| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE |
イメージを膨らませると生きたヒキュウに会える■風水招財ヒキュウの写真 19:46
ヒキュウ

ヒキュウ

ヒキュウ人気は嬉しい誤算。春先辺りからジワジワと人気がでるだろうと予測していたのに、
『新春セールカタログ』で紹介した途端に、金融パニックにつづいた疑似氷河期的な景気のせいなのか、
売れていくのは「お守りヒキュウ」ばかりというありさま。新発売当初の水晶ガマ財神を超えている。
 
ヒキュウとの出会いは半年ばかり前にさかのぼる。
台湾から来日している石ヤ友だちの事務所で小さな翡翠のヒキュウを見た、
いっしょにヤーズというのもいた。友人に聞いても
ヤーズやヒキュウは龍の子供というくらいで、彼も詳しくはなかった。
 
前述したように『古代中国神話事典』類いを4、5冊ひいてもヒキュウは出てこない。
龍の9体の子供にしてもヒキュウやヤーズは出ていなくて小難しい怪獣名が並んでいた。
それに龍は龍族といってもいいほどたくさんいるはずで、どの龍の子供たちかもはっきりしない。
 
神話にも流行がある。都市伝説と同じで編まれては消えてゆきして、
文献に記されたものが資料として残り、語り継がれるうちに内容もかわっていく。
 
ヒキュウはきっと比較的新しく話題になるようになった霊獣なんだろう。
黄河流域中心の中国文化ではなく、
台湾や長江流域の南方の文化に属してるいのかもしれないと思うことにした。
 
それにしてもヒキュウは可愛い。鹿や狼のように端正な顔立ちではないところに愛嬌がある。
と思っているうちに翡翠やタイガーズアイ、オブシディアン、メノウ、水晶のヒキュウが
まるで向こうからやってくるようにしてドンドン集まってきた。
 
お金はなくても欲しいと思った石たちを欲しいだけ買えてしまうのが、
石ヤ稼業の不思議なところで、第一にこれはヒキュウのご利益なんだろうと感じいっている。
 
ヒキュウは1体よりも数体いたほうがご利益効果は確実になるといえなくもない。
彼らは観音菩薩や不動明王、ガネーシャといった神仏と同じではない。
とてもペット的であり、現世で似たものを探すなら猟犬的だ。
獲物を狩るにはたくさんの猟犬がいたほうがいい。
そうすれば1、2頭が眠っていても他のヒキュウががんばって働いてくれる。
 
とにもかくにも彼らは可愛い。おお、なんて可愛いんだと、
言いつづけることがヒキュウというパワーアニマルと親しくするコツのようである。

(イメージのなかで彫像のヒキュウを大きくして、生き物としてそれを眺める。
そうすればヒキュウはいっそう可愛くなるし美しくなる)。
 
外出時にはヒキュウは窓や玄関の外を向くように置いておき、
帰宅したら内側に向けて、労をねぎらうのがいいそうですよ。と上述の台湾の友人は言っていた
(そういえば香港でも招き猫はそうやって飾るのだと聞いたことがある)。

写真は昨日ショップ店頭にならべたばかり
黒曜石(オブシディアン)ペアのヒキュウ(約33ミリ、¥4,800)。
鳳凰やキリンといった神獣と違って、なぜかヒキュウだけはペアで作られることがある。
頭を上に円を描くように並べて、左が雄、右が雌という。
| 豼貅(ヒキュウ)&ガネーシャ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
ヒキュウはほめそやしておだてる 17:08
ヒキュウ
ヒキュウ

寝入りばなや風呂にはいっているとき、歯を磨いている最中に、
なんらかのやけにくっきりした映像が頭の中いっぱいにわき起こるという経験はないだろうか?
 
沸騰したけんちん汁の表面に突然に蓮根やごぼうの一切れが浮きあがるように、
それは自我意識の手がとどかない潜在意識のカオスのなかから、
自我がゆるんだすきをついで浮かび上がってくる。
 
このところヒキュウ、ヒキュウといっていたからなんだろう。
今朝、顔を洗おうと蛇口をひねり、手に石鹸をつけて目を閉じた途端に、
ギョロ目したヒキュウの顔が脳裏いっぱいに広がってドキッとさせられた。
それは彫刻のヒキュウではなく猫や狸のように生きていて毛皮におおわれたヒキュウの顔だった。
ギョロ目の彼はつぶれた鼻の穴が大きく、獅子舞の獅子に似ていないでもなかった。
 
キリン、天馬、天鹿、辟邪、などなどと古代中国では、地上の獣たちはおおむね翼が付けられ、
ときには猛禽類の足を移植されて、精霊の世界の住人となった。
山海経という霊獣や珍獣を集めた怪獣事典が編まれたほどだ。
 
かつて香港・中国に行くたびにジェードマーケットや夜店で買い集めた
こうした霊獣たちの彫像がかなりの数になっている。
それらの大部分はいまだにどれが辟邪で天鹿なのか、あるいはどのような名の霊獣なのか、
特定できないでいる。
 
ヒキュウはよくはわからないのだが、比較的新しい時代に、
豹や猫をモデルに精霊の仲間入りをしたのではないかと思っている。
中国の長い歴史からみるなら、新顔のパワーアニマルであり、
われらがブリンギング・アニマルといったところのようだ。
 
ヒキュウはかつて天帝のペットだった。あちらやこちらから小金(こがね)を集めてくるなどよく働くのだが、
トイレの仕付けを覚えようとしない。それであるとき天帝がうっかりとヒキュウの糞を踏んでしまった。
怒った天帝はヒキュウの肛門を閉じてしまったという。
 
以来ヒキュウは黄金を集めてくるのだが、排泄しない、
つまりは自分では無駄遣いしない霊獣となったという。こういう説話が生まれるのも、
いかにも中国的合理主義という気がしないでもない。
 
ヒキュウをペットのように可愛がり、愛犬に用事をいいつけるように命じるならば、
パチンコ、競馬などのギャンブルに勝ったり、株や為替取引で儲けるなどの不労所得を増やしてくれる。
宝くじに当たったりもする。
あるいは1日2日のアルバイトを頼まれて臨時収入が得られるという伝承も、
「上に政策あれば下に対策あり」と頑張ってきた庶民の願望のあらわれとみえる。
 
ちょっとお願いして忘れてしまうのではなく、ペットのように可愛がる。
霊獣たちは 「気」を食べるので、ヒキュウならば金気のものを供える。
褒めそやしておだてる。いくらかのむら気は許容する。
そういうふうに彫刻にヒキュウというアニマルが宿るのだと思って付きあうなら、
ヒキュウはギャンブルに勝たせてくれたり、
あれやこれやの金運をちょこちょこと運んできてくれるようになるだろう。
 
ヒキュウを持ってパチンコに行ったのにもうからなかった。
ヒキュウの下に宝くじを敷いておいたのに当たらなかった。
というように即物的に反応するのではなく、
日々の出来事や自分の気持ちの変化を注意深く観察する心掛けが大事だ。
あなたやぼくにはヒキュウの気持ちは計りようがなく、
彼らがどういうふうに働いてくれるのか知りようがないのだから。
 
そうして彼が働いてもあなたが気付かず、
感謝したり褒めそやさなければヒキュウはそっぽを向いてしまうだろう。
 
まずは自分の心の内に猫のようであり豹のようでもあって翼のあるヒキュウを宿す。
それにむかって「可愛いね」とか「美しいね」といってみる。
そんなところからヒキュウとの付きあいがはじまっていく。

写真下は大きめの翡翠製ヒキュウ・ストラップ。
車の中や、ドアノブ、バッグなどに付ける。特価で¥3100。
上は新発売準備中のタイガーズアイ製、ペアのヒキュウのギフトパックで¥3800(ポーチ付き)。
セール期間中は特価のさらに2割引!
| 豼貅(ヒキュウ)&ガネーシャ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
スーパーパワーのガネーシャと観音との妖しい関係 16:54
ヒスイガネーシャ・1



ヒキュウは可愛い、ヒキュウは賢い、それにヒキュウは美しい。
彼はペットのようで親しくするなら、ちょこちょこと不労所得を運んでくるブリンギング・アニマルになってくれる。 

寂しいときにはなぐさめてくれるし、困ったときには
思ってもみなかった打開策をあなたの頭の中へと投げいれてくれるだろう。
それはあなた自身のひらめきのように思えるかもしれないが、
その実、ヒキュウからのメッセージであったりする。
 
それに対してガネーシャは崇拝し仰ぎ見る存在であって、
「可愛い!」などといっていたら、
磯に突然荒波が立つようにパワーの大海へと押し流されかねない勢いがある。
 
ガネーシャ(聖天)はなぜエロチックで官能的な神になったか? 
この話にはあの純粋無垢にみえる観音さまが絡んでいる。
 
観音菩薩は今風にいうなら血筋がよくて超イケメンの好男子だったが、
インドに女神旋風が吹き荒れた折りに、
変化身のひとつふたつが女神たちと習合して女性的側面を持つようになった。
これらの姿が古代中国に渡って慈母観音や白衣観音に変じていった。
 
さてと、とっても遠い昔、菩薩や如来が仏教の布教を目指していた時代。
ヒンドゥー教徒のガネーシャが目障りで仕様がなかった。
彼を説得できるなら獣界すべてが仏教徒になる。
そうでなければ獣界の勢力に押されて仏教はすたれていってしまう。
 
如来・菩薩会議が開かれてガネーシャ対策が協議された。
席上、観音菩薩が「私に一存してください」と申し出た。
 
観音菩薩は豊かな胸とお尻をして腰のくびれた超絶的美人に変身してガネーシャを訪ねた。
ガネーシャはそんな観音を見て一目惚れ、
もういっしょにベッドへ行くことしか考えられない。
 
そこで観音はさんざん押し問答などしてじらしてから言う。
「あなたが仏教を受け入れるなら私の白い腕や柔らかな胸はあなたのものよ」。
 
その夜のガネーシャと観音の歓喜の声は三千世界の隅々にまで響きわたり、
甘やかな声に触れた神々はもとより人も獣も鳥も虫も、
木々たちもまた官能の歓びに包まれたことだろう。
 
そんなふうしてガネーシャは、仏教側の言い分としては仏教徒となり、
漢字の名前が 「聖天」となったので、
いまでも観音菩薩には頭があがらないといわれている。
 
ガネーシャには同じくようにいくらか性的な荼吉尼天や弁才天と同様、
人間には計り知れない力が玄(くら)く映る側面がある。
 
それゆえに、彼はときに暴走することがある。
たとえば身分不相応に大きな「聖天像」をまつったり、祈願途中でほっぽらかしたりすると、
俗語でいえば祟(たた)る、心霊用語では障(さわ)りが起きる。
 
主人が淫乱になって家庭が崩壊したり、上り調子の仕事が突然挫折したり、
他人の争い事に巻き込まれたり、信頼していた人に裏切られたりする。

(急激に大きなパワーが自分のところにやってくると、
それをコントロールできない。苛立ちや不安がつのるのが原因で、
ネガティブな「縁」を引き寄せるということなんだろう)。
 
そんなふうにならないようにするために、
「心霊的には聖天をまつるときは観音さまをいっしょにまつる」
といわれてきた俗世の知恵は、観音とガネーシャを巡るこんな説話に由来している。
 
人知では計り知れないがゆえに玄(くら)い力に気を配るなら、
神秘は計り知れないほどに奥行きを増す。「玄牝(げんぴん)の門」(老子参照)
が光明への入り口であることもわかるだろう。

写真は重量約1200gのビルマ翡翠製ガネーシャ彫像。
強烈なまでにパワフルなガネーシャのパワーを感じられる。「玄」という言葉の意味も。
| 豼貅(ヒキュウ)&ガネーシャ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
ヒキュウは猫科の霊獣で居眠りしがち 16:39



電子辞書の『漢字源』で、こころみに「ヒキュウ」の「貔(豼)」をひくと、「猛獣の名。豹の類。
昔、ならして戦争に用いたという。
勇猛な軍隊にたとえる」とある。「貅」についても解説は同じ。

『広辞苑』には「貔貅」で
「仝鼎中国で馴らして戦いに用いたという猛獣。貔はその雄、貅はその雌。
転じて勇猛な将士。つわもの」とある。
 
三国時代の武将、関羽が財神に転じたようにヒキュウもお金儲けの守護霊獣に転じたようだ。
 
ちなみに狛犬の「狛」は「獣の名。狼に似ている。
又、それをかたどった石像」とある。 
ヒキュウは猫科で狛犬は犬科という違いがあって、どうりでヒキュウは
幾らかむら気で眠っていることが多いという風聞もうなづける。
 
俗説ではヒキュウに願い事をするときは牛鈴を振って起こしてから
頼まないと願い事はかなわないとされている。
古い時代に牛の首につけた鈴を小型化したものはいまでも魔除けとして
中華文化圏で愛好されている。牛鈴がない場合は鈴を振ったり、
鍋を叩いてもいいだろう。
 
お正月には近くの神社や仏閣へ初詣でに出掛ける。
たくさんの願い事がなされる。願い事をした本人はさっさとそれを忘れてしまう。
社寺でお祓いを受けた車が交通事故にあっても、
だれも神社寺院を訴えないのと同様、本気で神仏に願いをする人は少ない。
 
けれど遠い昔には祈願は切実で、それなりにルールがあって
クニの安泰や豊作を願う神仏と、個人がお金持ちになりたいとか、
ライバルに勝ちたいと願う神仏は同じではなかった。
 
上位の神々にはクニを繁栄させるような大きな仕事があり、
下位の神々にはクニの省庁から町役場の職員に至るまで役人並みの
個別の仕事がある。さらには体系から外れた龍神のような自然神、
番犬のような霊獣がいる。
 
神々と人が身近であった社会では、「お金持ちになりたい」
「ギャンブルで儲けたい」「宝くじを当ててほしい」「恋人が欲しい」
「結婚したい」「もっとスリムになりたい」といった自分勝手な願いは、
上位の神仏に願うなら逆に疎んじられて罰が当たる類いのことがらであり、
番犬のような霊獣に頼むのがてっとりばやい祈願法だった。
 
ヒキュウなどは個人的な願望成就を願うさいたる霊獣といえる。
 
番犬をてなづけるにはほめておだてるのが常套手段。
彫像にパワーアニマルが宿っているのを見るつもりになって、
「おまえはなんて美しい! なんて力強い! なんて逞しい!」
とほめちぎることが肝要とされている。
 
あなたにとっての夫や妻だって、ほめておだてて、感謝、感謝と言っていれば、きっと、
たいがいのことはきいてくれることだろう(愛情があればの話だが)。
 
写真はバッグやベルト、ドアノブや車の中につり下げると霊験あらたかとされているビルマ翡翠製、
やや大型のペアのヒキュウのストラップ。
古代中国では陰陽の和合がなによりも大切とされたのでたくさんの霊獣・霊鳥がそうであるように
ヒキュウも雌雄重ねてひとつの名になった。
| 豼貅(ヒキュウ)&ガネーシャ | - | - | posted by YK
今年はヒキュウの年といいかけて大人気に驚く 16:33






今日はショップの仕事始め&新春セールの初日。
お休み中にたくさんのメール注文をいただいてスタッフはパソコンの前から動けない。
 
で、彼女は首だけをめぐらせて言う。
「この様子だと天眼ヒキュウがすぐ足りなくなりますヨ」

「うーん、お客さんの動向が読めない!」とぼく。
(本当はもっと下品なものいいだが)。急いで追加注文したりした。
 
今年はヒキュウの年! と去年の暮れあたりから思っていた。
だから新春セールが終わったあたりから「今年はヒキュウの年!」
と盛り上げて春か初夏セールでヒキュウ特集にしようと企てていた。
 
ぼくの思いよりもみんなのアンテナのほうが早かったようだ。
そんなわけでガネーシャにまつわる淫らな話は先延ばしにして、
急いでヒキュウの話。
 
半年ばかり前、ヒキュウ(「貔貅」と書く)に憑かれたようになって、
あれやこれやたくさんのヒキュウを買い集めた。
それでもって「ヒキュウとは誰れぞ?」と『中国神話伝説事典』みたいな類いの辞書を数冊ひいてもヒキュウについての項目がない。
 
謎のブリンギング・アニマルに出会ったような気がして、
いよいよミステリアス、さらに調べまくって、
「ヒキュウはかつて辟邪、天禄とよばれていた」という解説をみつけて、
そうかヒキュウはたぶん、南方中国や台湾の辟邪、天禄バージョンなんだと納得。ますますヒキュウが好きになった。
 
上海の豫園という観光地にお土産屋の一大集落がある。
その一角に超立派な辟邪・天禄が飾られている。
「辟邪」(へきじゃ・よこしまを避ける)・「天禄」(てんろくは天鹿)という名前が気に入った。
翼のある鹿に豹や狼の顔をつけたりする古代中国お得意のキメラ怪獣であることが嬉しかった。
 
ヒキュウはバリ島の神々の番犬風霊獣、ブータとカラのようであるし、
日本に伝わった狛犬の類型であるようでもあると、ヒキュウへの興味を深めていった。
 
現代人気のヒキュウは、とにもかくにもお金が大好き、
そのくせ寝坊することが多くてまっとうに働くのはやや苦手。
だから不労所得の増大を願うのにもってこい、というところが彼の地で人気を集めている大きな理由のようだ。
 
お金儲けに特化したブリンギング・アニマルというのはそうとう愉快である。

(ヒキュウ願望実現法につづく。当社のヒキュウ・コレクションはまだ写真に撮ってない)
| 豼貅(ヒキュウ)&ガネーシャ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
夢かなえる象についてのあれこれ 16:27



3日は山の家にいた。夜によく働いて本の整理をした。
弥生時代は朝鮮半島からだけではない大陸からの移民によって始まった。
縄文時代の勾玉はこれら移民してきた人々の影響のもとに
制作されたようだ。

そのヒントはおもに江南や雲南の少数民族にあるんだろうと推測して、
このあたりに関連した20冊あまりの資料を一か所にまとめた。
本箱の一角に整然と並んだ本たちは居心地良さげになった。
 
オオクニヌシ命やヌナカワ姫を守護神にまつった人々はこの地に来て、
翡翠に魅入られ、ネフライト(軟玉翡翠)に幾らか色艶が似ている
グリーンジャスパー(碧玉・出雲石)で勾玉・管玉以外にもたくさんの玉製品を残した。きっとそういうことなんだろう。
 
それにつけても山は寒かった! タイムスリップさながらに山に着くと
身体がなれていないものだから、ことさら寒く感じる。
ついつい萎縮してなかなか寝付けなかった。
トレーナーの上にネルシャツを着たら、今度は窮屈すぎて寝返りを
うつのもままならない。明け方4時に置きだして電気毛布を探した。
 
夢の中でもたくさんの日本翡翠の勾玉を検品した。
獣型勾玉の足がダリの絵のように伸びているのがあってシュールだった。
 
お正月に縁起のいい神様といえば、今年はガネーシャが筆頭。
夢かなえる象として全国津津浦浦名前が広まっている。
 
かれこれ40年間、疑似ヒンドゥー教徒としてガネーシャを敬愛してきたぼくとしては嬉しいかぎり、
これを機会にガネーシャが日本列島に居着いてくれればいいと願っている。 

ガネーシャは象頭人身の神、インドではサラスヴァティ(弁才天)や
シュリ(吉祥天)とともに、現世利益をつかさどる3大ご利益神の一柱
として、超の上に超がつくくらい有名。(知人のひとりにもガネーシャという名前の男がいる)。
 
ガネーシャは学問向上・商売繁盛・立身出世の面倒をみてくれる。
インドではそこそこに暮らしてゆけてる人であれば、
たいがい占星術師に作ってもらった自分専用の星占いノートを持っている。そのトップページにガネーシャは飾られている。
 
ガネーシャはヒンドゥー語のガナのイーシャで動物界の支配者を意味する。彼のもうひとつの呼び方「ガナパティ」は獣の王を意味する。
つまりはブリンギング・アニマルの親分ないし総元締めなので
当社とまったく無縁というわけではない。
 
彼は仏教に取りこまれ古代中国経由で日本にきて「聖天」になった。
タントリズムの影響をうけて聖天はけっこいうエロい神さまに仕上がっている。
 
大黒天はヒンドゥー教の大親分シヴァの憤怒身である
マハカーラ(偉大な黒・玄という意味)の仏教名とされているが、
大黒天とそのお子神であるガネーシャは古代中国で習合したらしい。
その結果、大黒天に穀物神としての性格が付与され、
さらに腹の出た姿に代わり、寺院の食堂にまつられるようになった。
 
インド・ネパールでの大黒天は生け贄の血を好む荒らぶる神で本気で恐い。
 
大黒さまを拝むとき、ぼくらはシヴァとガネーシャと日本古来の大国主命をいっしょに拝んでいることになる。

写真左はインドの3大吉祥&現世ご利益神。
左からガネーシャ、シュリ(吉祥天)、サラスヴァティ(弁財天)。
シュリはラクシュミの別名であり、ゾウを従えたラクシュミは
ガジャ・ラクシュミとよんでいる。
右は現世利益のスーパースター・ガネーシャ。彼に頼めばかなわぬ願いはないとか。

(次回はもうちょっと怖くて、すけべっぽいガネーシャのお話)。
| 豼貅(ヒキュウ)&ガネーシャ | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
| 1/1 |