース類の大整理。「アウトレット/ルース」ページに、.札薀侫ナイト6点、
▲肇襯泪螢鵤慧澄↓モルダバイト11点、ぁ屮▲Ε肇譽奪函薪形垣于湛品」ページに
ブルーカルセドニー2点を新規掲載しました。
セラフィナイトのルースはHP初登場。オーバルカット(楕円)以外の形はあまりみかけません。
セラフィナイトは鉱物名をクリノクロアといい、緑泥石グループを代表する鉱物。
セラフィナイトは大天使セラフィムにちなんで名付けられた宝石名です。
セラフィムは6枚の巨大な翼を持ち、翼に千の眼があってあらゆる物事を見通すといわれています。
セラフィナイトの羽毛状の模様が天使の翼を連想させます。セラフィナイトは心のしこりを癒し、
心に刺さったままになっている刺(とげ)を抜いてくれる宝石とされています。


トルマリン
<新着製品> 
「アウトレット/ルース」ページに掲載したトルマリンやモルダバイトの小サイズルースはHP初登場。
しかも大棚ざらえで5割引のアウトレット価格です。
鉱物学ではトルマリンは10種を超える類似鉱物のグループ名で、
宝石として活用されるのはおもにエルバイト(リチア電気石)という名のトルマリンです。
原石は柱状結晶で産出することが多く、緑・赤・黄・ピンクと色合いが多彩で、透明度も高く、
地殻に埋もれていたことが不思議なほど美しい形状をしています。
そのために、トルマリンは鉱物コレクションを始めると真っ先に魅了される鉱物の一つとなっていて、
鉱物ファンにとっては思い入れ深い宝石です。ひとつの結晶に2色の色味が重なるバイカラー
(パーティカラーともいう)や、ウォーターメロンなどはとくに魅力があります。


モルダバイト
★10/25<新着製品> 
「アウトレット/ルース」ページに「モルダバイト・ルース」を11点新規掲載しました。
5x7mmなど小粒ルースは初登場。チェコのモルダバイト鉱山から原石を直接仕入れて、
当社指定の工場でカットした本物のモルダバイト製品です。安心してお求めください。
モルダバイトは隕石爆発の二次産物として生成されるテクタイトの一種です。
パワー効果の強力な天然石で、この石を手にすると「気」の風が吹いてくるのを感じたり、
身体が熱くなる人が多く、「モルダバイト・フラッシュ」という専門用語があるほどです。
モルダバイトは生成時に熱で溶解したケイ酸質が空中で凝固するため、
小さな気泡がたくさん含まれています。
まれにはカット面に気泡跡が出て傷のように見える場合がありますが、不良品ではありません。
カボーションカットのルースは底面にモルダバイト特有の模様が出るようカットしてあります。


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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 10/22-24 2018 09:59
イエロージェード
水晶二十面体

<過ぎてゆく日々のこと>  
近所の神社にイエロージェードの勾玉を奉納したという話を友人にした。彼は同じ勾玉を持っている。
「それじゃあ、ぼくも神社とつながったというわけだ」彼は言った。
「うん、姫神ネットワーク、認証はイエロージェード勾玉」とぼく。
新潟県糸魚川市を中心に翡翠大珠が出土する列島各地の縄文遺跡を線で結ぶと、
放射状に広がるジェードロードがあらわになる。
同じように神社からの姫神ラインが、勾玉を所持している日本中の人々のあいだに広がる。
その話を夕食ついでに別の友人にした。「どうやって奉納するの?」彼が訊いた。
「紙に包んで奉納って書いて、賽銭箱に入れてくる。それだけだよ」ぼくは言った。
奉納してから数日後に神社に行ったら、神さまから『ありがとう』という言葉だか、波動だか、
そういうものが伝わってきた。そういうふうに応じたとたんに、
心のなかに稲穂が実った水田が広がって黄金色に輝いた。5-18-2


<過ぎてゆく日々のこと> 
日本翡翠情報センターのブログの管理者ページでは、読者のアクセス数など、
いろいろなデータを見られるようになっている、と以前に書いた。
ブログを始めた日は2009年01月09日。概算して10年昔。
28歳の読者であれば彼らが18歳のときにこれを始めた。
ここには過ぎていった日々のあれこれが記されていて、記事は1000本を超えている。
2010年以降の2冊の本『宮沢賢治と天然石』と『日本ヒスイの本』を思い浮かべると、
同じことをずーっといいつづけてきたようでもある。
「魂を育てる・心を大きくする・意識を広げる」そういうことをテーマにしてきて、
宗教家でもなく、教師でもなく、好き勝手な旅人のまま、
周囲からなにひとつ干渉されないで、生活できてきた。
やりたくないことばかりがたくさんあって、特別やりたいことがあったわけではないが、
石ヤになれたのは天の恵みみたいなものだった。17-2


<過ぎてゆく日々のこと> 
こちら側と向こう側、便宜的にそうよんでおく。こちら側はありふれた日々、
悩んだり喜んだり、我慢したりして過ぎてゆく日常。
向こう側は神々や精霊・祖霊・悪霊や死者たちが住む世界。古代の感性では真実は向こう側にあり、
こちら側は向こう側を映す鏡のようだった。
何かの拍子に、あるいは修行によって向こう側を感じるとき「神秘」な感じに打たれる。
仏教を信じる必要はないけれど、私たちの感性には仏教感覚がしみついてるので、
満月をみたり、山に入って霊的な何かを感じたり、世界が美しく調和している、と感じたりするとき、
その神秘的感覚に菩薩や如来の気配を読むことになる。それを増幅していくと、仏の慈悲に出会う。
それまでの神々は祟る(たたる)ことが得意な恐ろしい存在だったので、仏の慈愛に目覚めるまで、
人々は宇宙がとほうもなくやさしいと思ったことがなかった。水晶二十面体は宇宙意識の結晶。17/2
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弥生の呪術に勾玉文化の背景を読む(9) 22-24  12:26
水晶クラスター
<勾玉と弥生時代・22> 
日本最古の文献、『古事記』と『日本書紀』は成立過程がどのようであれ、
奈良時代の官僚たち(多くは帰化人と子孫だった)によって描かれた昔々の物語で、
たとえそのような出来事があったにしろ、奈良時代の感性で脚色されているし、
諸々の出来事も誠実に年代に合わせてあるとは限らない。
ここでは勾玉が何であったか忘れられている。銅鐸にいたっては一言の言及もない。
それでも弥生時代を想像するにはこれしか頼りに出来る文献はない。
鹿の肩甲骨を焼いて占う太占(ふとまに)は、アマテラスの岩戸隠れに登場するが、
何を占ったのか、どの神にお伺いをたてたのか記されていない。
卜骨は東北アジアから朝鮮半島を経由して伝わった。


<勾玉と弥生時代・23> 
弥生時代からつづく信仰で、いまも私たちの心の深層にどっしりと根を下ろしているものに
骨への信仰がある。宗教を信じないという人でも、身内が亡くなれば葬式をだす。
高温で焼却した遺骨に霊や魂など宿りようがないのに(重視すべきは骨髄だから)、
大切に扱って墓におさめる。墓参りしてあたかも死者がそこに眠っているかのように語りかける。
こうした感性は、旧石器時代に形成されたもので、
弥生人はそれを水田稲作とともに大陸から運んできた。
大陸では魂(たましい)を魂魄(こんぱく)の2種類にわけた。
死後には魂(こん)は昇天したり常世に去る。魄(はく)は骨に宿って地上にとどまる。
子孫の願いは魄を介して魂に届けられる、そんなふうに考えられるようになった。
弥生時代以降、墓に祭られたのは酋長や族長、首長や武人、呪術師など
パワーの強い人たちだけではなかっただろうか。
彼らは祖霊となって子孫を保護するよう期待されたし、
ちょっとしたことで怒って子孫にたたらないよう恐れられた。
骨に精が宿るという信仰は道教やヨーガの禁欲主義を助けた。
骨髄から精液が作られるという考えがあって、
射精を抑制するならパワーのもとである骨髄の浪費を防げるとしたし、
骨髄の純化は霊的身体の純化を意味した。


<勾玉と弥生時代・24> 
日本人はいつ「神」と遭遇したかを考えている。
キリスト教の創造主を明治の学者が「神」と訳して以来私たちの神概念は混乱したままだが、
一神教の創造主と多神教やシャーマニズムの神は似てもに似つかない。
シャーマニズム的な感性では人は死後に霊となる。
霊は3代4代と子孫が移ると純化されて祖霊になる。祖霊がさらに純化されると「神」になる。
神はシャーマニズムが整備され多神教になる途上で編みだされた。
『封神演義』という古代中国の殷・周を舞台にした超おもしろい物語を参考に考えると、
神になったのは祖霊だけではなかった。
現世で人並み外れた能力を発揮した為政者・英雄は死ぬとただちに神になった。
年を経た巌(巨岩)や樹木の精霊や、「気」が満ちた土地に暮らして老いもせずに
数百歳の年齢を経た狐・狸・猿・猪の類いも神になって、神界が形成されていった。
神々は人間思いで慈悲深い存在ではなかった。
仏教が母の愛を数万倍したよりも甘い「仏の慈愛」という概念を広める前までは、
神々はすぐに怒ったし祟りの鉄鎚をくだした。怒りをなだめるために多大の貢を要求した。
そういう神を弥生人は水田稲作とともに運んできた。
(水晶は弥生人にとっても霊石だった)
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