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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 8/13−8/16 2018  08:11
アサガオ
★8/13<過ぎてゆく日々のこと> 
例年なみの陽気に戻ったからかアサガオの花がたくさん咲いている。
7月の末の猛暑の日々には開花が止んだ。連作障害かと思っていた。
サボテンは小さな鉢のまま植え替えないでいると、自家中毒して枯れてしまうという記事を読んだことがある。
草たちもそれなりの生存競争のうちにあって、幾つかの植物は根から毒をだして、
自分の近くで他の植物が繁殖するのを防いでいるという。
連作障害は過剰防衛した結果の自家中毒ということらしい。
生き延びるということは人間だけじゃなくてサボテンもアサガオも大変なことであるに変わりはない。
ともかくも色見本帳のように鮮やかで、薄い被膜のようにあやうい花を
ツンツンと上向きに咲かせている姿をみると、もうまるで観音菩薩が宿っているような気持ちになる。7-18-7


★8/14<過ぎてゆく日々のこと> 
空に雨雲がのしかかり、見渡す限り黒く重い灰色に染められる。
手始めにぽつぽつとした雨が来てすぐさま本降りになる。
稲妻がひらめいて落雷の音が響く。突風に雨がしぶく。雷が吠え、雷鳴が天を駆ける。
古代の中国では、雷の吠え声を天界の犬、天狗の仕業と考えていた。
原初の天狗は動物型の精霊だった。
日本にきて天狗は人型の神霊になったが、天狗は天狐でもあった。
食物神を御食津神(みけつかみ)というミケツは三狐で、
狐は食物神の眷属になり、稲荷になったなどともいう。
天狗に先導されて稲妻が地表に降りる。
稲妻は「妻」と書いても古くは天の男神を意味した。稲妻が田の女神を孕ませて稲魂が宿る。
2時間ほどで夕立は止んで、人と会う約束があったので電車に乗った。
鉄道施設のどこかに落雷があったとかで電車が遅れ、約束の時間に遅れそうで気をもんだ。


★8/16<過ぎてゆく日々のこと> 
早朝5時過ぎに目が覚めた。くだらない夢を見た。カーテンの隙間から外をのぞくと、
台風の雲に朝日が映えて空一面朝焼けしていた。
夢と決別するためにトイレにたって布団にもどってから呼吸法をやった。
はじまり数回の呼吸で、呼気といっしょに腕や腰の力を抜く。
それから「吸う、吐く」と意識してゆっくりと呼吸する。
良寛は禅寺での修行時代、念仏をとなえて座禅したと関連本に書いてあった。
当時の禅宗ではそういうのが流行したとか。
阿弥陀の浄土への転生を願うのは好みじゃない。
そんなところへ行ってもきっと凡庸な人たちばかりだろう。毎日ほうけて暮らさなきゃならない。
けれど阿弥陀如来を悟りの体現者とみなすなら、そういうのもありなんだろう。
「吸って吐く」をつづけると、無念無想には遠くても、
頭のなかがまっさらな茶封筒のようになって、意識の豊穣さに味付けされることがある。

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水晶特製ペンジュラム&水晶虹色ペンダントを新規掲載  08:43
水晶ペンジュラム
水晶セブンカラー
<新着製品>
ホームページ「アウトレット/ペンダント」に「特製ペンジュラム」を掲載しました。
当社はカタログ販売していた時代が長かったので、多くの製品が特注品やオリジナル製品です。
この製品も特注品で、揺れやすいよう先端が太く大きい棍棒型を選んであります。
60cmサービスチエーン付きで、金か銀かチエーンの色を選べます。
いまならアウトレット価格で¥2,750。4枚のペンジュラムテーブルがセットになっています。
ペンジュラムの基本の使用法は、イエスなら丸をノーなら縦に振るよう決めておいて、
ペンジュラムに質問します。振り子に神や霊が降りて質問に答えてくれます。
近代になって神々の存在が迷信扱いされるようになると、ペンジュラムは心理学的解釈のもとに、
潜在意識の意思表明ということになりました。
占い師や霊能力者のなかには、頭の中でイメージのペンジュラムを振り、
相談者の質問に答える人がいて、こういう使い方があったのかと驚いたことがあります。
内側の自分を精霊とか守護霊とみなして対話を試みると、常識の枠を壊して翔んでいけます。


<新着製品> 
当社HP「アウトレット/ペンダント」掲載の特製ペンジュラムは4枚のペンジュラム・テーブル付き。
1枚目はオーソドックなイエス・ノーの選択。2枚目は「凄く良いから超悪い」までの5択用。
たとえば友人との相性や旅行する方位などを占います。
7枚目はおもにラッキーカラーの選択。自分のパワーアップに有用な天然石を選んだり、
外出時の衣服の色を選んだりします。
4枚目は風水の羅盤に似ていて、外側は方位、次がアルファベット(イニシャル)、月別、数字、
となっています。凶の方位、避けたほうがいい知人のイニシャル、災いが起きる月、宝くじの当選番号、
などなどを占うのに使用します。
人類の歴史を調べていくと、なるべく自分で決断したり責任を負わないように、
いろいろな手法を編み出してきたことがわかってきます。
未来はいつも不安定で、向こう側の聖なる声に援助を仰ぐことを常としてきました。
ペンジュラムはいろいろな土地で、神々や守護霊、精霊たちの託宣を仰ぐ手段として発達してきました。
とても歴史の長い占い方法です。


<新着製品>
当社HP「アウトレット」カテゴリーに「水晶虹色ペンダント(レインボーカラー)」
14点を新規に掲載しました。インド産ヒマラヤ水晶の磨きポイントの柱面に、
アメシスト、アイオライトなど7色のカラーストーンを枠で止めたご利益効果満点のペンダントです。
長さ60cm二重編みの銀色チエーンをサービスにお付けします。
このペンダントはペンジュラムとしても活用できます。
当社特製のペンジュラム・テーブル4枚をセットにしていっしょにお送りします。
レインボーカラーはチャクラカラーとか、セブンカラーとよぶこともあります。
身体の7つのパワー中枢のバランスを整えるといわれています。
精神世界的には陰陽などのバランスが整った状態を完全で無垢な状態として、
バランスの乱れたところにネガティブな状況が発生すると考えます。
自分の色彩バランスを整えると、充足感が内側からわいてきます

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トルマリンの多色の色合いに遊ぶ 08:43
トルマリン
<新着製品> 
ホームページ「アウトレット/ルース」にトルマリンの柱状結晶7点を掲載しました。
サラダボールのなかの野菜のように、さまざまな色調の緑を中心に、
ピンクや紅色のものがまざった、細い柱状キャンディのような結晶を、サラダ・トルマリンとよんでいます。
トルマリンには、あらゆる色合いの結晶があるといわれているくらい多色の鉱物で、
鉱物ファンはトルマリンと出会うことで、一挙に鉱物世界の豊穣さに目覚めるといわれています。
結晶の端を研磨したり、柱面を貴金属で巻くなどすれば、ピアスやプチ・ペンダントの素材になります。


<過ぎてゆく日々のこと> 
鉱物標本を扱いはじめたころ、友人のイタリア人の薫陶もあってトルマリンとガーネットに夢中になった。
同じ時期、パキスタン人ディーラーたちが東京で商売するようになっていた。
インドでさんざんインド人にもまれてきたことが功を奏して、
インド人やパキスタン人業者との付き合いははなから友だちのようだった。
そうやって、くぼめた両手に砂を受けるほどにたくさんの
パキスタン産サラダ・トルマリンが集まってきた。
トルマリンは多色の宝石で、緑色ひとつとっても濃いの薄いの黄色ぶったのや青味の強いものなど、
ありとあらゆる色味がある。割り箸ほどの太さからボールペンの軸ほどのものまで、
1−3cmほどの結晶をザラザラと皿に盛る。そこにはピンクや赤の結晶も混ざっているので、
見るからにおいしそうな風合いになる。サラダ・トルマリンとよばれるゆえんだ。
結晶の端の折れ口を研磨すれば、そのままでピアスやプチ・ペンダントの素材になる。
そんなふうに買い集めておいたものを、ショップの閉店騒ぎの最中に見つけて、
あら、まあ、なんて綺麗と、感嘆した。


<過ぎてゆく日々のこと> 
サラダ・トルマリンのように、小さなトルマリン結晶がたくさんあると、
透明ですがすがしい色味が、えもいわれない幸福感に変化(へんげ)していく楽しみを味わえる。
「7つの色が統合されるところ永遠の至福が明らかになる」など、
予言者めいた言葉がでてきたりもする。トルマリンは光と至福について学ぶ石と思う。
儒教的社会観では艱難辛苦する私こそがとうといと評価する向きがある。
悟り・解脱を説く大乗仏教にしても、日本の場合は「大楽」や「歓喜」を絶対視する人は稀で、
謹厳実直、至誠の姿勢こそ肝心と錯覚している場合が多い。
トルマリンを愛でていると気持ちよさに憩うことこそ肝心要(かなめ)の要点で、
それこそが癒し・ヒーリングなのだということがわかってくる。
精神世界的にトルマリンと対になるのはガーネットで、
こちらは宇宙の理法をあらわしているようだ。6/18/1
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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 8/10 2018 11:26
賢治
★8/10<過ぎてゆく日々のこと> 
目下のところ、午前中はフェイスブックを使っての原稿書きの練習、
夕食後は仕事をしないよう心掛けている。
フリーランスのライススタイルは昔のお百姓と同じで起きてから寝るまで仕事している。
たまに2週間とか3週間の海外旅行が、たとえ仕事を兼ねていても、
まるで熊野詣でのような、あるいはお伊勢参りのようなお祭り騒ぎだった。
店に通わなくなっても、長い間の習い性でつい仕事を見つけたり作ったりしては、忙しさにかまけている。
原稿を書くということでギャラをもらった最初の仕事は雑誌の新刊案内で、
つぎにけっこう長く漫画雑誌に映画レビューを書いた。
以来ずーっとなにがしかを書きつづけている。
フェイスブックではいくらたくさん書いても原稿料をもらえない。
自社宣伝だと思えばギャラは支払われているわけだし、
ここから次の本が育つのであれば下書き帳になるということなんだろう。
写真は『宮沢賢治と天然石』(北出幸男、青弓社、2010)から。
自分には大事な本で、新しい本が売れればこの本も売れるだろう。


★8/10<過ぎてゆく日々のこと> 
窓の外の丘陵の上空に視線を投げて、知らずのうちに雲の奥を眺めやる。
遠くをみると遠くの出来事が浮かんでくる。
たそがれ時、あたりが薄墨色に沈んでいくなかで、黒いアスファルトの道路を霧が這う。
霧は白くながれて渦をまく。その霧を蹴散らしながら歩いた。
カルカッタの北のほう、雲の上にあるダージリンという町のことだ。
インドを占領したイギリス人たちが避暑地として開発した町で、紅茶で有名な町でもあるが、
途中までは鉄道かバスで行って、ゲートウエイの町からはジープで4時間ほど山道を登った。
40年も前のことだが、おしゃれなベーカリーショップがあった。
ヒマラヤの山並を油彩で描く欧米の画家のアトリエを訪ねた。
細密画を描く絵描き夫婦が経営する民宿風ホテルに泊まった。
当時そこはアーチストたちが観光客に作品を売る芸術家の町だったし、
チベット人の難民キャンプがある町でもあった。ダージリンはとてもいいところで、
もう一度行きたい土地をあげろといわれたら筆頭にくる。


★8/10<過ぎてゆく日々のこと> 
『ゲド戦記外伝』(ル=グウィン、清水真砂子訳、岩波書店、2006)を読んでいる。
分厚い本なのでいつ読みおえるかわからない。
アメリカ・インデイアンの村の小さな雑貨屋に入る。主人は太った中年女性で、
「あんた、どこのトライブだい?」と訊かれる。仕方なしに「トーキョー・インディアン」とこたえる。
「そうかい、それじゃあ、こういう話は知らないだろうね」と彼女はいって昔話を始める。
土地勘もない、時代もわからない、なにもかも知らないことだらけの場所での若い魔法使いの物語だ。
何がなんだかわからないうちに物語は進んでいく、それでもおもしろくて、
ついには主人公が自分に乗り移ったかのようになって、
本を読んでいないときも自分は彼のつもりでアースシーという土地のアーキベラゴ地方を流浪している。
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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 8/02−04 2018 09:49
ガマ
★8/02<過ぎてゆく日々のこと> 
庭の日陰(ひかげ)で石を削ったりしたが暑くてつづけられない。
プレハブ倉庫は室内がアラビアのロレンス状態。
この暑さの中ほんとうにオリンピックをやるんだろうか。
マラソン選手にはウエアラブルなエアコンを用意しないと完走できなだろう。
熱中症でバタバタと観客が倒れたくさんが死ぬ。
そんなふうで、涼を求めて龍蔵神社にいった。
境内の隅にブロックを出して腰を下ろす。雑草がのび放題の境内をみる。
世界をこまかな光の粒子たちの振動とみるような見方がある。
陽光はそこここにきらめき、草たちのオーラはたゆたい、風景が忽然と意味をおびる。
山では人気のない場所であればどこでも美しい。


★8/04<過ぎてゆく日々のこと> 
「無」から「形」が生じる。「場」のような、ひずみのような、
ひびわれのようなものができて、「気・パワー」が集う。
「気配」が生まれる。そこから「形」が開きだされる。
朝顔の蕾が開くように開きだされた形は、最初は○△□のように単純な立体で、
組合わせによって複雑化していく。フラクタルに自己増殖してもゆくだろう。
蜂の巣と柱状節理が似ているように、性質もサイズも異なるものが形として似ているのは、
似たようなパワーの働きがあるのだと、古代の人々は考えた。
雲の形がアラゴナイト(山珊瑚)に似ているのを思うと、
向こう側から開きだされてくる形の神秘さに打たれる。


★8/04<過ぎてゆく日々のこと> 
「ありがとう、気持ちよかった」とガマがいった。
<過ぎてゆく日々のこと>に何を書こうかと、窓の外の丘陵を見ながら、頭の中を覗いていた。
石のガマがでてきた。「ああ、どういたしまして、喜んでくれてなによりだ」とぼく。
昨日、庭の水道で水浴びをさせた。ガマの滝行のお礼なんだろう。
彼は遠くからやってきた。海を越え、町を越え、飛行機に乗ったり、電車にバスを乗り継いでやってきた。
ガマの出自は月にある、そのことを考えるならさらに遠くからやってきた。
遠い昔天帝所有の月の宝物殿が出火して、そのときの事故で3本足になった。
後世の人たちは月の三相を反映しての3本足ともいう。
うちにはあちらやこちらにいろいろな種類の石彫のガマがいる。
それぞれに個性的なのでこの世にはガマ一族といえるほどたくさんのガマがいるんだろう。
彼らのことを思うとつい腹のあたりがくすぐったくなる。
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「玄太がお世話になっています」と天狗の父が言った   11:33
桔梗
<天狗の父> 
「玄太がお世話になっています」と天狗の父が言った。
「いいえ、彼はとても純粋で、遊びにくると嬉しくなります」ぼくは答えた。
「そうですか、それはよかった。玄太は少し変わった子でしてね。
人間に興味を持ち過ぎているようなところがあります」
「ぼくは人間じゃないとか?」「はっは、玄太がどう言ったかは知りませんが」
「魂に尾があるとか」「玄太もわたしも同じです。豆が芽吹くときの形に似た尾が魂についている。
わたしどもはそれを修羅とよんでいます」「修羅ですか、阿修羅の修羅?」 
「修羅は人間言葉ではいい意味ではないようですが、私どもには超脱者の証しです。
ご存知のように天狗は男社会で、修験と同じように組織と序列を重んじます。
行者たちが因習と序列に縛られているのと同じように、
天狗も験力を誇りながらそれに溺れてしまうのです。
魂の超脱者は組織の枠組みから自由でいられる。自縛の度合いが少ないわけです。
ヤマモトさんの言葉でいうならアウトサイダーは社会のヒエラルキーから自由でいられるということです。
人間ではないというのは悪い意味ではないし、生物学的分類でもないんです」
「はっは、誉められているということですね」 
これが子天狗の父とぼくとが最初に交わした会話だった。


<天狗の父> 
天狗の父は仕立てのいいダークグレイのスーツを着て、細身のネクタイをしていた。
長い睫が好男子ぶりをひきたてていた。
早い話がサングラスをとったエージェント・スミスのようだった。
ミスター・スミスのように額が禿げていなかったが。
ぼくは龍蔵神社へむかう途中の橋を渡り、
わき道にそれた先の農家の庭のガーデンテーブルに座って天狗の父と向き合っていた。
「少しも天狗らしく見えませんね」
「修験の行者姿で赤い鼻、手には団扇というあの姿ですか?」「ええ」
「はっはっは、あれはねえ、行者を畏怖した人たちの幻想と思います。玄太が天狗に見えますか?」
「いえ、確かに玄太は人間の子供だ」
「気配といいます」「はい」「モノの背後には気配がある。そうですね」「はい」
「気が集うと気配が生じる。気配がさきにあってモノが現出するともいえます」
「唯識ですか?」「そうともいえます。ただ唯識は少し理屈が多すぎるように感じられます」
「ぼくもサーンキヤのほうが好きです。似てはいるけれど」
「そうです。玄太がヤマモトさんに惹かれるのもそれゆえと思っています。
日本人じゃない。魂に尾があるんです。はっはっ」「ええ」
「意識が気配を読むときに、現実的で粗雑なレベルではモノが形を整えて、
あたかもそれがそこにあるがごとくにたち現れるというわけです。
もうおわかりですね。天狗には色身がないんです。のっけから難しい話になってしまいました」  
家の裏手から銀色のキツネがでてきて、天狗の父の横に座った。


<天狗の父> 
ひとりの男が神社に参拝して、境内で雷に打たれて死んだ。
彼には3歳と5歳の幼児と病弱な妻がいた。
そういうこともあってか、彼は信仰熱心で、朝の通勤前の参拝を日課にしていた。
男の死に対して3つの解釈がある。ひとまずの案であるけれど。
第一は神も仏も存在せず、偶然の事故と見る見方。
落雷しやすい季節に、木立ちがあり石畳の境内にいれば、被雷の可能性は高まる。
大雨の夜に水田を見に出かけて用水路で溺れるのに似ている。
第二の理由は、なにかそれ相応の理由があって、天罰がくだったとする見方もある。
天罰がくだるには現世ばかりでなく、過去世からの因縁だってあるだろう。
第三の理由は、男の信仰心に感じいった神が男を召命したということがあってもいい。
彼はそういう形で人間を卒業した。
死後に下層へと落第していく人が多いなかで、上昇できるのは喜ばしい。
神話伝承に親しむと、ヒンドゥー教でも大乗仏教でも、神道でも、
神々はそれほど人間個人の事情を斟酌しないように思える。
人はいろいろな出来事によって亡くなるが、
それがどのような出来事であったかは、残った人たちそれぞれの思い込みによる。
天狗の父との会話にこんなふうな話があった。

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■当社ホームページ「アウトレット」コーナーがまばゆい 09:56
ハニーアンバー
★ザ・ストーンズバザール、ホームページの目次バナーの一番下に
「アウトレット」というページを新設しました
。杉並区にあった当社実店舗で定価販売していた人気商品を
5割引以下のアウトレット価格で販売風していく方針です。
店舗形態を日本翡翠を重点的に扱うネットショップに変更したため、
天然石製品や原石、鉱物標本など、たくさんの従来製品が倉庫からの出番を待っている次第です。
「アウトレット」は.優奪レス、▲襦璽后↓ペンダント、ぅ屮譽好譽奪函↓ヅ形垣于湛品、
の5つのサブカテゴリーに分けてあります。


★.優奪レスでは70cmを越えるロングサイズが人気です。
ロングサイズ・ネックレスは歩くごとに身体の全面で踊ります。
受け身的な人生を積極的な生き方に変えていくようなところがあります。
ストックしたままになっていた湖水真珠も100cmネックレスにしたら、
アウトレット価格の超お買い得ということもあって、たくさんの注目を集めています。


スターダイオプサイド
★▲襦璽垢任蓮▲▲マリン、シトリン、レモンクォーツ、ラリマー、などを重点的に出品しています。
ペンダントやリングなどアクセサリーを製作するためにルースを購入するといった従来の需要に加えて、
鉱物標本といっしょにルースをコレクションするとか、
パワーストーンとしての意味を求めてルースを選ぶ方が増えています。
静かに眺めて天然石の「気・パワー」を実感するには、アクセサリーに加工してあるものより、
ルースのほうがよりパワーを感じやすいということがあるようです。
ことに男女の相互理解と和合を助けてくれるパワーストーンとしてのアメシストや、
活力・精力を増幅するシトリンなどの場合、
ルースと向き合うとパワーの質を一番理解しやすいと思います。


レインボー
★ペンダントには、たくさんのストックがあって小さなサブ・カテゴリーからあふれてしまいそうです。
手始めとして5割引の水晶虹色ペンダント(チャクラ・ペンダントとか
レインボー・ペンダントとよんでいます)と、7割引のウォーターオパール彫刻ペンダント、
などを掲載しました。天然石製品は古くなりません。
しっかりとパワー管理して新しいままの輝きを保っています。
当社HPをしばしば閲覧してください。思わぬ掘りだしものを発掘できます。


風花メノウ
★ぅ屮譽好譽奪箸任蓮¬棆爾里気に入り、風花(かざばな)メノウ製品が一押し製品。
風花(かざばな)メノウは天然メノウを特殊処理することで藍染模様のように仕立てた珍しいビーズです。
クラック水晶やフロスト(艶消し)水晶などと組合わせることで、
民芸品のように格調が高く品のいいブレスレットに仕上がります。
一粒つけてあるシトリンビーズが腕の裏側にくるよう使用します。シトリンは金運獲得のお守りです。
今後はピンクオパール、エンジェライト、アマゾナイトなど、
マジカルな天然石ブレスレットが多数登場する予定です。



ルチル丸玉★ヅ形垣于湛品は、ツイッターで紹介するなどして、
ストックボックスに戻しそこねている製品を適宜紹介しているだけですが、
丸玉・磨きポイント・動物彫刻などを順次展示していく所存でいます。
ホームページへの製品掲載には製品を選んでサイズをはかり、撮影して写真をセレクト、
コメントを書いて、ネットにアップしていくというプロセスが必要で、
いっきょに全部を公開するというわけにはいきません。
「あら、こんなにすごい!」といいながら、楽しみつつ仕事して、
お客さんにも楽しんで閲覧してもらえるようになればと念じています。
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