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日本翡翠三日月ペンダントで失敗を乗り越える 12:29
三日月ペンダント
<日本翡翠新製品> 
新製品・日本翡翠三日月ペンダント12点をHP「日本翡翠丸玉と月」のページに掲載しました。
人類共通の感性として「太陽は生命を育み、月は霊性を開く」と、考えられてきました。
太陽は力持ちで月は知性にすぐれている、
そんなふうなので呪術師は月からパワーを得て呪力を強化したり、神秘的世界に参入してきました。
三日月は人々の精神的成長を見守る形となり、三日月形のパワーオブジェクトを愛用すれば、
失敗しにくくなる、たとえ失敗してもそれを糧としてより大きく成長できるとされてきました。
失敗を防ぐお守りとなるよう「形」を選んで制作したのが三日月形ペンダントです。
新潟県糸魚川産の翡翠原石を使用しています。
PC環境によって実物と多少色味がことなる場合があります。


<日本翡翠新製品> 
日本翡翠三日月ペンダントを新発売しました。
シンプルで力強い日本翡翠の三日月形ペンダントがほしいと考えてきて、
2、3度試行錯誤して出来上がったのがこの形です。
三日月は人々の成長を見守る「形」。失敗の守り神。
現代の日本人は受験という教育システムが大きな原因となって、失敗を恐れるよう方向付けられています。
受験・就職・恋愛・結婚など、1、2度の失敗で人生を棒に振ってしまう人も少なくありません。
賢人偉人たちの伝記をみると彼らが幾多の失敗のうえに栄誉を築いてきたことがわかります。
三日月形のパワーオブジェクトは、失敗にめげないよう勇気づけてくれます。
太陽が生命力や生活力など物質的な影響を及ぼすのに対して、
月は知性や思考力など精神的な影響を与える天体。
三日月ペンダントを愛用することで知性は深まり、
記憶力を強化でき、芸術的センスが磨かれていきます。


<日本翡翠新製品>
古代インドでは三日月は不老不死の霊薬ソーマの器とされ、至高神シヴァの管轄下にありました。
予言や未来予知、霊的パワーを三日月からくみ取ることができます。
日本でも拙著『日本ヒスイの本・最高のパワーストーン』(北出幸男、青弓社、2016)で紹介したよう、
若返りの霊水・アンチエイジングの妙薬は月の神・ツクヨミが所有しています。
  天橋(あまはし)も長くがも 高山の高くがも 月読みの持てる変若水(おちみず)
  い取りきて 君に奉(まつ)りて 変若(おち)しめむはも
(意訳:天への橋がどんなに長くあろうとも、天につながる山がどんなに高かろうとも、
月にある若返りの霊水をとってきて、天皇(あるいは自分が使える君主、または夫)にたてまつり、
若返らせてさしあげたい)
世界各地の神話では、ギリシャローマ神話のディアナ、中国の嫦娥のように月は女神と結び付けられ、
西欧では三日月は聖母マリアの象徴となっていて、
三日月のパワーを引きこむことで、美と愛にめぐまれた日々をおくれるとされています。
停滞を打破して成長と変化をもたらすのが、日本翡翠三日月ペンダントのパワー効果です。
| 日本翡翠・糸魚川翡翠勾玉(まがたま) | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
大型大珠を40本ほどつくりました ■日本翡翠大型大珠の写真 13:36
日本翡翠大型大珠
写真はラベンダー系の日本翡翠製大型大珠。
原石のときはかなりラベンダ−がかって見えたのですが、
製品にしたら色が薄れてしまったようです。
ミャンマー産のラベンダージェードと違って、
日本産翡翠では大部分が不透明で灰色がかっています。
現地のヒスイハンターの話では、
近ごろは河川の護岸工事、海岸へのテトラポッドの投入がすすんで、
翡翠原石はいよいよ見つからなくなっているとのことです。
産出量が圧倒的に少ない日本翡翠、
ことにラベンダー系やコバルト系の翡翠は小さなかけら程度でも貴重です。
 
右手ではジオパークと言い、翡翠を宣伝して観光客を誘おうと執心し、
左手では30年来変わらぬ環境整備。
テトラポッドは海岸保護に役立たないとか、
従来の護岸工事は環境を破壊するばかりという記事を読んだ記憶があります。
政府もそうであるけれど、
地方都市の行政のやっていることは理解できないことが多くて困惑するばかり。
 

日本翡翠大型大珠を見るにはここをクリック


長さ80−130mmの大きな大珠を合計して40本ほど作りました。
ご購入していただいた後で、「こっちのほうが良かった」ということのないよう、
「ショッピングページ」には全部をいっしょに掲載しました。
 
日本翡翠の幾分ラベンダーがかったのや、緑の角閃石が混合したもの、
ヒマラヤ水晶や山東省の黒水晶、神居古潭と色とりどりです。
日本翡翠大型大珠は上野の国立博物館に展示してあるものに引けをとらない出来栄え。
ヒマラヤ水晶や山東省の黒水晶製大型大珠は世界中どこを探しても存在せず、
うちにしかありません。
個人的には濃い灰色の製品と、長さ80ミリの日本翡翠の新着大型勾玉が好みです。
 
大珠は魂振・魂鎮(たまふり・たましずめ)に効くパワー・オブジェクト。
どうやって使うのかということよりも、
手元にあることが頼もしい、所有していることが嬉しい製品です。
 
こうしたパワー・オブジェクトの活用法は人それぞれ。
手にすることで開かれていく可能性も人それぞれと思います。
所有して、敬意を抱いて接して、なれ親しむことで、パワー的な世界へと開かれてゆく。
そのときそれぞれの人に合った活用法がみつかります。
 
たとえば大珠は、巨木を建てて祭った日本海側の縄文のご先祖たちや、
伊勢神宮や出雲大社の本殿に「心の御柱」という宇宙軸を
しつらえた文化と直につながっています。
大珠は小宇宙である人体の宇宙軸=背筋を伸ばしてクンダリニーを目覚めさせる
ヒーリング・ツールだったようにも思えます。
 
よい筆を持つと書画の上達が早まるように、
あるいはよい筆と上等な墨が書の練習の楽しみを増すように、
立派で大きな大珠は、神秘的世界を身近に感じて、埋もれている能力を開き、
パワーアップしていくのに役立ちます。
それは、もう、まるで、飛龍などの精霊たちが味方について後押ししてくれるかのようです。
 
ショッピングページのコメントと重なる部分もありますが、
後日、個々の大型大珠について説明していきたいと考えています。

「勾玉100物語」とか、「日本翡翠勾玉の歴史」もあるし、
良寛さんについて触れたいこともあるしで、気がせくばかり。
原稿書きにさける時間の少なさを恨めしく思っています。
ひとつの身体、ひとつの時間で、そんなにたくさんできないことはわかっているのですが、
性分がせっかちで、とても来世(!)までは待っていられないといったところです。
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たくさんの日本翡翠新製品が届いています ■日本産黒ヒスイ大珠の写真 16:56
日本産黒ヒスイ大珠
毎日のように良寛さんの関連本が宅急便や郵便で自宅に届く。
資料を集めるために何日もかけて神田や早稲田の古書店を回った日々が嘘のようだ。
そんなふうなので机まわりは、古墳時代や古代出雲関係の資料、
玉(ぎょく)に関連した古代中国の歴史書に、良寛さんテーマの文庫、詩集が乱れて、
桜と梅と桃の花がいっしょに咲く三春さながらのにぎわいになっている。

それにしても空海、聖徳太子などと違って、
良寛だけはなぜ「良寛さん」とよぶんだろう? 
彼が天真爛漫だったというのはとんでもない話。心のうちは屈折しまくりの人生だった。

 

上の写真は日本産黒翡翠大型大珠。
これらを含めて、たくさんの日本翡翠新製品が届いています。
ショッピングページで順次紹介していきます。
全貌を眺めるまでにかなり時間がかかる見込みです。
アウトラインは以下のようになります。

‘本翡翠80−100ミリの大型大珠
▲劵泪薀篆緇修隼嚇貍聞水晶の大型大珠
F本翡翠80ミリの大勾玉
て本翡翠50−70ミリほどの大型飛龍
 
大型大珠は翡翠も水晶類も全品をショッピングページに掲載してあります。
直営店にご来店の場合はお声をかけてください。全品をお見せできます。
大型飛龍、新作飛龍などは現在整理中でHP掲載はいくらか遅れます。
撮影してコメントを書いて、HPにアップするという作業にはたくさんの時間が必要です。
 
40ミリ以下の小型の日本翡翠アクセサリー類は以下のものが入荷しています。
/刑逎織謄ミ勾玉(約30x21x11ミリ)¥9,500から各種
⊃刑酥龍30ミリ(約30x30x10ミリ ¥9,500から各種
38ミリ本勾玉 約38x26x12mm  ¥8,000から各種
ぃ横哀潺蠖群蠍玉 約20x15x9mm  ¥3,500から各種
タ正鏝冬吉祥勾玉 約30x20x11mm  ¥4.800
Γ隠哀潺蝓Γ献潺蝓Γ競潺蟠魅屮譽好譽奪
 
タテガミ勾玉と飛龍は通常の勾玉の倍以上の制作費がかかります。
とうぶんの間、創業26周年を記念して感謝セール価格にしてあります。
ブレスレットはこれまでになく彩り豊か、透明度があって、
クォリティの高い品揃えになっています。
 
日本翡翠製品は色合いを言葉で表現しにくく、パソコンでの再現が難しくて、
撮影のたびごとに困っています。
ショップと自宅とで3台のパソコンを使用しているのですが、
同一製品であっても、3台とも色味が違ってみえます。
 
テレビやパソコンの場合、人物や風景は人が頭の中で色合いを調整して見ています。
モニターの映像はきっかけであるにすぎず、
脳は自分が慣れ親しんだ色合いに人物や風景を彩色して、それを真実と思っています。
けれど、日本翡翠のような天然石はこれまで実物に触れたことがないものだから、
実際に目で見る色とモニターに再現される色との違いに敏感になるということのようです。
 
それでも日本翡翠は眺めるごとに発見のある、味わい深くて、
飽きがこない色合いをしていて、
色味が心にしみてきてうるおいを与え、心豊かにしてくれます。
日本翡翠を手にすると、この石こそ、
日本列島の民である私たちが待ち望んでいた天然石であり、
縄文・弥生のご先祖が大事にしていた宝石だったことを、しみじみと実感できます。
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勾玉が勾玉を呼ぶ勾玉シンクロニシティ■日本翡翠勾玉(糸魚川翡翠)の写真 22:11
日本翡翠勾玉
モルダバイト勾玉
上の写真は下記ブログで話題にした日本翡翠勾玉。
下の写真はSHRIのブログでお馴染みの勾玉作家・永井さん作のモルダバイト勾玉。
両者とも手元にはない。後者の写真は古い写真を探していて偶然見付けた。
勾玉は作者の美意識や個性によって形が異なる。
このことをとても興味深いと思って掲載した次第。

「日本翡翠情報センター」の勾玉ページに掲載するための翡翠勾玉の準備を進めていた。
と、そこへ1年に1度くらいしか会わない古い友人が来店した。
彼の胸では実に見事な翡翠勾玉が揺れていた。
 
彼はとても優秀な気功の指導者だった。
オーム真理教事件が勃発し、日本の精神世界は壊滅的な打撃を受けた。
ぼくはいまでも、あのときの日本の宗教界の対応には落胆しているし、
既存の宗教団体はその程度のものと思っている。

(天然石を巡るパワー的な解釈もあの事件によって後退したまま、回復しえていない。) 

そんなこんなで彼の仕事は成り立ちにくくなって、
彼は過労がたたって糖尿病を患い、腎臓を悪くして、目下闘病生活をつづけている。
なにごとにつけめげないところが立派と思っている。
 
ひとりひとりの人間が生まれてから死んでいくまでの歴史、
つまり人生では思いもよらないことが起きる場合があるし、
明日、何が起きるのか誰にもわからない。
自分の努力だけではどうにもならないことに遭遇したりもする。
結局のところ、なにが起きても受け入れるしかなくて、
そこから否応なく新しい道がのびていく。

「どうしたの その勾玉? すごくいい!」とぼく。
「ここで買ったんだよ」と彼。
「ヘェー凄いね」とぼく。「ちょっと写真を撮らせてよ」
 
首から外して見せてもらったら、いくらか見覚えがある。
数年前に地方の勾玉作家を訪ねて分けてもらってきた日本翡翠の勾玉だった。
 
鮮烈な緑の脈が生きているかのようで、
勾玉自体が植物の枝からもいできたばかりの実のように見える。
 
かくしてこの立派な勾玉は「日本翡翠情報センターHP」の
「第3章・パワーオブジェクト・翡翠製品/勾玉」に入れられることになった
(後の状況変化で後送りにしたが)。 

勾玉の写真を集めている最中に、
それなりに話題性もあり意義もある勾玉が再度帰ってくるというのは、
じつに都合のいいシンクロニシティではあるし、
守護神のお導きというものかもしれない。
 
シンクロニシティはそれに注意を払いさえすれば、
私たちの身の回りでしばしば起きていて、
それが終わってしばらくしてからからふいに気付く場合が多い。
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不気味で稚拙な子持ち勾玉の謎をめぐって■ピンクヒスイ勾玉の写真 12:45
ピンクヒスイ勾玉
写真は淡い色合いのピンクヒスイ勾玉38ミリサイズ。特別な愛称を模索中。
まだ10個以上の在庫があるはずなので、
なるべく早くに「今月の新製品」で紹介したいと考えています。
 
週に3日店を開けての店番、週1回ホームページへの新製品掲載を目処にしていると、
それだけで手一杯ということになりやすく、
なかなかセール・カタログを制作してのセール開催が出来ないでいます。
かといって以前のようにスタッフを二名入れられるほど売り上げも上がっていないので、
いろいろなことがもどかしいままです。

 
子持ち勾玉とよばれる不気味な勾玉がある。おもに5−6世紀の古代遺跡から出土する。
勾玉が通常3センチ前後であるのに対して、子持ち勾玉は5〜10センチと大きい。
勾玉の背中や腹に小さな豆状のものが幾つかくっついたり、突起が並んでいる。
 
獣形勾玉から発展してきたと考えられているが、見様によっては魚の形に見えなくもないので、
本当にこれが勾玉として意識されていたかはどうかは定かではない。
 
素材の多くは滑石で水晶や日本翡翠製品はない。作り方も雑で稚拙、出土状況からみて、
宝飾品として身につけたのではなく、祭祀の供物であったらしいとされている。
 
動物が子供を産むように石も子を産んで増えるという信仰があって、
子供を産む勾玉を神々に提示して、
これこのように豊作にしてくださいと願ったんだろうか。

「祭祀の供物」と書くと、なんとなく使用法をわかったつもりになるが、
仏教の伝来以前のこのクニにどのような信仰があり、どのような神々が祭られていて、
どのような儀式があったのか、まったくといっていいほどわかっていない。
呪術が文化の基本だったので、子供が生まれる、種蒔きをする、戦争に出かける、などなど、
なにごとであれ最初に神祭りがあったはずだが、その具体的様相がわからない。
 
当時は神々が常駐する神社という建物もなかったはずで、
資料を確認しなければ確証できないのだが、
神社に先行したはずの鳥居もいつごろから建てはじめられたのか定かではない。
 
沖縄の御岳(うたき)と同じような場所で神祭りは行われ、
住居のなかにも聖所があったことだろう。
 
祭祀では祭壇が築かれ、呪文によって神々が招かれた。
現在の神道儀式で玉串を捧げるように、家内安全・商売繁盛を願って酒などを奉納するように、
子持ち勾玉が捧げられて五穀豊穣が願われたと想像するのが一般的だが、
本当にそうだったのか否かは確認できない。
 
こうやって眺めてくると子持ち勾玉は謎だらけで、研究資料も多くはなかった。
最近になって、『祭祀考古学の研究』(大平茂、雄山閣、2008)という本のなかに
「子持ち勾玉の分類・編年」の論文を見つけて、
これでやっと、子持ち勾玉についてなにがしか考えをまとめられると思っている。
 
5−6世紀の日本列島というのもよくわからない時代で、
神々の神託に基づく政治(まつりごと)から、法律による統治への過渡期にあった。
主要豪族による合議制政治から天皇による専制政治への過渡期でもあったようだ。
 
簡単には卑弥呼の邪馬台国は3世紀なかば、大和王朝の誕生は4世紀くらい、
5世紀は倭の五王の時代で、大和朝廷は朝鮮半島の覇権争いに終始した。
朝鮮半島南部の鉄資源を得るために日本翡翠の勾玉がたくさん輸出された。
 
6世紀始めに継体天皇が即位して、やがて蘇我氏が勢力を誇るようになり、
6世紀なかばに仏教が公伝、6世紀終わりころ聖徳太子(574-622)が摂政になる。
7世紀なかばをすぎて、天智(626-671在位668-671)・天武天皇(-686在位673-686)・
持統天皇 (645-702在位690-697)の時代になっていった。
 
勾玉は中国の律令制度を移入した政治体制のもとで消えていく。
勾玉が失われていく最後の時期に、
列島の土着宗教は朝鮮半島や大陸の影響のもとで揺さぶられ、
子持ち勾玉や石製模造品を神々に奉納する様式が誕生したのかもしれない、
と想像すると謎は深まるばかりだ。
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中央アジアと日本列島を結ぶ勾玉のなぞ■アマゾナイト勾玉の写真 14:07
アマゾナイト原石
アマゾナイト吉祥勾玉

アマゾナイト(天河石)は賢治が愛した鉱物のひとつ。
これまでは緑色のものが主体だったが、
ペルー産の美しい空色したビーズが忽然と出回るようになっている。
写真上はブラジル産(?)アマゾナイト原石。
下は当社特製のアマゾナイト30ミリ空色勾玉(¥3300)。

「そこの空は早くも鋼青から天河石(アマゾナイト)の板に変わっていたことから
実にあきらかだったのです。その冷たい桔梗色の底光りする空間を一人の天が
翔(か)けているのを私は見ました」(インドラの綱)
というように賢治にとってアマゾナイトは
意識が向こう側へ行ってしまった世界でみる空の色だった。



不思議な話がある。
賢治の本『宮沢賢治と天然石』(裏タイトルは『賢治と変性意識』)が終わって、
次は『勾玉』の本を書こうかと、2週間ほど前に思いたった。
日本翡翠テーマの本を作りたいと考えてきたのだが、
世間全般から見るならマイナーすぎて具体案を練るのに躊躇していた。
でも勾玉ならいけそうだし、日本翡翠についても思う存分入れられる。
「賢治と変性意識」のような独自の見解だって展開できそうだ。
そんなことを漠然と考えているうちにスラスラとおぼろな章立てができた。
けれど『宮沢賢治と天然石』が増刷されないと出版社に次の本を出してとは言いにくい。
 
そうやって2、3日が過ぎて『宮沢賢治と天然石』を褒めてくれる始めての電話がかかってきた。
以外なことに異国の人だった。彼女は中華系の人のような日本語の話し方をした。
うちの勾玉を注文してくれたので、名前と住所を聞いた。
中国人らしからぬ、どこの人とも見当がつかない名前だった。
思わず、どちらのお国の方ですかと問うと、中央アジアとの答えだった。
 
それから届いた勾玉に満足してるというような電話が再度あって、
勾玉は日本だけのものと思われているようだが、
中央アジアの故国を出るときに祖母が持たせてくれた勾玉を持っている
というように話が進んでいった。
 
日本翡翠の大珠(タイシュ)を愛玩した縄文中期の文化と、
日本翡翠の勾玉、ついで碧玉(出雲石、グリーンジャスパー)やメノウ、琥珀、
水晶で勾玉を作った文化との間にはつながりがありながらも断絶がある。
 
この断絶にいまの内蒙古に近い場所に5−6千年前に栄えた紅山文化からの
渡来民がからんでいるのではと、ぼくは推測している。
大珠の前に日本列島ではC字型をしたけつ状耳飾りとよばれる呪具が流行した。
この耳飾りは紅山文化の特産品で北海道を経由して本州に伝わったようだ。
さらには紅山文化の石器の図録を見ると、
たくさんの管玉や原初勾玉と呼べそうな出土品のあることがわかる。
 
これから時代の整合性のメモを作るところなので、断言はできないが、
古い時代の紅山文化がけつ状耳飾りを列島に運び、
新しい時代の紅山文化は日本海を渡って、糸魚川あたりに着いたと考えると、
勾玉の由来について納得のゆくものがある。紅山文化の玉製品は北方へも伝搬して
モンゴルから中央アジアに勾玉の類似品が残ったとしてもなんの不思議はない。
 
勾玉についてあれこれ考えを巡らせようかとしている時期に、
こういうふうな話の進展があると驚いてしまう。
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勾玉が栄えた時代の呪術的背景・その6■マウシッシ勾玉の写真 14:16
マウシッシ勾玉
昨日、山へ行ってマウシッシ勾玉の写真を撮ってきた。
渓流の水は冷たかった。土手にはイノシシが水を飲みに下った跡らしい
土崩れが幾つも残っていた。
この時期、山の家近くの人々との挨拶は「寒いねえ」の一言となる。
山では、バスを降りた途端に冷気が黒いチノパンの内側を這い登ってくる。
マウシッシの主要成分であるコスモクロアと翡翠の違いを説明しなくてはならない、
と思いながら、頭の中に居座る宮沢賢治を追い出すのが容易ではなくて遅れている。
ぼくの説明よりも、ホンモノのマウシッシに触れるほうが百倍も有意義と思ってもいる。


マウシッシ勾玉は「年末年始セールカタログ」に掲載してあります。
HP版カタログを見るには、ここをクリック


向こう側が本物、こちら側の人間世界は向こう側の映し鏡とみるような感性の社会では、
「気・パワー」が存在の大本(おおもと)となり、現実世界のことごとくは、
幾種類かのパワーの糸が織りなす織物に浮かぶ図柄のようなものだと解釈される。
 
ここでは気は文化的な合意のもとに前物質的な実体として扱われていた。
それゆえにみんなが気に敏感になって、気持ちがいいとか、気色が悪い、
気構え、天気、などなどと 「気」に関連する言葉を日常的に使用した。

人々は現実的な欲望に執着しながらも、
その一方で現世の出来事をあきらめにも似た気持ちで受容した。

(宮沢賢治の時代あたりの人が始めて、科学の力をもってすれば旱魃など
自然の猛威に対抗できるという熱意を抱いた)。
 
パワーはあるかないかを問うものではなく、そこでは自明の理として存在していた。
感じ方に個人差はあっただろうが、パワーを扱う能力は、
茶碗や刀剣の鑑定眼のように訓練によって強化できるものでもあった。
 
勾玉を物実(ものざね・パワーオブジェクト)としてとうとんだ時代はそんな世界だった。
 
往時の世界ではあたりまえのことであっても、科学信仰と近代合理主義とによって、
そこから隔絶された私たちにとっては、パワーを感じるという行為は、
いささか練習を要することがらとなっている。
 
たとえば大きなホテルの立派なレストランで食事してウエイターやらレジ係に
うやうやしく扱われる自分を想像する。自分が偉くなったような気がしないだろうか? 
こういう感触はパワーオブジェクによってパワーアップされた感触に似ている。
 
そうやっていくらか変身した自分であるなら、
昨日は恐る恐るしかできなかったことを今日は平気でできるだろう。
昨日はためらっていた決心も今日は気軽にできるだろう。
 
立派で美しい勾玉からはそういうふうに自分をパワーアップする「気」が
放射されていると思って勾玉を眺める。
どことなくそういうような気がするのであれば、それを積極的に評価する。
 
そんなような気分になって眺めるだけで、心の内の古代は活性化され、
勾玉に秘められたパワーがあらわになる瞬間に立ち会える。
 
パワーを感じたら「感じられた!」で終わってしまわないで、
自分の内側に取り込む気構えも大事だ。
パワーを身体に受けて自分を染める、ないしそれが熟成・発酵していく様子を見守る。
より専門的には丹田に集めて「気」を練るのだが、練り方にも方法論がある。

熟成された気は、胸の宝瓶に収めて魂を磨くのに活用できるし、
手のひらから出して他者治療に用立てることもできる。

けれどそういうことを書いているといつまでもこの話をつづけなくてはならない。
ここで中断しようと思う。
 
あとは、勾玉がなぜ歴史から消えていったかについての話が残っていることになる。
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勾玉が栄えた時代の呪術的背景・その5 20:26
日本翡翠ペンダント
「年末年始セール・カタログ」から日本翡翠ペンダント3種類。
5ミリラウンドのモルダバイトがついた特注品。
バチカン部分が大きくしてあるので、チョーカー、レザーペンダントとしても活用できます。
世界に数個づつしかない製品、私だけの宝物になります。



社寺に詣でてお守りをもらう、占い師を訪ねて人生相談する、
それと同様の気持ちで、恋愛運や金運が向上するパワーストーンを持つには何の問題もない。
ちょっとした思い付きをチャネリングと思うのは無邪気で可愛い。
 
けれど、精神世界の入り口あたりが見えるようになり、
スピリチュアルなことどもに真摯に取り組もうとする気持ちが芽生えてくると、
勾玉や大珠はそれまでとは異なる意味を帯びて、忽然と存在感をあらわにする。
 
ここでは近代科学以降の知識はあまり役に立たない。
古代の知識、古代の感性を学ぶことが必要になり、
やがてそれらが自分の内側にもとから埋もれていたことに気付く。
内側の記憶と外側の知識が呼応しあうことで知識は智慧に変換されていく。
(そこでは古代がよみがえる)。

(宮沢賢治の人生を追体験していると、まさに彼は、古代の感性を生きたがゆえに、
地質学や化学などの知識がありながら、近代合理主義にもとづく
世界観を嘘臭いと感じていたことがわかってくる。
古代の呪術師のような世界の見方をするなら、
人間の意識はもっと開かれていくだろう、と彼は感じていたようだ)。
 
神々や霊たちが属する向こう側と私たちが暮らしているこちら側は、
“犂澆蛤ヾ漾↓∩以質的な世界と物質化された世界、パワーの世界と現象世界、
の酖世界と現実世界、と言い換えることもできる。

インド思想のように論を詰めることはなかったが、
守護石として勾玉を大事にした古代の人たちは二層構造の世界に暮らしていた。
言魂(ことだま)は呪術の要(かなめ)であり、
言葉によってものごとは実体化してくることを彼らは知っていた。
 
むこう側はこちら側に浸透しつづけていて、両者の境界はそれほど明確ではなかったがゆえに、
人々は常時、境界を識別しつづけなければならなかった。
 
こうした世界観では、日常性を超える過剰さは向こう側に原因があると考えるのが常で、
ヒステリックな振る舞いは魔や怨霊のせいにされた。
逆にすごく美しいものは、むこう側の純粋なパワーを色濃く宿しているからだと信じられた。
神々(こうごう)しいものには神と同質のパワーが内在していた。
 
狼・虎・犀などは彼ら特有の強烈なパワーゆえに境界を行き来できる霊獣と思われていた。
同じ論理で滅多に見られないほど美しい石は、どちらかといえば向こう側に属するものであり、
いわば向こう側からこちら側に墜ちてきたものであると感じられていた。
 
それは純粋なパワーが凝集したものであり、それゆえに持ち主を守り、
必要があれば人はそこからパワーを取り出して使うことができた。
 
美しい石は硬ければ硬いほど貴重で、その硬さはパワーの高密度な凝集を意味した。
西洋ではルビーやエメラルドが、インドではダイアモンドが、古代中国では玉(ぎょく)、
なかでもネフライト(軟玉翡翠)が、日本では翡翠がそれに相当した。
宝石はパワーストーンであるがゆえに「宝石」とよばれた。
 
だから縄文・弥生の時代に翡翠を愛好した人たちは、
美しく磨かれた翡翠をみるだけで霊妙な気持ちになれた。
心は洗われ、今で言う自律神経失調症や不定愁訴などの精神的症状は回復したことだろう。
勾玉は身体に飾るだけで、邪(よこしま)な者を祓える気持ちへと自分を調律できただろう。
 
しかし私たちは、これが守護石と言われても、ちょっとありがたがるのが精一杯で、
冷めた目でみるなら、どこが守護石かわからなくなってしまう。
 
冬の深夜のシンシンと染みわたる冷気に、冷たくて精妙な「気」がどこから来るかを想像してみる。
黄金色に輝く夕日を見たら、その彼方にある黄色な光が満ち溢れる浄土を想像してみる。
近ごろの理論物理学を援用して、物質のもとである素粒子が
エネルギー世界から開きだされてくる様子を想像してもいい。

純粋なパワーの世界に支えられて私たちが暮らす世界があると想像して、
勾玉や大珠など古代のことどもをそれに重ねるなら、
意識は変性しやすくなる。心根の奥のほうで古代が目覚める。
 
勾玉や大珠がそれまでとは異なる意味を帯びて、
忽然と存在感をあらわにするのを眺められるだろう。
とても美しいものがここにあることがわかる。

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勾玉が栄えた時代の呪術的背景・その4■日本翡翠五輪塔の写真 12:28
日本翡翠五輪塔
「年末年始セール・カタログ」から日本翡翠五輪塔とお地蔵さん&金香玉お地蔵さん。
五輪塔は大日如来の身体といわれている。
五輪塔を入手したら大日如来、つまりは精神宇宙の純粋さ、高潔さ、偉大さを想像するよう努める。
ついでその感触で自分の身体を染めるよう想像する。
それによってスピリチュアルな世界への道が開かれる。
ただ飾っておくよりも、先祖供養や魔除け、厄除けに数百倍の効力を持つようになる。
お地蔵さんは困っているものを無条件に救ってくれるありがたい菩薩。
本気で救いをもとめるには、自分のすべてを彼にゆだねるつもりになることが大切。


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余談ついでに呪術や魔術の怖さというか、祈念・祈願も楽ではないということについてもひとこと。
 
魔術は始めたが最後、四六時中それに気配りしていなければならないという点で
株式や金融などの取引に似ている。
 
株・為替取引・金の売買は、成功させたい、損したくないと願うなら、年がら年中、
市場の動向や世界情勢、ことにアメリカ国内の政治経済に注目しつづけなければならない。
「魔」は制御しにくい猛犬のおもむき。魔を使役する魔術を始めると、
欺かれないよう気配りしつづけなければならない。
為替の先物取引のようにハイリスク、ハイリターン、
ちょっと油断したりつまづいたりするだけで命取りということになる。
 
これに対して呪術で願望をかなえたり、他者を呪うには、菩薩・如来といった上位の仏ではなく、
明王や天部の神々、あるいはもっと下位の明神・権現、その他眷属に乞い願う。

(密教には怨敵調伏という呪詛の技法があって護摩壇は三角に築く。
死後には自分の心臓・肝臓を提供するので、何が何でも現世で願いをかなえてくれ、
という祈願法もあった)。 

こうした呪法は商取引の一形態であってお礼や約束ははきちっと果たさなければならない。
効力のほどは第一に呪術師のパワーの強さと品位が問題になる。
経典を読むくらいしか能力のない者が呪術をしかけてもおおむね無視されるようだが、
神々のパワーにはじき飛ばされてしまうこともある。
品位のない呪術師は高級な神霊に門前払いされてしまう。 

ときには拳骨で頭をごつんとやられたり、ビンタをくらうこともある。
そうすると呪術師は大病を患って死んでしまうことになる。
こうして死んだ呪術師は転生しにくく、幽界に迷いやがては「魔」となりやすい。
 
お稲荷さんに百日参りとか月参りの願かけをする。願いがかなって事業に成功する。
お礼をしないと凋落したり、女狂いして家庭崩壊という憂き目にあったりする。
 
あるいは願掛けの途中で病死する。すると残された遺族のなかに精神を患う者や不良化してしまう者、
原因不明の病気になる者がでる、などという話を、かつてあちこちの霊能力者から聞いた。
 
原理は以下のようになる。
/徒が願掛けすると稲荷神は眷属のキツネをひと柱貸してくれる。
このキツネが願望をかなえるよう尽力する。
願望成就したらお礼の品を添えてキツネをお返ししなくてはならない。
そういう礼儀を無視するとキツネは帰りたくても顔が立たない。なんとかして欲しいと信徒にせっつく。
し覯未箸靴匿徒は精神が不安定になる。女狂いしたり、酒・ギャンブルに溺れる。
セ業はおろそかになり、家庭も平和でなくなる。
信徒はますます女・酒・ギャンブルに依存するネガティブ・スパイラルに陥っていく。
 
信徒が願掛けの途中で病死したりした場合、遺族は願掛けを知らない場合が多い。
ここでも眷属のキツネは稲荷のもとに帰るに帰れず行き場がなくなってしまう。
遺族のうちの一番霊感がありあそうな人、つまりは精神的にデリケートな人に、
なんとかして欲しいとせっつく。
せっつかれた本人は精神が不安定になる。そうやって登校拒否したり、アルコール中毒になったり、
不良化してしまったり、原因不明の病気になったり、交通事故を起こしたりする。
 
呪術や魔術についていくらかわかるようになると、
邪気の類いが近寄ってこないよう自分を整えておくことが大事に思える(矜持を高く保つとか)。
同時に安易な気持ちで神仏に願いごとをしてはいけないこともわかるようになる。
信心深かった爺さん婆さんが亡くなったら、
御札の類いはもとの社寺にきちっとお返ししたほうが賢明と思えてくる。
 
呪術については呪術しない呪術師が一番気楽と思っている。
霊感のある人たちには水晶や日本翡翠製品を身近に置くよう勧めておきたい。
万一、それらがふいに破損した場合、当社が不良品を送ったのではないことも理解してもらいたい。
| 日本翡翠・糸魚川翡翠勾玉(まがたま) | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
勾玉が栄えた時代の呪術的背景・その3 20:50
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日本翡翠は魔除けになるばかりではなく、列島の民の心の深層に響く宝石なので、
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勾玉が弥生・古墳時代にどのように使われていたか、ちょっと考えてみようと思った。
目下のぼくは宮沢賢治の霊にせっつかれている。石ヤは一時的棚上げといった状態。
古代の宗教関連の資料を開く時間的余裕はないし、
考古学関係の本にはそういうことは一切触れられていない。
これはもう、自分のなかのご先祖に聞くしかないという雰囲気だ。
 
そうしたら彼らはぼくに、勾玉の使用法について知りたいなら呪術を考えろだの、
お前さんには呪術と魔術の違いがわかるか? だのと口うるさい。
 
そんなわけで、勾玉が魔除けであるとしたら、「魔」とはいったい何なのさと、
まとめざるを得なくなってしまった。
 
東洋でいう「魔」はキリスト教の悪魔と似ているが同じではない。
 
魔界に暮らして魔王の統率のもとに暮らす魔族の一団がいる。
雰囲気としては阿修羅の近縁種であるようだ。
修業半ばで果てた行者の霊、数百年の齢(よわい)を重ねて人間並に修業した獣の霊、
などこの世への執着が強いがゆえに死にきれない、
つまりは転生できない霊のなかでパワーの強いものも魔物になる。
 
凡庸に暮らしてそこそこに死んでいく大部分の人は、
その人なりに転生していくので魔にはならない。
この世への執着が強いがパワーの弱い人たちは、死後に未浄化霊となって、そこらを漂う。
彼らは浮遊霊、地縛霊となって魔に利用されることもあるが魔ではない。 

地中海沿岸から中近東、インドにかけての土地では「魔」といえばただちに
「邪眼(じゃがん)」が連想された。
けれど、邪眼は幸いなことに日本列島には上陸しなかった。
このクニは四方を海に囲まれた島国であり、渡来してきた人たちは先住民と似通った顔立ちで、
血統を気にすることなく混血していった。
目付き・顔立ちの違う異民族との交流がなかったことが邪眼に汚染されることなく
過ごしてこれた原因ではないかと邪推している。 

その代わりといっては語弊があるが、このクニでは「生霊(いきりょう)」
が魔の一種として大手をふるうことになった。
 
魔術師はこれらもろもろの「魔」のなかから、彼のパワーに見合う霊を選んで駆使し、
依頼人の要望に応える。
魔は獰猛でずる賢い犬のよう。彼らは年中イライラしていて気持ちを安らげるすべを知らない。
だから魔術師の気苦労はなみたいていのものではない。

「魔」は見えない世界からの悪意・害意の総称ととえらえることもできる。
 
それは人の弱み、穢れ、後ろめたさに付けこむ。
嫉妬・困惑・混乱・苦悩・犯罪は魔に狙われやすい環境となる。
そうやって魔は獲物を見つけると隙をうかがい、ちょっと一突きして獲物が
悲嘆したり、挫折したり、困窮したり、悪の道に陥るのを見て大いに楽しむ。 

ディーン・クーンツやジェフリー・ディーヴァー描くところのサイコパスは魔の権化である。
 
向こう側とこちら側との境界があいまいだった古代には、人々は魔を感じることができたようだ。
だから彼らは境界に敏感だった。
 
魔は他者の邪念・憎悪・嫉妬の念波に乗ってやってくるので、
権力者や富豪、著名人はことのほか魔の攻撃に気をつかった。
貴族は外出時にはスダレの内側に身を隠さなければならなかったし、天皇ともなれば
魔に加えて怨霊対策もせねばならず、一晩中隣室に密教僧をはべらせ読経させて身を守った。
 
魔はどこにでもいて、弱みのない人間はいないのだから誰をも獲物にできる。
ふとした気の緩みやついうっかりが事故につながったり、
ちょっとの油断が大病をひきおこし、ほんのわずかの気後れが事業で大損を招いたり、
ある日心が壊れたようになって猟奇的な犯罪に発展していったりする。
 
これを読んでまるで劇画のようだと思っている人もいるかもしれない。
けれどそういう人こそ魔の餌食になりやすい。
自分は魔なんて関係ないと思っていると、逢魔が辻で魔に憑依されるということになりかねない。
抑圧されているがゆえに本人自身気付けなくても心の奥でくすぶる嫉妬・憎悪
・孤絶感・後悔・強欲さは魔の介入によって増幅される。
 
現代人は精神世界のことどもに鈍くなっているので、
いまでは「魔」は大手をふるい好き勝手なことができるようになっていると解釈できなくもない。

(そのように解釈するつもりがあるなら、まさにそのように解釈できる事件が
新聞には連日のごとくに掲載されている。
ぼくはけっこう科学好きなのでそうなのだと断言するつもりはないが)。
 
魔除けの品々はシンボルの意味を読み解くなら、深層心理学的に意義のあるお守りになる。
それは自分の気持ちを整えて精神的な隙が生じても大丈夫なようにしておくのに役立つ。
弥生・古墳時代には日本翡翠の勾玉が最高の守護石だった。

| 日本翡翠・糸魚川翡翠勾玉(まがたま) | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
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