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HPにはルチルクォーツ・ブレスレットを新規掲載  08:55
ルチルクォーツ
<アウトレット最新情報 > 
「アウトレット/ブレスレット」にルチルクォーツ・ブレスレット19本を一挙に掲載しました。
「ブレスレット」の新着順をクリックしてご確認ください。
ルチルクォーツは針状ルチル(酸化チタンという物質)が内包された水晶で、
ルチルの色合い形状はじつにさまざま。なかでも標準とみなしていいものが、
おおむね直線状で金色をしたもので、ゴールドルチルクォーツとよんでいます。
水晶のなかではルチルクォーツが一番パワーを感じやすいとされています。
水晶に金線が入っていることから「金銭が入る」と縁起をかついで、
いまも人気の高いパワーストーンです。8-18-2


<アウトレット最新情報 > 
ルチルクォーツ・ブレスレットの続報です。
ルチルクォーツは色味で大別すると、.粥璽襯疋襯船襦↓▲轡襯弌璽襯船襦↓レッドルチル、
ぅぅ┘蹇璽襯船襦↓ゥ哀蝓璽鵐襯船襦↓Ε屮薀奪ルチル、に分けられます。
ルチルの針状結晶がことのほか細く、パーマした髪みたいにカールしたりしているもを
エンゼルヘアとよんでいました。金色ルチルの幅が広く、輝きの強いものはタイチンルチルと
中国人好みによぶ場合もあります。タイチンは太乙(taichi・太極)で、
宇宙の中心である北極を意味します。
ルチル単体で産出する場合、金色で幅広結晶のものをブルカイト(板チタン石)、
ヘマタイトを母岩に金色板状ルチルが扇状や放射状に広がったものをサンルチルといいます。
黄・赤・緑のルチルクォーツに内包されている針状鉱物は、ルチルではなく、
角閃石である場合も多いようです。ことにグリーンルチルを緑色角閃石とみると、
ネフライト(軟玉翡翠)と同じ成分が内包されていることになって、親近感がまします。
ブラックルチルは多くのケースではブラック・トルマリン(ショール)が内包されています。
天然石業者は鉱物学者ではないので、見た目での識別を好む傾向があります。
なにはともあれ、定価の7割引での提供です。
身体で「気」を感じる、気力を増強するなど、フィジカルな面でのパワー効果は
角閃石系内包物のほうが、一般的なルチルクォーツより強いように感じられます。


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竜宮乙姫が八王子の山奥の神社で目覚めたという話  08:46
龍蔵神社
<子天狗> 
「龍蔵神社の女神さんと話をした」と玄太がいった。「どこで?」 
「龍蔵神社だよ。入り口に大きな杉の木があるだろ」「うん」
「あの木の枝に座っていたら急に眠くなった。わけがわかんない。けれど眠ってしまった。
眠っていて斎庭(ゆにわ)を見下ろすと、裾の長い着物をきて、
髪の長い女の人が拝殿の扉をあけて出てきた。それで庭に立つと腕を広げてゆっくりと回って踊った。
おいらはその人と向かい合って立っていた」
「それでね、その人が長くまどろんでいた気がするっていったんだ」「うん、すごいね、女神さまだ」
「そうそう、長く眠っていた、目が覚めると私ひとりで眷属がいない。
ここがどこかをまず思い出さなくてはならない。そう思っていたところへ可愛い小僧がきた。
可愛い小僧っておいらのことだよ」「うん」
「だからね、ここは飯縄権現さんの土地だって教えた。女神さまは自分がなぜここにいるのか、
わからないふうだった」


<子天狗> 
「そうか、竜宮の乙姫さまか」龍蔵神社の女神と会ったという玄太の話を聞いてぼくはいった。
「乙姫って?」と玄太が訊く。「竜宮のお姫さまを乙姫っていうんだ」「そうなんだ」
「きれいだった?」「うん、すごくきれい。目がパッチリしていて、卵のような顔立ちだった。
でも、どうしてこんな山の中に竜宮の女神さまが祭られているの?」
「その昔、高尾山の行者に熊野修験の人たちがいたんだろうね。
熊野の行者たちは海の向こうに観音さまの浄土があると信じていて、補陀落というんだけれど、
死んだら補陀落に生まれ変われるよう願っていた。補陀落は竜宮といっしょにされて、
竜宮も信仰されるようになった。だから高尾山の行者に乙姫さまを霊視した人がいて、
ここにお祭りするようになったんだと思うよ」
「そうか、でもあんなにきれいな女の人はみたことがないよ。とってもきれいだったんだから」
「よかったね。でも、ちょっと待って。そうか、ちょっとやばいかも」「なにが?」
「目覚めたばかりの神さまは人間たちに狙われやすいんだ」「どうして?」
「霊能力者といって、昔の呪術師みたいなことをしている人たちがいる。彼らのなかには
神さまを操ったり縛ったりして、自分たちの都合のいいように働かせようとするやつらがいる」
「どうすればいい?」「悪い奴らが近寄れないよう、結界を張るなどして乙姫さまを守るのがいいのかな。
でも、オレにはどうにもできない。おとうに訊いてみたらどうだろう」 
玄太の声がふるえて「おとうに頼んでみる」といった。 17-3
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弥生時代の呪術に勾玉文化の背景をよむ(5) 10:49
法身普賢
<勾玉と弥生時代の呪術・10> 
おそらく弥生時代は母系社会だった。
父系社会が父親の権威を増殖させ、競争社会を育てたのと違って、
母系社会ではエディプス・コンプレックスは発展せず、
息子が父親をしのぐよう切磋琢磨するなどということはなかった。
家系は母から娘に継がれ、家財や土地も同じだった。男は入り婿した。
通い婚である場合もあれば、妻の家に暮らす場合もあった。
具体的に弥生時代の人たちがどうであったかは、とぼしい知識をもとに想像するだけだが、
女たちは貞淑な妻を演じるよう求められなかった。
男の権威は実家での姉妹の兄弟(伯父)という立場にあった。
彼らは実家の用心棒、アドバイザーであり、妻の家では居候だった。
男たちが集って戦争するようになって男たちの権威が確立されていった。
結婚適齢期になると、男たちは見初めた女のもとによばいした、
「よばい」を「夜這い」と書くのは男社会の発想で、互いの名を「呼び合う」ことで
霊的結び付きを深めたという解釈のほうが母系的だ。
ここで呼び合う名前は世間的な愛称ではなく、呪術的で霊的な「本名」だった。
父系社会が確立され、儒教や仏教が誕生する前の話だから、セックスに関連した倫理は、
現代人の感性とは相当に違っていた。女たちは自分の部屋に男を迎えたんだから、
男を選ぶことができた。女たちは「社会」と戦わなくてすんだ。


<勾玉と弥生時代の呪術・11> 
現代社会では男は女を品定めする。衣服を脱がせたらどんなふうか、ベッドではどんなふうかを夢想する。
そういう視線はときに女にとってわいせつで堪え難い。でもそれは男社会ゆえのことで、
社会的な慣習に男も女も染まっているゆえのことなんだろう。
父系社会では通常、家系は父から息子に継がれる。それにともなって土地や家財も息子に譲られる。
霊系は男だけが重視される。こういう社会では論理を省略すると、性行為は蔑視され、女は商品化される。
女の性的自由は強く戒められて非道徳的行為となる。
男が女をセックスの対象として眺めるのは許されても、その逆は許されない。
しかし、弥生時代のような母系的色彩の濃い社会ではそうではなかった。
女たちは男を値踏みしセックスがどんなふうかを想像しただろう。
そんなふうな視線で女たちから見られたことがある。
30代のころ、ムンバイ(ボンベイ)の南のほうで、現地で知り合った男性の日本人旅行者といっしょに、
2日に1本のローカル線に乗った。
ひとつのコンパートメントにぼくと同年代の現地人女性が3人乗りあわせた。
言葉によるコミュニーケーションに難儀した。でも彼女たちの視線や態度は、父系社会の男たちが、
女を値踏みして口説こうとするのと同じだった。
彼女たちはカースト的にあまり上位ではないサリーを来て、まあまあ美人揃い、
捕って食われるような視線を注がれるというのは、自分が女になったようで、
次元の違う世界に滑り込んだかのようだった。
そんなわけで弥生時代の女や男たちは現代人と同じ感性で暮らしていなかったと思っている。

(写真はチベット密教の原初仏・法身普賢。知恵と方便の合一=大楽・覚醒という図式は、
母系的概念を知らないと理解できない)
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HPにはルチルクォーツ・ブレスレットを新規掲載  09:48
ルチルクォーツ
<アウトレット最新情報 > 
「アウトレット/ブレスレット」にルチルクォーツ・ブレスレット19本を一挙に掲載しました。
新着順をクリックしてご確認ください。ルチルクォーツは針状ルチル(酸化チタンという物質)が
内包された水晶で、ルチルの色合い形状はじつにさまざま。
なかでも標準とみなしていいものが、おおむね直線状で金色をしたもので、
ゴールドルチルクォーツとよんでいます。
水晶のなかではルチルクォーツが一番パワーを感じやすいとされています。
水晶に金線が入っていることから「金銭が入る」と縁起をかついで、
いまも人気の高いパワーストーンです。8-18-2


<アウトレット最新情報 > 
ルチルクォーツ・ブレスレットの続報です。ルチルクォーツは色味で大別すると、
.粥璽襯疋襯船襦↓▲轡襯弌璽襯船襦↓レッドルチル、ぅぅ┘蹇璽襯船襦↓ゥ哀蝓璽鵐襯船襦
Ε屮薀奪ルチル、に分けられます。
ルチルの針状結晶がことのほか細く、パーマした髪みたいにカールしたりしているもを
エンゼルヘアとよんでいました。金色ルチルの幅が広く、輝きの強いものはタイチンルチルと
中国風によぶ場合もあります。タイチンは太乙(taichi・太極)で、宇宙の中心である北極を意味します。
ルチル単体で産出する場合、金色で幅広結晶のものをブルカイト(板チタン石)、
ヘマタイトを母岩に金色板状ルチルが扇状や放射状に広がったものをサンルチルといいます。
黄・赤・緑のルチルクォーツに内包されている針状鉱物は、
ルチルではなく、角閃石である場合も多いようです。ことにグリーンルチルを緑色角閃石とみると、
ネフライト(軟玉翡翠)と同じ成分が内包されていることになって、親近感がまします。
ブラックルチルは多くのケースではブラック・トルマリン(ショール)が内包されています。
天然石業者は鉱物学者ではないので、見た目での識別を好む傾向があります。
なにはともあれ、定価の7割引での提供です。身体で「気」を感じる、気力を増強するなど、
フィジカルな面でのパワー効果は角閃石系内包物のほうが、
一般的なルチルクォーツより強いように感じられます。
(上のタイトル部分のstonesbazar.com からHPに移行します)
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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ  9/09-19 2018 08:52
キンモクセイ
★9/09<過ぎてゆく日々のこと> 
昨日は一日の大半を布団にあお向けに寝て、アマゾン先住民をテーマにした本を一冊読みおえた。
きょうも大半を寝転んですごしている。
こうやっていると、自分がほんとうに病人のような気持ちになって、汗も病人っぽい匂いになってくる。
たぶん2、3日病人っぽくしていることが必要なんだろう。
それでもってきょうは、アメリカの東海岸の北のほうメイン州の森に27年間、
ひとりぼっちで隠れすんで、近隣住民との接触を一切断ち、空き巣狙いで食いつないだ男の
ドキュメントを読んでいる。「孤独」について考えさせられるし、社会への適応性という問題において、
適応しやすい人としにくい人との間の、さまざまなレベルに思いを馳せている。
過剰適応して社会的自分をほんとうの自分と見誤る人が大部分の世の中では、
適応しにくい人には生きづらいことが多々あるが、
思想や哲学、生きることの豊穣な味わいは後者に属している。 


★9/14<過ぎてゆく日々のこと>  
電車に乗る。席が3つ4つ空いている。
そのひとつに座る。右隣の男性は定年間近、ローンの返済に困窮している。
左隣の女性はみためは健康そうなのに人工透析で通院している。
向かい側の40代の男性は浮気ゆえの離婚騒動の最中、その右隣に二人連れの女性がいて、
ひとりは自宅で痴ほう症の老母を介護している、他のひとりはひきこもりの息子がいる、
彼女も息子もともに年を重ねていくばかりだ。
次の駅に着いたらとなりの車両に移ろうかと思うが、そうしたところで、
今度はパートの仕事しかなくて低所得に苦しめられている母子家庭の女性とか、
持病に悩む30代の男性とか、いじめにあっている女子高生とかをみなくてはならない。
(自分だけ例外というわけではない。それでもってみんなが天然石を窓辺に飾れば、
世の中はだいぶ明るくなる)


★9/15<過ぎてゆく日々のこと>  
ヒマラヤ水晶の丸磨きを撮影した日、布団にはいって目を閉じると、大きな丸磨き水晶がまぶたに浮かんだ。
ゆっくりと息を吸って腹にためる。ゆっくりゆっくりと息を吐く。
息は腕から指先に流れて出ていく。腰から足へと流れていく息もある。
再度、ゆっくりと息を吸って、ゆっくりゆっくりと吐く。自分が丸磨き水晶になったような気分になれる。
何年も前のこと、肺炎を患って、肺に500円硬貨ほどの白い影が残った。
その部分は血液が流れていない、死んだ部分で、この影は生涯消えないとお医者が言った。
それから半年だか3ヶ月だかして、再度CTスキャンした。
影はすっかりと消えてピッカピカの肺に戻っていた。
命拾いしましたね、とお医者が言ったが、ゆっくりゆっくりの呼吸法の成果だと自分では思っている。


★9/16<過ぎてゆく日々のこと>  
ゆっくりと息を吸って、ゆっくりゆっくりと吐く呼吸法は精神的にノット・ソウ・グッドだったり、
ツー・バッドなときにも気分を転換する効力が高い。あるときそういうことを発見した。
肺炎になって咳がゲホゲホと出つづけた。とても喫煙できる状態ではなかったので禁煙せざるをえなかった。
タバコをやめてしばらくはニコチンガムを噛んでいた。ニコチン依存症も薄れてから、
気分がナーバスになったり脳に気合いを入れたいとき、ニコチンガムを噛むと
一発で気分爽快・元気溌剌となることに気付いた。
元気だったり憂鬱だったりは「気分」によるが、気分は脳内ホルモンの分布状況に左右される、
そういうことだった。ニコチンガムによって脳が励起される感触を覚えておく。
ゆっくりゆっくりの呼吸法は脳を同じように調律する。
気が滅入って愚痴ってばかりの状況は脳内ホルモンのせいなんだから、
呼吸法によってニコチンと同じように脳に刺激すれば、曇り空が拭いさられて晴れ間がのぞくようになる。
ゆっくりゆっくりの呼吸法は「ウツ」を離れる妙薬であり、ノーテンキなポジティブ思考からも離れられる。


★9/19<過ぎてゆく日々のこと> 
郊外の里山ではキンモクセイの蕾がふくらんで、秋がはじまっていた。
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弥生時代の呪術に勾玉文化の背景をよむ(4)  08:16
日本ヒスイの本
<勾玉と弥生時代の呪術・8> 
弥生の呪術や神話など、精神世界に興味をだいてもそれらを解説した資料は少ない。
勾玉や管玉を弥生の人たちの精神宇宙のどこに位置付けたらいいのかわからない。
古代の文献資料では『魏志倭人伝』に短い記事がある。
ここで語られる邪馬台国が北部九州の一地方を指しているのか、
初期大和王朝の舞台となった奈良を指しているのか、どちらを選ぶかで、弥生の地理は変わってくる。
弥生時代の精神世界をさぐるひとつの可能性として雲南省周辺に残る少数民族の民俗を参考にする
という方法がある。いまの地図で浙江省から福建省の海岸よりの、かつて百越とよばれた土地の倭人が、
杭州あたりから直接、あるいは山東半島や朝鮮半島に移民して後、日本列島に水田稲作を運んできた。
同じ倭人たちが江南の動乱を逃れて雲南に移った。
だから雲南の少数民族と弥生人は兄弟のような関係にある。
長江の古代文明や雲南を知れば日本のことが見えてくる。
母系社会・鳥居・高床式建築・村の結界・歌垣・系譜の重視など、
日本の古代との共通した項目にそういうのがある。


<勾玉と弥生時代の呪術・9> 
原始的な世界観では、すべては向こう側・精霊たちの世界からもたらされた。
木の実・草の根採集、昆虫など小動物の採集、魚や獣の捕獲など、
獲物に恵まれるか否かは向こう側次第だった。
だから向こう側とつながる呪術が生活のすべてに優先した。
こうした背景のもと、農耕呪術は狩猟採集時代の採集のための呪術から発展していった。
採集地は女たちのものだったので、農地の管理も女たちが行った。農耕呪術もまた女たちの呪術だった。
そういうことを前著『日本ヒスイの本』(北出幸男、青弓社)に書いた。
農具が発達し、収穫量が増え、農業が割のいい仕事になると、男たちも農業に従事するようになった。
女たちは年中子育てするか妊娠しているかで思うように働けない。男たちは体格もよく体力もある。
やがて農業の主導権を握るようになり、男の司祭が農耕呪術を差配するようになった。
そうやって土地をめぐって殺しあうようになった。動物学的に旧石器時代をおおむね正常とするなら、
新石器時代に人類は狂いはじめ、鉄器を持つことで歯止めがきかなくなり、
ついには原子爆弾の発明にいたった。
弥生時代は女の呪術全盛期で男たちの暴力志向がそれに重なった時代だった。
女たちは呪術によって田畑の実りを願い、家屋敷の平安と家族の安泰を願った。
戦前まで列島各地に残っていたという「妹の力」は弥生時代の名残と思う。
こういう社会では、現代社会で男たちが女を値踏みするように、女たちも男を品定めしたことだろう。

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弥生時代の呪術に勾玉文化の背景をよむ(3)  08:17
水晶勾玉
<勾玉と弥生時代の呪術・6> 
子供の頃、家の近所の橋や川や火の見櫓やお寺が自分たちの領土・縄張りの境界になっていて、
そこから向こうに行くときには緊張した。境界の向こうは敵の領土であり異界だった。
こういう縄張り意識は原人とか猿人よりももっと古い時代、原初の哺乳類や爬虫類の時代に培われ、
DNAに焼きつけられた。弥生時代の環濠集落や高地性住居遺跡は、農耕の民であるがゆえに、
境界を過剰に意識せざるをえなかった人々の、自己防衛のありさまを残している。
近隣村落との闘争、侵略、略奪、殺戮、住民の捕獲と奴隷化といったことが飢饉の年には繰り返された。
これではあまりにロスが多いということで村同士が協議して首長を置くようになり、
そこから、邪馬台国のような小さなクニが生まれ、豪族が育っていった。
面倒みのよさで酋長や首長に選ばれた男は、権力を手にすると支配者となり、
民を搾取し支配下におくようになった。「徳」が為政者の資質とされるのはもっとあとの時代の話だ。
この時代人々がもっとも頼りにしたのは死後に祖霊となった英雄・偉人・呪術師の声を聞くことだった、
と思っている。こうした文化の推移のなかで勾玉がブームになって列島に拡散していった。016


<勾玉と弥生時代の呪術・7> 
断定できるほどの知識がないが「天国」の発想は、中近東におきて、
仏教に習合して阿弥陀如来信仰となって東洋に運び込まれたと思っている。多分ヘレニズム以降のことだ。
たとえばヒンドゥーの聖典ヴァカバットギータにはクリシュナ(ビシュヌ)への帰依が説かれるが、
ビシュヌ神への帰一は梵我一如と同じで、至高神が天国を用意してくれるわけではない。
弥生時代には天国地獄はなかった。高天が原は「常世」だったかもしれないが天国ではない。
人間はそこに生まれ変われない。国津神はずーっと地上にいて、死ねば根の国に降りた。
弥生時代の死生観では死んじゃったらもう仕方がない、そんなふうだった。
死者には死者の村があり、そこで死者たちはこちら側にいるのと同じように暮らした。
死者なんだから死者の村は地味で静かで寂しげだったことだろう。
強力な首長や英雄、呪術師は別で、死後にも彼らは同族を守護するよう求められた。
くっきりと死にきってさまよったりせず、子孫を見守るのが彼らの勤めだった。
勾玉や辰砂を副葬した彼らの墓には、生者たちのそういう思いが込められている。
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