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「パワーに目で触れる」世界の見方というものがある  10:46
タットワカード
<タットワカード> 
西欧の魔術に関心がないとタットワと出会う機会は少ない。
タットワについて始めて知ったのは古い時代の『ムー・MU』という月刊誌の特集記事でだった。
〇△□などのシンプルな図形が赤青黄に彩色されていて、
同様に〇△□の小さな図形がそれぞれ入れ子になっていた。
広告屋にみせるなら訴求力の強さに目を剥くであろうデザインだった。
とはいっても西欧魔術にはさほど関心がないので、『ムー』の特集記事は切り取って、
多段式ファイルケースのヤントラやマントラ図形のコレクションに加えてそのままになった。
それから20数年経って、書庫にダキニオラクルというタロットカード風珍品をみつけて
タットワを思い出した。それにはやっぱり、これはなかなかのものだと思えるパワーがあった。


<タットワカード> 
タットワは25枚一組の瞑想用カードで19世紀後半のイギリスのゴールデンドーンという名の
魔術団体で発案された。自分が探求したいテーマに沿って1枚のカードを選ぶ。
凝視することで補色残像が閃く。それを向こう側へのゲートに見立ててトルップしていく、
というような方法で神秘的ビジョンが得られるとした。
カードのデザインはインド思想がもとになっていて5元素を援用しているが、
象徴図形と色彩はやや異なる。
当時の西欧人にはインドの神秘思想が正しく理解できていなかったためと思っている。
とはいってもタットワが無用ということではなく、色彩をパワーの目に見える表現ととらえたところに
大きな価値がある。タットワ凝視法を体験すると、
日常的な視覚とは異なる変性意識下での視覚が開けてくる。
水晶や翡翠、鉱物たちを見るとき、
「パワーに目で触れるような」もうひとつの見方があることをここから学べる。
見て見入って魅入ることだ。


<タットワカード> 
興味深く関心はあってもそこまでは手を広げられないことが多々ある。
マヤ文明などがそのひとつで厚い本を何冊も積んであるが、ゆっくりと開く時間をもてないでいる。
同じようにタットワも心のおくのほうで灰をかぶせた埋もれ火のように長くくすぶったままになっていた。
再度タットワに向かうと、その派手派手しい色彩配色と図形の単純さに新鮮な衝撃を受けた。
タットワはタロットカードのように市販されていないようだ。知っている範囲でいえば、
40年ほど前に出版された平凡社の「イメージの博物誌」というシリーズものの
『魔術・もう一つのヨーロッパ精神史』に25枚一揃いのカードが印刷されている。
アマゾンなどでこれを購入、コピー、切り貼りしてカードを自作する。
そこからめくるめく色彩たちの旅にでかけられる。4-18-1


ヒランヤガルヴァ
<タットワカード> 
タットワの瞑想法は、古代インドのヤントラ瞑想法と同じだ。
図形を窓とか扉に見立てて、向こう側に入っていく。つまり開けてくるビジョンを旅していく。
吐息の長い呼吸法、焦点をずらした凝視法などがコツだ。
ユングが好んだという能動的瞑想法と余り変わらない。
こうした行法に馴れると、モノを眺めることと見ることは同じではないことに気付ける。
昨日までの自分はそこらの人たちと同じように石を眺めていただけで、
見てはいなかったといえるようになる。
写真は本家ヒンドゥー・タントリズムの瞑想用ヤントラ「ヒランヤガルバ(コズミックエッグ、宇宙卵)」
とよばれている。すべての始まり。
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呼吸法がパワー中枢を活性化する、元気で賢くなれる  21:09
四川省水晶
<呼吸法と瞑想> 
呼吸法でのゆっくりとした呼吸は深呼吸とおなじではない。
深呼吸はたくさんの酸素を体内に取り込むことで血液中の酸素濃度をたかめる。
1分間に5、6回程度のゆっくりとした呼吸は意図的な酸素不足となり、血液中の炭酸ガス濃度を高める。
山岳宗教の高地での荒行は人気のない場所を選んでのことではない。
気圧が低く、酸素の少ない高地では意識は変性しやすく、神秘的体験は誘発されやすい。
古い時代の資料を捨てるべく整理していたら、酸素不足が脳の機能を高めるという記事をみつけた。
脳の血液の循環は首の後ろにある頸動脈弁によって調整される。
頸動脈弁は血液中の二酸化炭素の含有量が一時的に増えると広く開き、より多くの血液を脳におくりこむ。
かくして酸素不足によって脳の機能は昂進するという。脳のエマジェンシー対策のひとつなんだろう。
ゆっくりとした呼吸、静止した身体の持続、雑念の排除、
これらは脳の思考回路にとっては大きなストレスになる。
ランニングハイと同じような状況のもとでドーパミンの分泌量がふえていく。
意識が変性すると石たちが脱皮したかのごとくに美しくみえる。石のパワーが実感できる。


<気になる話> 
胡座(あぐら)をくんで腰骨を立てる。吐息とともに気を降ろす。
いくらか練習すれば降りた〈気〉が凝集する場所がわかるようになる。
上半身の重心がそこにあって〈気〉の用語では丹田(たんでん)という。
丹は狭義では辰砂をさすが広義では凝集したパワーをさす。
パワーをため、練り耕す田のような場所だ。
古代中国では臍の奥の臍下(せいか)丹田のほかに、眉間と心臓の位置にも丹田があるとして、
それぞれ上丹田、中丹田とよんできた。ヨーガでいうチャクラ(パワー中枢)と同じで、
日本の古武術ではこれらを上から鏡・勾玉・剣のクラと名付けている流派もある。
胸の中枢には真珠の粒ほどの光が宿る。額の中枢ではアーモンド型の第三の目が開く。
比喩ではなくていくらか練習すればだれもがそれを実感できる。
臍下丹田に気が凝集するのがわかるようになると気が落ち着く。
翡翠との付き合いを深めると気の巡りがよくなって、身体を巡る〈気〉がわかりやすくなる。
タットワなど図象を用いる瞑想法では額のチャクラがいちじるしく開発される。


<過ぎてゆく日々のこと> 
夢の中で東南アジアのどこかの都市の大道りをダッフルバッグを荷台にくくりつけた自転車で走っていた。
一軒の家の玄関先に、坊主頭の老人が椅子の上にあぐらを組んで座っていた。
目があって老人が手招きした。自転車を降りて挨拶すると、老人はお茶を飲んでいけと言った。
日本の湯飲みをひとまわり小さくした湯飲みにお茶をいれてもらった。香りのいい中国茶だった。
彼は何か言ったかもしれない、何も言わなかったかもしれない。しじゅうニコニコしていた。
いまになって彼はお師匠だったかもしれないと思う。3-18-4 673
(四川省美姑産水晶。この土地の水晶は柱面のないアメシスト・タイプが多い。
多くはエピドートが随伴している。445g, 125mm)
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気について気掛かりなことのまとめ・その6  08:57
白翡翠
<気になる話・16>
『不完全百科事典〈気〉』には以下のようにある。
「(前略)古代において既知のものが、現代になって謎の存在になった。
近年になって欧米の研究家は、それを自分が発明したものであるかのようにいろいろな名をつけた。
曰く、オルゴン、イネイト、オド、N線、動物磁気、バイオプラズマ、サイコロトニック・エネルギー、
生体エネルギー、マインドパワー、ハンドパワー、など。……彼らがどのように呼ぼうと、
私たちは古来からそれを〈気〉と呼んで自明のものとしてきた。それは中国でも同じように呼ばれ、
インドではプラーナ、ポリネシアではマナ、オーストラリア先住民・アボリジニはカルンバ、
アメリカ先住民のいくつかの種族はオレンダ、と呼んできた。
ヒポクラテスは自然の魔力と呼び、ピタゴラスはニューマと名付けたという。p118。


<気になる話・17> 
は〈気〉についての話。昔書いた原稿には以下のようにある。
社会評論家の赤塚行雄氏は『気の構造』(講談社現代新書)という著書のなかで、
近松門左衛門の作品には366種類の〈気〉がでてくると書いている。
「気遣い、機嫌、気色、悋気、狂気、気の毒、病気、気に入る、気を付ける、気味、
勘気、辛気、短気、健気、気合、気掛かり、気違……」。
元禄時代同様、私たちも日常的に〈気〉の言葉を使う。
しかし今日では、元の意味を考えて〈気〉の言葉を使う人はいない。
〈気〉について考え、〈気〉に敏感になると、これらの言葉が息を吹きかえす。
世界がにわかにひろがるのを見ることができる。p118 


<気になる話・18> 
水が流れることでエネルギーを生むように〈気〉を任意の方向に働くよう仕向けると
以下に列記するような力になる。
これが能力開発とか自己啓発、ヒーリングの基本で、
触媒となるよう天然石の質感・色・形を用いる方法がクリスタル・ヒーリング。
ここでのクリスタルは水晶に限定せず、広義の「結晶」の意味。
まずはパワーを分類してみる。「行動力・熟考力・判断力・直感力・洞察力・集中力・抑制力・創造力・
想像力・統率力・魅力・支配力・精力・持続力・意思力・実行力・決断力・掌握力・適応力・表現力・
理解力・再生力・念力・予知能力・自己治癒力・抵抗力・運動能力・処理能力・包容力・吸引力・
管理能力・情報収集力・他者治癒力・超能力・応用力、など」。
かつてのうちの店のショップカードの裏側にはセルフチェックできるよう「力」の分類表が印刷してあった。
写真は糸魚川産白翡翠原石、2.4kg, 130mm 翡翠原石のイメージを下腹におくと「気」がわかりやすくなる。
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気について気掛かりなことのまとめ・その5 21:31
グリーンジャスパー
<気になる話・13> 
気の世界観では色彩を眼にみえる形でのパワーの表れと見る。
そう考えるというのではなくそのように実感できる体験があるということだ。
「色・しき」は色彩であり物質である。古来シャーマンたちは弟子にこのことを教えるのに
多大な時間を費やしてきた。こちら側を離れることで色彩をパワーの表れとみる経験世界が開けるのだが、
こちら側の価値観で頭をいっぱいにして、向こう側のことがらもこちら側の論理で
推し量ろうとする新弟子を、向こう側へといざなうのは容易ではない。
彼らはこちら側から離れなければならないところで、
まるで中有(バルド)にいて死んだことを認めたがらない亡者のように、こちら側にしがみつく。
気をゆるめる。自身の思いに呪縛されている自分を解く。
世界がしんしんと鎮まっていく様相のなかで、色彩がパワーの自己表現であることがわかる。
(写真は出雲石・グリーンジャスパー。日本人の心根をさぐるうえでとても重要な鉱物。
出雲の花仙山が有名産地だったので出雲石という) 2-18-2 294


<気になる話・14> 
「あらゆる欲望の成就されるところ、そこにわれを不死ならしめよ」三千年の昔、
リグベーダを編んだ男たちは、ソーマという向精神性植物に酔って苦悩のない世界を夢みた。
なのに生きていくことの辛さ、苦しさ、哀しみはいっこうになくならないで、
2500年ほど昔、ブッダはこちら側に執着のあるかぎり、一切のものごとはすべてむなしいと説いた。
同時に彼はこちら側の「苦」の仕組みをチャートに描いて、苦しみから抜け出す方法を教えた。
同じ頃、世界各地のシャーマンたちは幸や不幸の相対的評価を乗り越えて向こう側へと
歩いて行く道の開発に懸命になった。そうやって彼らが得たものはブッダの教えとさほど異ならず、
真如の世界はこちら側を超えたところにあるということだった。
向こう側をおし広げて、こちら側を包摂できたとき、なにか永遠のようなものに出会えて、
「いま、ここが最高だ!」といえる体験が開ける。でも、そういうことを知っている人は少ないし、
知らないままでもいいことのようにも思える。


<気になる話・15> 
気は凝固して物質になる。この過程から数字や色があらわれてくる。
数字では奇数は「陽」で男の数字、偶数は「陰」で女の数字。
「9」は10までのうち最大、陽が極まっているので最強の数字とされる。
陽が極まれば陰へ、陰が極まれば陽に転嫁されていく。
「8」は女の数字では最大。八重垣・八重雲・八岐大蛇(やまたのおろち)など、
出雲中心に日本海側で栄えた聖数「8」の信仰は母系社会だったからだろうかと、思ってみたりする。
インド神話では闇の女神カーリーの下女・眷属は8体で天然痘など疫病の女神だった。
8体が二乗されると64体になる。これらの下級女神はたくさんの母系先住民部族の神話が
家父長的なアーリア人の神話に統合された結果だ。
8を股とみて9の頭があらわれてくるのも面白い。
出雲と同じ日本海側の福井県には九頭竜川(くずりゅうがわ)というのがあって、
香港の九竜半島と親戚している。8の魔方陣から卦ができて宇宙は64に細分化される。
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気について気掛かりなことのまとめ・その4 09:50
太湖石
<気になる話・10> 
パワーが物質化するという概念のもとに、現代インドの宗教指導者サティヤ・サイババは
てのひらからビブーティという聖灰をだした。
それが奇術であろうと本物の奇跡であろうとたいした問題ではない。
聖灰を介して彼が向こう側につながっているとアピールすることが重要だった。
サティヤのサイババはシルディのサイババの生まれ変わりで、後者は灰を信者に与えて病を癒した。
サティヤ・サイババは古代人風顔立ちとアフロヘアのゆえに奇人扱いする人が多かった。
しかし著作を読むと彼はものすごく真っ当なウパニシャッドの継承者であることがわかる。
ある日のこと、ガヤトリー・マントラという光明を招くマントラがもうれつに気になって、
サイババのCDを買い、店で繰り返し聞いて暗記したことがある。


<気になる話・11> 
「パワー(気)が物質化する」と聞いて、木内石亭を思い起こす人もいるだろう。
彼は江戸時代の奇石趣味の好事家。鉱物標本はもとより奇妙奇天烈な岩石を収集しまくり、
分類整理して『雲根志』という石の百科事典を書いた。
山に湧く雲は岩からたちのぼる霊気との考えがあって、岩をしゃれて雲根とよんだ。
今日ではこれを真にうける人はいないが、当時は山の霊気を読んで金・銀・朱の
鉱脈をさぐる鉱山開発技術もあった。
いかにも山師の考えそうなことと一笑されるのがおちだが、長く石ヤをやってきたいまとなっては、
不可解な話にも多く遭遇して、まんざら嘘ではないと思っている。


<気になる話・12> 
西荻窪の店にはメインテーブルの奥深く木箱に入れてご神体水晶が埋めてあった。
これを知っているのはごく少数の人だけだった。
直径15センチ以上の無傷の丸玉が作れそうなほど大きく透明度の高い水晶ポイントで、
長さは40センチ近く、重量で20キログラムを超える大きさだった。
ある日のこと、みかけはごく平凡な中年の女性がその前を何度も行ったり来りした。
そのあげく彼女は言った。「ここに来ると足がスースーする。風があるのかと思ってもそうではない」。
他に来客がなかったので、木箱の前や上に展示してあった原石類をどかし、蓋をあけてご神体を見せた。
こういう人を訓練して鉱物探査を依頼すれば水晶はもとより金・銀・朱の鉱脈をさぐるのに
便利だろうと思ったことだった。
気は実体化して物質になるし、どういうわけか気を感じるのに特別すぐれた能力がある人たちがいる。
この能力は心霊能力と関係していそうだがそうでもないようなところもある。
(写真は太湖石。カルサイト系の岩石で、水に浸食され、
陰が陽になり陽が陰になる陰陽の風景を繰り返す。)2-18-1
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気について気掛かりなことのまとめ・その3 10:43
ネフライト・キャッツアイ
3月24日掲載分のつづきです。<気になる話>は天然石をかいして
パワーの世界に触れるのに役立つ知識です。

<気になる話・7> 
仏教は紀元前500年前後に生まれ、大乗仏教から密教へと変化していくにつれて、
思想的にはインド古来からの土着的信仰であるタントリズムに近付いていった。
タントリズムの宇宙観は精製されてサーンキヤ思想にまとめられた。
そこでは宇宙は物質原理(プラクリティ)と精神原理(プルシャ)に分けられ、
物質原理の基本的要素、陽・陰・動のバランスに乱れが生じることで
意識を含めての物質的宇宙が展開していく。
陰陽の濃度の違いによって最初に〈地・水・火・風・空〉の5元素が生じる。
通常元素と訳されるが、これら5つは「気」であり、パワー要素と解釈したほうがわかりやすい。
はしょっていえば、人間側の意識がカルマゆえの思い込みにいたがって五元素と関係することで、
織り布に模様が浮かぶように、物質世界が開きだされてくる。
この模様を現実世界と思い、それに囚われてしまう、
自分で自分を縛ってしまうことで物質世界が展開していく。
現実世界はパワー(気)の織物だと気付くことが、仏教やヒンドゥーの最重要の課題となっている。
写真はロシア産ネフライト・タンブル、小さな鶏卵ほどの大きさ。得がたいほどに美しいキャッツアイ。


<気になる話・8> 
古代中国とインドで非物質的なパワー(気)の世界からどのようにして
物質的な現実世界が開きだされてくるかを眺めてきた。
古代日本ではどうであったも眺めておきたい。
ここでは日本の古代をどこに置くかが大きな問題になる。
個人的には天智・天武・持統天皇あたりで君主制が確立され、中世的な社会になったと考えている。
私たちが触れることのできる日本神話は彼らが亡くなったあと、奈良時代に整理整頓された。
官僚たちが編纂する仕事にあたり、その多くは新規渡来人の子弟で、弥生・古墳時代の感性に昏かった。
たとえば明治時代に洋行して西欧かぶれした日本人とか、
雇われの西欧人学者が室町・平安時代の歴史書を書くようなものだった。
だから『古事記』も『日本書紀』も奈良時代の大陸文明かぶれした感性や価値観で書かれた
古代史ということになる。古代を考えるというとき、考古学の資料や文化人類学のデータなどを参考に、
なるべくなら奈良時代目線というフィルターを外すよう努めなくてはならない。


<気になる話・9> 
スピリチュアルな神秘的世界、つまりはパワー(気)の世界から「気」が凝集することで
物質化された現実世界がはじまると、おおかたの神話では語られている。
日本神話では『古事記』を例にとると、天地がはじめて分かれたときに、
陽の気が凝集して天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)など3柱の神が顕現することで世界がはじまる。
彼らは陰陽の交合なしに生まれたひとり神、霊気だけの存在で実体がない。
つぎに神世七代といわれる神々が誕生し、男神イザナキと女神イザナミの代になって日本列島が形成される。
国生みは地形や事物を言葉で説明することで認識し、
名前をつけることで物質世界が実体化してくる過程をあらわしている。
イザナミが産んだ最初の子供・ヒルコは未熟児のように思われているが、
パワーから物質への転換が未分化な状態の表現。
女がさきに男を誘ったから出産に失敗したとの言い訳は、奈良時代の役人たちの感性、
つまり大陸&朝鮮半島的家父長的感性による日本神話の解釈だ。
人間と直接かかわりのある祖先神、氏神のはじまりは、
イザナキの子供であるアマテラスやスサノウあたり以降のこととなる。
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気について気掛かりなことのまとめ・その2  11:38
ピクチャーストーン丸玉
<気になる話・4> 
近代合理主義以降の世界観では、銀河系宇宙の惑星の一つとして地球があり、
その地表にへばりついて人類は暮らしている。
実在するのは私たちが目で見たり手に触れたりできる、
この日常的な物質世界ひとつだけだ、と信じている。
この「真実」を私たちは長い教育・学習期間をかけて学ぶ。
脳に刷り込まれた科学的情報は生涯かけてゆらぐことがない。
それに対して精神世界というか神話的あるいは宗教的世界観では、
こちら側の日常性が「虚像」に思えてしまうような、もっとリアルで、
それこそが真実と思えるような世界があるとしてきた。
シャーマンや「道」の修行者たちによる向こう側世界の体験談が連綿と語り継がれてきた。
そこでは「気」は向こう側の実体であり、こちら側に漏れ出てくることで物質化すると考えられてきた。
「気」をはなから否定してしまうのは
シャーマニズムの立場にたてば気の毒な人たちの愚行ということになる。


<気になる話・5> 
毎日が粗食で単純な労働の繰り返し、インターネットで遊んだり、テレビを見たり、
飲み屋に通う娯楽がなかった時代、私たちの毎日は現実感が希薄で惰性に呑まれがちだった。
そんななか向こう側と触れあう神秘的体験は日常性をはるかに超えるリアリティがあった。
実体は向こう側にあり、こちら側は向こう側を映した鏡のようなものとの実感があった。
向こう側は緻密で生彩にあふれ、こちら側の日常性、物質世界は向こう側の粗雑なレベルでの
開きだしと想像されるようになった。蛹から羽化するとき、蝶が畳まれていた羽を開くように、
あるいは成層圏の彼方で人工衛星が畳まれていた太陽電池のパネルを開くように、
向こう側からこちら側の世界は開きだされてくる。
この過程は「気」の実体化としてとらえられ、古代中国では北極星が開きだしの窓口と信じられていた。
この開きだしについて今日ではビッグバンという便利な仮説がある。
純粋なエネルギー、パワー(気)の世界から素粒子的な微細要素が形作られ、
それが凝集して物質世界が形成された。


<気になる話・6> 
一粒の朝顔の種子が発芽して蔓を延ばしたくさんの花を咲かせる。
その過程を微速度撮影されたスローモーション映像をみるように想像する。
見えない世界から見えるものが開きだされてくる様相に触れることができるように思う。
腹のおくのほうがいくばくか掻きむしられるような感じがするだろう。
以前に書いたように、古代中国では向こう側を太乙(太極)とよび、北極星を開きだしの窓口とした。
太乙の陰陽のバランスが壊れるとパワーの展開がはじまり、
天の十干、人の九気、地の十二支というようにひろがって相互に影響しあいながら物質世界が形成されていく。
十干は「木・火・土・金・水」の五行それぞれに兄と弟をわりふって生じる。
陰陽のバランスが古代中国の気の論理の要諦で、バランスを整えることで病気は治癒する、
商売は繁盛し、失敗の心配がなくなる、「魔」は介入できなくなる、誹謗中傷を防げるとしてきた。
「浄化」はバランスの回復を意味した。
また自分の陰陽の特性と外界の陰陽を読むことで未来を予測できるとした。
写真はピクチャーストーン丸玉99mm。大きな丸玉があると〈気〉について学びやすくなって、
世界が〈気〉の織物であることがみえてくる。3-2018-2 059
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気について気掛かりなことのまとめ・その1 10:43
陰陽玉丸玉
<気になる話・1> 
パワーおたくとよばれる人たちがいた。いまもいるかどうかわからない。
パワースポット巡りをしたり、パワーストーンのパワー効果をそらんじていたり、
パワーについて自分が感じていること以上に吹聴したり、パワーを聖遺物のように扱う人たち。
けれど彼らがパワーについて「思想」することは少なかったように思う。
天然石のパワー効果を扱う翻訳書には、古代からの智慧や神智学の知識と
著者の妄想の区別がついていない記事が見受けられることもある。
日本では古来からパワーは「気」とよばれてきた。
「気」について思索すれば天然石のパワーはより如実になる。
「気」について気になることや気掛かりなことをまとめておきたいと考えている。


<気になる話・2> 
日本は「気(パワー)」の文化だといえるほど、日本語には「気」がつくことばがたくさんある。
大ざっぱに拾いあげるだけでも気が遠くなるほどだ。
これらの言葉の意味をひとつづつ思い浮かべるだけで「気(パワー)」がなんであるかに気付ける。
たとえば「気」の種類として以下のように数えあげられる。
……人気、運気、陽気、陰気、正気、狂気、生気、景気、霊気、瑞気、妖気、殺気、病気、
呑気、眠気、呼気、吸気、弱気、強気、などなど、
(『宝石の力 幸運は形に宿る』北出幸男、青弓社、2003)p196参照。


<気になる話・3> 
「気」がつく言葉を気の向くままに並べてみる。気品に始まり気質、気性とつづく。
さらに、気風、気力、気迫、気丈夫、気骨、気分、気紛れ、気息、気色、気味、
雰囲気、気付く、気合い、気が塞ぐ、気を患う、気持ち、気構え、気働き、
気楽、気苦労、気違い、気絶する、気が狂う、気が触れる、気が衰える、気が滅入る、
気を揉む、気に障る、気掛かり、気忙しい、気が多い、気が短い、気が長い、
気が置けない、気が済む、気が利く、気遣い、気色が悪い、気を持たせる、気を吐く、
気が移る、気負う、気後れ、気落ち、気兼ね、気抜け、気が散る、気詰まり、気張る、
気丈夫、薄気味悪い、不気味、気の毒、意気揚々、気恥ずかしい、お気に入り、嫌気が差す、
味気ない、吐き気、など。
天気・気象についても気候、気圧、気団、湿気、寒気、夜気、空気、大気があり、
物質の状態も電気、磁気、気体、気泡、気化、蒸気、湯気、などと
数え上げると世の中全部気のせいかもと思えてくる。
写真は陰陽まざりあった天然石丸玉。大きな丸玉があると「気」を実感しやすくなる。
ある日ふいに、ああ、これが「気」なんだとわかる。
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お守りの効力を百倍たかめる内密の方法がある ■紅白の勾玉の写真 10:12
紅白の勾玉
紅白の勾玉

<お勧め天然石勾玉> 
十種神宝の母が下、父が上の勾玉からの連想で白に日本翡翠、赤にレッドジャスパー
(商品名でレインボージャスパーとよぶこともある)の勾玉を選んだ。
紅白の勾玉は胸にせまるほどのパワーを発揮するとてもすごいお守りなのだと気付いた。
紅白の勾玉は夫婦和合・恋愛成就・成婚実現へと人をいざなう。
お守りは神仏のパワーの宿りなのでうやうやしく扱う。
ふたつをひとつのポーチに入れて、神棚か仏壇に預ける。大事なものを入れる小箱を用意して納める。
なるべく具体的に願望が成就した状況を思い描く。
お守りを選んだら、やらなくてはならない決まりがある。
これをしないとお守りは効力を発揮しない。
第一には身辺の変化に注意深くあること、
第二には小さな出来事を前向きに評価する、
第三に失敗したり事故がおきてもお守りを否定せず、この程度ですんでよかったと思うこと。
そうすれば生活が整えられていく。
30mm白系翡翠の勾玉は¥7,000、レッドジャスパー勾玉は¥2,500。
(紅白の勾玉は近日中にHPに掲載予定)


<お勧め天然石勾玉> 
神社へ行って100円玉ひとつの賽銭に百の願い事をする。お守りを買ってあとは忘れてしまう。
こういうのは善男善女の愚行。
/畔佞諒儔修肪躇嫂爾、
⊂さな出来事を前向きに評価してはじめて、ラッキーチャンスに気付ける。
幸運へとつながるラッキーチャンスは自分がそうと気付いて、掴まなければ、
たとえ目の前にあっても見逃すことになる。
前記はお守りを売る側の手前贔屓な言い草のように聞こえるかもしれないが、そうではない。
こうすることで前向きに自分を整えられる。
たとえば神社で交通安全のご祈祷を受けた帰りに交差点で他人の車にぶつけられる。
ご祈祷は効き目がないと思うより、ご祈祷のおかげで軽くてすんだと思えば、
ネガティブな世界観から抜け出せる。
いくらか賢い人のなかには、いろいろな理由をみつけて不満山盛りの日々を送っている人がいる。
自分は不幸な星回りにいて、よくないことばかりが起きると彼らは思っているが、
こういう人は自分こそが不幸を引き寄せて、
不幸を過剰に評価している張本人であることに気付けない。
スピリチュアルな生き方では幸も不幸も超えていく。


<お守り選び> 
お守りについての忠告は、お守りには「気」(パワー)が入ったものとそうでないものとがある。
お守りと銘うたれたものが何でもお守りになるわけではないことを理解する。
神社仏閣で御札やお守りを授かる。理屈ではご祈祷には神仏の力が働き、
御札には神仏のパワーが宿って人を守ってくれるわけだが、
神官や僧侶に力がなかったり、やる気がない場合、
祈祷は形に流れ、御札は板切れのままという場合だってある。
私たちには御札の良否を見定めようがない。
お守りは氏神のものを大切にあつかい、やたらにお守りをもっらってこないのが常識路線だ。
観光がてらに訪ねる寺院・神社では祈願しない。
天然石をお守りにする場合は、訓練や経験なしにパワーの良否を見定めるのは難しい。
なるべく素直な気持ち、第一印象を大事に気に入ったものを選ぶのが大事で、
購入したら来客をもてなすように敬意をはらって大切に扱う。
そうやって石たちと気持ちを通わせる。
使い捨てていくモノたちと同じようには扱わない。

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見えない世界で潜在意識が波立つ、縁が起動する  11:08
獣型勾玉
<縁について> 
池に雨滴が落ちる。それぞれの雨滴から波紋がひろがり、隣りあった波紋との間で干渉縞が生じる。
雨滴が多くなれば干渉によって生じる模様は読み取れなくなる。
「縁」というのもそういうようなものだろう。
潜在意識の海原で他者のカルマと自分のカルマとが干渉しあう。
それが物質世界に形となって現われる。「縁」が開かれてシンクロニシティが起きる。
こういうふうにイメージしたからといって何がわかるわけではないが、
そういうものかという気分にはなれる。
「縁」によって出会いがある。何かが始まるからといって、
それを受容しなくてはならないということはない。
無視したり拒絶したほうがいい縁もあれば、
千歳一隅のチャンスだったのに気付かずに逃してしまう縁もある。
そうやってよくも悪くも今日から明日へと縁が織りなす綴れ織がつづいていく。
(獣型勾玉は動物型精霊。彼らが良縁をかぎつけ、良縁へと導いてくれる)。


<たわいのない話> 
何年か前、小学生の男の子をふたりつれて、しばしば店を訪ねてくれる若い夫婦がいた。
不思議なことに下の男の子と自分との間に因縁の深い結び付きのようなものを感じた。
自分の息子に感じるいとおしさとは全然違って、
よく知っている人の感じがしたし、なつかしい人に会っている感じだった。
相手は小学校の低学年だから、話をするといっても世間話などできるはずもない。
冷蔵庫からソフトドリンクをだすと、彼は嬉しそうに受け取った。
空海が中国で師匠と別れるさいに、
「今生では私があなたの師匠だった。来世はあなたが私の師匠となってあいまみえよう」
と師匠は言ったという。そういう出会いがあるのかもしれない。
たわいのない話だが今昔物語にでていそうな話でもある。


<過ぎてゆく日々のこと>
彼はいつも悲しげな顔つきをしていた。顔の筋肉がよってたかって
悲しい顔を作るのに精を出しているかのようだった。
元紅衛兵が両親を告発して親友を売った。
それからチベットに下放して僧たちを辱め自殺するよう仕向けた。
そんな過去を生涯かけて償いたいと思っているかのように悲しげだった。
「人が生きていくのは哀しいね。ずーっと競争しつづけなくてはならないからだろうか」
あるときぼくは彼に言った。
「いや、存在の基底に悲しさがあるんだ」彼は言った。
心のおくには闇がある。原罪を信じる気になれないが、存在そのものが哀しいのは人間だけだろう。
「知性化されたがゆえのカルマなんだろう。仕方がないね」そんなふうな応答をした。
あんたは仕方がないと言って問題を乗り越えていく。ぼくは闇につぶされないよう足踏みする。
あんたのような知り合いがいて助かっている。彼はそう言った。
それから長い年月が経って、哲学風会話をすることもなくなっている。
(もうすぐ春だね)
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