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<石の名前>水晶磨き石、水晶ポイント分離品、キンバーライト 10:19
水晶ポイント
<石の名前>
「水晶磨き石スーパーエリート」この呼び名にはいわれがあります。
30年ほど前の話。『神秘の宝石パワー』(北出幸男、学研、1990)という本を作ったとき、
占いセットとして4種類の天然石を付録に付けたのと同じ製品です。
2回目の増刷のとき、多めに仕入れた製品が倉庫に残っていました。
当時はタンブル(磨き石)を気軽に入手できなかったので、
山梨県甲府市の天然石製作会社に製作を依頼しました。
ドイツのイダー・オーバーシュタインと並ぶ天然石カットのメッカとしてコウフ(甲府)が
世界に名をはせていた時代のことです。
水晶球や印材製作用の原石を使用しているので特別透明度が高く
クラックの少ない仕上がりとなっています。
タンブルストーンとしてはエリート中のエリートなので、スーパーエリート。
ピッカピカの輝きは半端ではありません。
定価3000円をアウトレット価格1500円にして近日発売予定(旧店舗では1点300円でした)。4-20-3


水晶ポイント
<石の名前>
「ブラジル産水晶ポイント分離品」。木彫でペイントした動物の背中に、
水晶ポイントや黒曜石ヤジリを背負った「ブリンギングアニマル」が当社のロングセラー製品でした。
使用する水晶ポイントやヤジリの入手がなかなか大変で、
水晶はパキスタンやブラジル産を知人友人に頼んで直送してもらっていました。
ここで紹介しているのはサイズが合わず除外しておいた品です。
こうした結晶分離品は晶洞が崩れて堆積した瓦礫層から採掘されます。
たぶんパワーショベルで掘って、水洗して、ポイントの痛んでいないものだけを選んで、
結晶に付着した汚泥を洗って、20kgぐらいづつビニール袋に詰めることで製品となります。
それをドラムカンに詰めて、貨物船で太平洋を渡って横浜に運ばれてきます。
単価は安くてもお客さんたちの元に届くまでたくさんの手間がかかっています。4-20-3


キンバーライト
<石の名前> 
ジェフリー・ディーヴァーの『カッティング・エッジ』(池田真紀子訳、文芸春秋、2019)
を読んで以来、キンバーライトにひっかかっている(FB4月8日付け記事参照)。
キンバーライトはマントルの主要構成物質のかんらん岩と雲母を主成分とする岩石で、
ダイアモンドを抱いて、マグマの状態で、マントルから地表目指して
短時間のうちに駈け登ってくるという(一説では1時間という)。
マグマが固まると太い管状のキンバーライトが残る。
パイプと呼ばれていて、ダイアモンド鉱山の開発のひとつはパイプを発見して、
利益が出そうであれば巨額を投入して掘りまくる。
他にはパイプが風化した後にできる二次鉱床(漂砂鉱床)を掘る手立てもある。
かんらん岩はプレートの継ぎ目で多量の海水にであうと、分子構造に水分が加わって蛇紋岩になる。
この蛇紋岩が翡翠を抱いて地上へと登ってくる。
マントルでは翡翠の類似鉱物のひとつオンファサイトとガーネットが結合してエクロジャイトという
岩石になる。このあたりの鉱物や岩石の相関関係には興奮してしまう。
前記の小説ではニューヨークの地下工事現場からキンバーライトが発見される。
有り得ない話をネタに物語が進んでいく。
写真のキンバーライトは南アフリカ、キンバリー鉱山産、元祖キンバーライトだ。
ゼロに近くても内部にダイアモンド原石が埋もれている可能性がある。4-20-2
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<石の名前>ブルーアラゴナイト、スペサルティン、ドリームキャッチャー 10:02
ブルーアラゴナイト
<石の名前>
快晴なのに空は幾分霞んで古墳風味の丘陵の新緑が萌えぐ。
春ののどかさが空気からしみだしていて、きょうはとても気持ちがいい。
写真の石は以前にも紹介したことがあるブルーアラゴナイト。3,250g、370x135x34mm、
左右のサイズはA4ファイルよりひとまわり大きい。
この石を始めて香港のジュエリーショーで見たとき、名前はヘミモルファイトだった。
ヘミモルファイトのルースもその年始めてみた。
色合いや形状が似ていて、間違えるのも無理はなかった。
そのあと、ブルーアラゴナイトはさんざん人工着色とのそしりを受けた。
けれどどうやらそれは、銅を含んで空色した地下水にアラゴナイトが浸されることでできた
ということに落ち着いた。みんな人聞きの話だからどのあたりが本当なのかわからない。
地下から青空がわきだすというのはとてもシュールと思っている。3-20-1 482


スペサルティン
<石の名前> 
写真は中国産の有名ガーネットの標本。
スモーキークォーツに付着したスペサルティン(スペサルタイト)。
先日話題のマンダリン・ガーネットは、スペサルティンからカットしたルースで
オレンジ味の強いものをいう。マンダリンとなづければオリエンタルな風味がでて、
石に箔がつき、高く売れるだろうと、だれかが魂胆してのことだった。
ガーネットの多くはアルミニウム+ケイ酸塩を基本に、鉄やマグネシウム、
カルシウムなどの元素が結び付いた鉱物で、鉱物関係の本を読んでいると、
これらの元素はきままに結び付いたり離れたり、
置き換わったりして名前を変えていくようなところがある。
いつまでたってもこれらのガーネット名を暗記できないのは、学生であれば間違いなく落第ものだ。
アルマンディンはスペサルティンと自在に混じり合う、と写し書きしても2分後には忘れている。3-20-1     


ドリームキャッチャー
<モノの名前> 
アメリカ・インディアンの精神文化がまぶしかった時期があった。
以来遠くの同類たちのドリームタイムに焦がれている。
だからいまでも、インディアン・アイテムはまばゆい呪力を放っていて、
ドリームキャッチャーは最たるもののひとつだ。
写真のアイテムはニューメキシコだったかコロラドの工房から取り寄せたもので、
一時期店で売っていた。ドリームキャッチャーは悪夢の侵入をはばむ蜘蛛の巣で、
中途半端な知識では、伝説の女神スパーダー・ウーマンと関連する。
この女神は地中でイモムシのように暮らしていた人類を地上に引き上げた恩人。
彼女は人間ひとりひとりの運命を織る女神なので、
彼女を敬愛するなら、他者がうらやむほどに強い霊力に恵まれる。
ドリームキャッチャーを窓辺に飾ると、悪夢や悪意の介入を防ぎ、幸運が身体に付着するとされてきた。


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このヒマラヤ水晶はひとかかえあるほどの大きさ  10:34
ヒマラヤ水晶
<ヒマラヤ水晶> 
随分以前から重量約22kg,ひとかかえある大きな水晶の塊をコレクションしてきた。
産地はパキスタン、ギルギット地方。名前を知っているだけで行ったことはない。
サイズは左右に40cmほど。透明度が高く、クラックが少なく、大きな丸玉が取れる。
高品質の水晶が無色透明であることは誰もが知っている。
けれど、同じように透明であっても、ギンギンなほどに硬質なものと、
そうでないものとがあることを知っている人は少ない。
透明で大きな水晶の塊で、直径10cmを超えるような大きな水晶球をカットできるような原石は
価格も半端じゃなくなる。
機械化される以前、水晶球の制作は山梨県甲府市の職人が世界市場を制していた。
当時の甲府の人たちは、水晶球用の水晶原石の鑑別はガソリンに浸して見るんだと教えてくれた。
表面の反射が消えて一気に底まで見通せる。水をかけても近似の結果がえられるが、
そうやって見る水晶原石はとほうもなく美しい。 3-20-1 230 235 0241


ヒマラヤ水晶
<水晶球>  
映画のジプシー(いまはロマということが多い)が登場する場面の多くには、
女性占い師のテーブルに大きな水晶球があることが多い。
水晶球占いは西欧の魔女の特技のように思われているが、彼女たちが愛用した水晶球は日本製で、
原石も山梨県甲府市近辺で採掘された。坑夫(婦)には女性が多かったと聞いている。
明治時代に大量の外貨を必要とした政府は銀や水晶球を輸出した。
その時代には無傷の尺玉(1尺約30cm)が取れる原石が採掘されることもあったという。
丸玉の制作が機械化されて30年経っていない。それまではお椀型の研磨機を使って職人が手作りした。
熟練を要する仕事で未熟だと炭団(たどん)になってしまう。
完成した水晶球はロウヤキ(蝋焼き)してから出荷された。
溶かしたロウに浸して磨くのがロウヤキで、ロウの採集季節によって、
ナツロウ、フユロウと区別されていた。ロウヤキは翡翠製品にも行われていた。
いまではそういう心配はないが研磨技術が職人頼りだった時代には、
ロウヤキによって艶だしを補うことができた。3-20-1 232 254 0263
(この大きな水晶の塊は外側に重晶石だかが抜けたあとが残っている)


ヒマラヤ水晶
<ヒマラヤ水晶塊状原石> 
ひなたにパキスタン産塊状水晶原石を持ちだす。22kgという重さは軽くはない。
前回は重量・サイズのメモを撮影しておくのを忘れた。このメモがないと後々困ることになる。
重量21.1kg、370x230x180mm、希望小売価格が¥900,000というのが
この水晶のアイデンティフィケーション。
ひとつの面に重晶石だかが接触した後に溶けおちたあとが刻まれて、角度のするどい凹凸を描いている。
庭石の上に置いて水をかける。表面の乱反射を少しでも押さえたい魂胆だが、
塊状水晶は表面で光線を反射し、反対面でも同様なので、内部の透明さが写らない。
それでも神々しいまでに美しくて、しめ縄張ってエンヤカ踊りをしたい気分だった。
3-20-1 549 538 543 548 0562
因みにネットでは5.2kg無傷水晶原石が100万円で売られている。
(石の凄さは写真ではわかりづらい。5分、10分と向き合っているうちに、突然ゲートが開いて、
秘められていた力と忽然と向き合う)
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<石の名前>エメラルド、オーロヴェルデ、タンジェリンクォーツ  21:09
エネラルド
<石の名前> 
写真はブラジル産本物エメラルドのさざれ石。これらが全部透明で宝石質のエメラルドだとしたら、
いったいどういうことになってしまうんだろう。そんなにお金があっても不自由だから、
海に捨てたほうが賢いかもしれない。3-20-2
★西欧では緑は嫉妬の色とされていて、超人ハルクは切れると緑色に変身する。
発想の奥には草木の緑を女神のパワーの色と見た古代の記憶がある。
父系社会の男たちは女の呪力を恐れて女を卑しいものとした。
それが神話に投影されてキリスト教の創造主はサファイアの玉座、ルシファーはエメラルドの玉座に座る。
エメラルドは女神のパワーの色なので蓄財呪力がすごいという意見もある。
内容に統一性がないのが神話の特徴だから、矛盾はそのまま受け入れる。


オーロヴェルデ
<石の名前> 
黄色の水晶には知っている範囲内で3種類ある。ひとつはシトリン、これはアメシストの変色したもの。
ひとつはレモンクォーツ、これはスモーキークォーツの茶色味・黒味が加熱によってとんだもの。
他の一つは水晶に硫黄(サルファー)が混ざってレモン色になったもの。
レモンクォーツの黄色味が強かったり、ミルキークォーツのような濁りのあるものを、
ハニークォーツとかメタモルフォーゼスとよぶようになって、
最近ではオーロヴェルデとのよびかたもあるようだ。
オーロとヴェルデを検索すると、両者はスペイン語で、「黄金」と「緑」、
早い話がレモンクォーツの旧名YG(イエローグリーン)クォーツに戻っただけのことだった。
メタモルフォーゼスやオーロヴェルデはオカルト風な商品名だから鉱物学的には通用しない。3-20-1


タンジェリンクォーツ
<石の名前> 
タンジェリン・クォーツは表層に形成された微粉末状のゲーサイト(針鉄鉱)のせいで
オレンジ色に見える水晶をいいます。写真はブラジル産。
タンジェリンは新大陸産の蜜柑で、旧大陸産をマンダリンというんだとか。
けれどタンジェリン・クォーツに似た中国産の水晶は、マンダリン・クォーツとはよばずに、
赤鉄水晶とか、ヘマタイト・インクルージョンという。
ヘマタイトは酸化鉄の鉱物名で早い話が酸化されて鉄錆色になった鉄鉱石。
結晶は銀黒石をしていても、ヤスリをかけて水に濡らせば赤い水になる。
マンダリンはガーネットの一種でオレンジ色したスペサルタイト(スペサルティン)の
宝石質なものの呼び名に使われている。
タンジェリンはモロッコのタンジールに由来し、
ジブラルタル海峡経由で蜜柑が新大陸に運ばれたゆえという。
ネットにはタンジェリンはオレンジとマンダリンを掛け合わせてつくられた柑橘とでていた。3-20-1

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<石の名前> ジオード・コンシャアゲート・水晶クラスタ  10:34
じおーど
★3/22<石の名前> 
内部に鍾乳石状のメノウが発達したジオード(晶洞石)。
鉱物にはどんなに奇妙、奇怪なものがあっても、
すべては物理・化学的法則に基づいていて、偶然の産物という。そこんところがなんとも凄い。
生物たちの驚嘆すべき組織・習性もすべて自然淘汰のせいだと言われているが、
そんなことはないだろうと疑っている。3-20-1 

★3/22 たいがいの親は年中子供のことを心配している。よかれと思ってあれこれ干渉する。
その結果、子供は親との闘争に生涯をかけたりする。世の習いというものなんだろう。
熱変成される石たちも、石に気持ちがあるのなら、
あぶられたくないと思っているかもしれない。


コンシャアゲート
★3/28<石の名前> 
コンシャアゲート(貝殻状のメノウ、サザエの蓋に似ている)は巨人のヘソのような形で、
表面にざらめ砂糖をまぶしたように顆粒状の水晶が乗っているものが多い。
岩の亀裂の小さなくぼみでメノウが析出、沈殿していったのだろう。
できていく過程を想像すると、大地の営みに圧倒される。3-20-1

★ 3/28 自分のなかの嫌いな要素や、幼いころからの心のしこりは、
憎まず争わず「それでも、これも自分なんだから、仕方がない」みたいにひとまず受け入れ、
石たちの美しさのなかへ流していくよう努めると、
これまでとは違う対処法をみつけられるかもしれない。
そんなふうにこの石を眺めていて思った。


水晶クラスタ
★3/29<石の名前> 
この水晶は大きめの煎餅ほど。形も厚みも似ている。
前後上下を問わずに米粒を集めて押し固めるのに似て、
小粒で透明の水晶がでたらめに凝結されている。
ちょっと光があたるだけであちらやこちらが一斉にキラキラ輝く。
こういうのはこれ1個きりで類似のものを見たことがない。
たぶんほんのわずかな環境の違いで、水晶は目が眩み、頭も眩んでしまうほど多彩な形になる。 3-21-1

★3/29 水晶はいろいろなことを語りかけてくる。たいがいの親は年中子供のことを心配している。
その心配の仕方は自分の欲だったり、満たされない思いの代償だったりする場合がありはしまいか。
親であれば、ときおりそういうことを水晶に訊いてみるといい。
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<小道具情報> こういうのがあると石ヤっぽくなれる  10:23
ホットボンド
<ミネラルタックとホットボンド> 
本棚の手前の空きスペースなど机回りに小型鉱物標本を飾るには標本は立てたほうが見栄えがいい。
そんなときは小さなアクリル台にミネラルタックやホットボンドで止める。
アクリル台はホームセンターにあるかもしれない。
ミネラルタックは小型標本をサムネールボックスやアクリル台、木製飾り板に止める油性粘土で、
乾燥しにくいのが特徴。アマゾンで購入できるほか、画材店ではブルタックの商品名で売られている。
ホットボンドはグルーガンというヒーター内蔵のピストル型機械で、
グルースティックという太さ7mmほどの棒状樹脂を装着して使用する。百円ショツプにあると思う。
接着した標本を外したい場合は湯に付けると樹脂が柔らかくなる。
標本展示用に開発されたペグスタンドや、収納用の専用紙箱は国内で入手できるかどうか不明。
ミネラル・コレクションは国内では圧倒的少数派なので、
展示と整理はいろいろ工夫しなくちゃならない
。ついでに鉱物ファンの養育について。
小学校で地学の時間をもうけて、子供たち全員が水晶に触れられるようにすれば、
みんなが地球はとても美しく、大切だと思うようになる。 2-20-2


ルーペ
<10倍ルーペ> 
鉱物コレクションではマイクロミネラルといって、ルーペや双眼実体顕微鏡で観賞を楽しむ分野がある。
肉眼では虫ピンの先程の小さな鉱物結晶もルーペで見ると巨大な建築物さながらに
壮大な風貌をしていたりする。サムネールボックスのようなプチミネラルの観賞にもルーペは不可欠だ。
ルーペは10倍のものが主流で、ルースの検品では10倍ルーペで観察して傷が見つからなければ無傷となる。
ルーペに不慣れであるなら、ルーペは目元近くに置いて、対象物を引き寄せて
ピントを合わせるのが正しい用い方。ルーペを持った腕は脇を閉める。
親指で頬を押さえるなどしてルーペを安定させる。
ルーペは眼から1〜2cmの距離に保つようにする。
鉱物たちの微細な形状と色合いの完璧なまでの美しさに感嘆できる。2-20-2


ルーター
<電動ルーター> 
シリコンゴムでビーズをつなぐブレスレット程度なら誰でもできる。
ワイヤーワークで手作りアクセサリーを作るというのも、講習会に参加すれば難しくない。
そこから出発して、石に孔明けしたり、ちょっと削ったり、穴の詰まったビーズを開通させたり、
小粒結晶をピアスに加工したり、はたまた、勾玉を自作したいという野望を抱いたりすると、
電動ルーターが必需品になる。ルーターは直径3cmほどの細身のグラインダーで、
先端のビット(アタッチメント)を変えるだけで、孔明けドリル、切断、研磨、艶だし、などができる。
歯医者の小道具一式のようなものだ。こういうのが一台あって、
手間隙惜しまない辛抱強さがあれば、天然石のアクセサリー制作は忽然と幅がひろがる。
今回初めてネットを検索したけれど、電動ルーターやグラインダーの選び方、
使い方などの解説ページがいろいろあるので、おおいに参考になる。 2-20-2
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<古事記の神々> 日本の神々とキリスト教の神は似て非なる存在 09:57
管玉ネックレス
<古事記の神々> 
勾玉に祖霊の宿りを見る。古い時代には祖霊は神そのものだった。
けれどその神は、通常私たちが想像する「神」と同じではなかった。
私たちは西欧文明の多大な影響を受けていて、
「神」という概念はキリスト教の創造主と混ざりあっている。
明治時代にキリスト教の創造主・造物主を漢字の「神」と翻訳した学者のせいなのだが、
一神教と多神教では「神」は同じ漢字で表現されてもまったく異なる存在だ。
キリスト教の創造主は万能で慈愛に満ちていると語られるのに、疑い深く嫉妬深い。
そしてこの慈悲深いというイメージに私たちは欺かれている。
圧倒的な慈悲深さは大乗仏教の阿弥陀如来や観音菩薩の属性で、キリスト教の創造主はさほど
慈悲深いわけではなく、神道の神々には慈悲という概念がないようにみえる。
神道の神はイメージとしては自然界の諸現象を左右できる超人で、祭られることを必要としても、
さほど人間思いではない。キリスト教の創造主、仏教の如来・菩薩と、神道の神々は違うことを
くっきりと認識することで『古事記』の神々の性質が明らかになっていく。


<古事記の神々>  
キリスト教の創造主には、生け贄(いえにえ)を捧げて罪・穢(けがれ)の免除を願った
牧畜民の名残がある。それゆえにキリストは自分が犠牲 (生け贄)となって
人々の罪をあがなうと主張できた。たったひとりの犠牲で信者全員の罪を帳消しにするのは
釣り合いがとれないので、キリストは神の子になった。そうであるらしい。
神道でも諏訪大社のように鹿や猪の供犠を要求した神がいるが、相対的に少ない。
日本列島には水牛や羊がいなかったからかもしれない。
海人の信仰の影響が強く、神は海産物を好んだようにも思える。
神が巫女との聖婚(一夜妻)好きだったのにも海人・交易民の文化の影響がうかがえる。
日本の神々は一面来訪神のようで、祭りによって招かれると、樹木や岩に降りて、
巫女に乗り移って(憑依・憑霊)託宣した。
神道の神々はかしこみかしこみ、恐れおののきながら触れる存在だった。
いまでも神々はパワーの強さゆえに怒っているように見える。3-19-1
(写真は勾玉付管玉ネックレス、ローズクォーツ製)


<古事記の神々> 
詳しい数字は忘れてしまったが、人が他者を個別に識別できるのは1000人ほどまでという。
原始時代のように幾つかの氏族が集ってテリトリー内を移動していた時代には
ひとつのグループは30−50人ほど。大集落に定住するようになっても、
縄文時代の三内丸山のように500人ほど。
農耕社会になって村人の人口が1000人を超えてしまうと、村長はもう村人の全員を覚えられない。
さらに大人数になって都市や国ができると、他地域からの流入者も増えて、
多言語社会になっていくこともある。首長は信頼だけでは土地をまとめていけず、
規則と掟、罪と罰が必要になる。やがてここから豪族や王が登場してくる。
こうした統治の形態はそのまま神概念に投影されてきた。氏神的神々のなかから優位の神が登場し、
君主政治の確立とともに超越神が誕生した。
古事記の神々は、社会統治の形態の変化とともに神々のヒエラルキーが定まっていった様相を
反映している。そしてこのヒエラルキーから漏れてしまったような小さな神々
、岐の神(さえのかみ、道祖神)や竈(かまど)の神、井戸端の神に興味を抱いている。
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<古事記・天地のはじめ> カグツチから生まれたたくさんの子神たち  09:07
日本翡翠
<古事記・天地のはじめ・8>(1/12のつづき) 
イザナギとイザナミの国生みのあとで、両神を父母として生まれてくる神々で、
以下の神名には聞き覚えがある。彼らは日本神話の古層に属する。
オオワタツミ(大綿津見、海の主宰神)、アメノミクマリ (天之水分、分水嶺の神)、オオヤマツミ(大山津見、山の支配神)、カヤノヒメ(鹿屋野比売、茅は屋根をふく葦など、別名ノヅチの神、ツチノコ)、
アメノサギリ(天之狭霧、山野の霧の神格化)、アメノトリフネ(天鳥船、岩でできていて空を飛ぶ)、
オホゲツヒメ(大宜都津比売、食物神)など。
そうして、イザナミは火の神カグツチ(火之迦具土、カグは輝くに同じ)を出産したために
性器を火傷して倒れてしまう(カグツチはホムスビ・火産霊神ともいい愛宕神社に祭られている)。
死の床にあるイザナミの吐瀉物や排泄物から、鉱山の神カナヤマヒコ・粘土の神ハニヤスヒコ・
灌漑の神ミズハノメ(水辺の女神)・生産の神ワクムスヒ・穀物の神トヨウケヒが生まれる。
これらは大地の女神イザナギの分霊(わけみたま)で分身でもある。
大地の女神は自分の身体=パワーを分割して、人間の生産活動のもととなる
呪力の強い神々に化生していった。
排泄物だから汚いわけではなく、パワーが内側から流出して顕在化してくることに意義があった。


<古事記・天地のはじめ・9> 
イザナギは妻の埋葬を済ませてからカグツチを処刑した。
カグツチは生まれたくて生まれてきたわけではないのに間尺に合わない。
飛び散ったカグツチの血からタケミカヅチ(雷神、剣の霊)、クラオカミ(谷の水の支配神、竜神)、
クラミツハ(谷の水神、女神?)など8柱の神が生まれた。
クラオカミやクラミツハは呪術的で闇の魔力がある。
カグツチの遺体からも、山に関連した8柱の神が生まれた。
イザナミの排泄物から生まれた神々がイザナミの分霊(わけみたま)であったように、
カグツチの血から生まれた8柱の神々もカグツチの分身だった(8柱には聖数8の信仰がある)。
イザナギ所有の剣は十拳剣(とつかのつるぎ)、刀身が十握りあまりある大刀で、
名をアメノオハバリ(天之尾羽張)といった。
オハバリは先端(尾)の両刃が張り出した幅広の剣という。
アメノオハバリをタケミカヅチの父とする神話もある。
このあとイザナギは黄泉の国にイザナミを訪ね、仲違いして、
禊(みそぎ)するために筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に飛んで、
そこでまたたくさんの子神を設ける。
住吉神社にまつられている三神一組の海神、ソコツツノヲ・ナカツツノヲ・ウハツツノヲ
(底・中・上)はここに由来する。
そうやって最後にアマテラス・ツクヨミ・スサノウの3貴子が生まれ、
神話の舞台は高天が原に移っていく。


<古事記・天地のはじめ・10> 
日本神話では神々は8万(やおよろず)もいて、
たいがいの日本人が神々の子孫ということになっている。
それぞれの氏族(しぞく)の祖先神が氏神(うじがみ)で、
理屈でいえば氏神は氏族の本拠地の神社に祭られている。 
『古事記』(712年)に多数の神々が登場するのは、それぞれの氏族・貴族の出自を明確にして、
天皇を頂点においた社会のヒエラルキーを安定させるよう編まれたからだとする意見がある。
当時の社会は何事につけても氏(うじ)が優先、育ちは二の次だった。
当然貴族やもと豪族たちは系図の捏造しまくり、王朝のトップクラスも例外ではなかった。
書物に記せばこっちの勝ちといわんばかりに、朝廷は『古事記』の神代記を編纂して
神々のポジションを制定した。あれから1300年経っている。
ひとつの世代を25年として52世代、
この間にたくさんの「氏(うじ)」の血筋が絶えて家系が滅びていった。
アマテラスの時代に神名があっても、素姓がわからなくなっている神々がいるのは
そういうことであるらしい。写真は日本翡翠60mmm勾玉、品切れ中)

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<呼吸法> 天然石が忽然と美しくなるとっておきの呼吸法  10:34
日本翡翠
<呼吸法> 
ひとりであお向けに寝るにはどこがいいのだろう。
四方を山に囲まれた湖、南の島の珊瑚礁の海、荒野のど真ん中、巨岩の上、
菜の花畑かレンゲ畑、などなど、好みの場所を選ぶ。
ベッドなり布団のうえで、そこにいることを想像する。
水・土・石・風・花の匂いもなるべくありありと想像する。
それから吸う息「ソウ」。吐く息に「ハーム」ととなえながら深くゆっくりと腹式呼吸する。
この呼吸法は『図説ヨーガ・スートラ』(伊藤武、出帆新社、2016)に出ていた。
「ハーム」と息を出すと滑らかにゆっくりと吐息できる。
「ソウ・ハーム」は「彼はわれなり(究極の実在ブラフマンはわれなり)」という意味だとか。
思い悩んだり、気掛かりなことがあるとき、
それらは流れ流れていく人生の1シーンでしかないと思うと、いくらかは気持ちが楽になる。
新型肺炎の流行がずーっとつづくわけではないのと同じだ。
「ハーーム」とか「ハームハーム」と下腹のほうから少しずつ息を出す。
余裕があれば吐息にのって「気」が降りていく様子を観察する。
対人・対社会関係が過敏な人も強くなれる。


1<呼吸法のつづき> 
呼吸にさいして「ソウ・ハーム」と唱える呼吸法はやってみると、
呼気吸気ともにたくまずして長くゆっくりと引き伸ばせる。
心拍数が安定し気持ちも落ち着いたら、時計で呼吸を計ってみる。
「ソウ」の吸気に5秒、「ハーム」の吐息に10秒ほど(8つ数える)。
合計15秒。1分間に呼吸数は4回程度。リズムがわかれば時計で確認する必要はない。
吸気では下腹に息をためる。
慣れないうちは下腹に両手を重ね置いて、息をためる場所を身体に教えてやる。
吐息では腹から喉へ息はあがってゆくが、気持ちは下腹さらに下へと降りてゆく様子を観察する。
両腕がおもくだるくなる。
こうした呼吸法でものすごく大事なのは、20〜30分間つづけることだ。
そうすることで脳内ホルモンの分泌環境が変わる。
俗に脳内麻薬といわれるドーパミン系の快楽ホルモンの分泌量がふえる。
それにともない意識も変性されて、世界が新しくなり、石たちはよりいっそう美しくなる。


<呼吸法> 
住まいのあるアパートの前を用水路が流れている。
三面護岸工事して、両岸に遊歩道を設けるなど年中工事しつづけている。
この2車線の道路ほどの川幅の用水路に、鯉が棲息している。
大きなものでは体長80cmほどの鯉がたくさんいる。橋の上から彼らの姿が見える。
彼らは水中に浮遊している。その姿を呼吸法の最中に瞑想する。
いつもというわけにいかないが、水中で泳ぐ鯉の浮遊感がわかるときがある。
彼らは空中の風船のようにただよっている。両脇腹を流れていく水の感触がわかる。
おれは鯉だ、というほどくっきりしたものではないが、近いものがある。
そういう体験と、仏を着て仏に同化していくのは似ていると思っている。
日本ではヨーガといえば体操ヨーガしか知られていないが、呼吸法はその百倍以上も脳に効く。
石の景色の中へ入っていくのも、仏を着るのも、鯉になるのも同じこと。 
(3月5日まで日本翡翠原石5割引セール中)

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縄文から弥生への境界領域を夢想する・2 18:25
縄文勾玉
<縄文から弥生へ> 
読みかけの本『神は、脳がつくった』(E.フラー・トリー、寺町朋子訳、ダイヤモンド社、2018)に、
以下の下りがあった。アルタミラやラスコーの壁画の制作者たちの時代、
「22,000年前の推定人口がフランスでわずか2000人から3000人、
ヨーロッパ全土でも1万人ほどだった」p131。こういう数値に出会うと、
縄文人の推定人口の少なさもさほど異様と思えない。
『人口から読む日本の歴史』(鬼頭宏、講談社学術文庫、2000)を開くと、
縄文時代後期の推定人口に、山陽地方(岡山・広島・山口)で1000人、
北九州地方で(福岡・佐賀・長崎・大分)で3000人とでている。
たとえば一軒の農家に老夫婦が暮らしている。徒歩で周囲2時間ほどのところには一人の隣人もいない。
そんなふうだった。縄文後期・晩期は中期よりも寒冷化がすすみ、海岸線が後退して住環境も変わり、
縄文人は三内丸山のような大集落を作る能力もなく、衰退していく一方だった。
一部では焼き畑農業が始まったという意見もあるが、地域限定のことだったかもしれない。
そういうところに弥生人がやってきた。
両者の出会いは縄文人が歓迎の旗を振るというようなものではなかった。
(写真は糸魚川市ホッサマグナミュージアムの縄文勾玉、工房遺跡からの出土品なので、
作りかけや失敗作なんだろう)


<縄文から弥生へ>
弥生人の渡航を想像する。30人から50人くらい、ときには100人ほどの団体。
丸木舟の両ヘリに板をあてがって容積を大きくした原初的な半構造船があったのか、なかったのか、
丸木船を3艘ほど横に並べて、板を敷いた筏風のもあったかもしれない。
5、6人乗りの丸木舟であれば、ひとつの船団は10艘ほど。
彼らは海岸に着くと、河口をみつけてさかのぼる。水先案内人がいたかもしれない。
やがて一面の葦原を見つけてキャンプ地を設営する。
煮炊きの煙を縄文人が遠くから発見しただろう。縄文人は正体を見極めようと忍び寄り、
何日もかけて弥生人を観察する、そういうところから出会いが始まった。
縄文人にとっては幸運な出会いではなかったはずだ。縄文人の小さな集落は弥生人に襲撃され、
女子供が奪われる、そういうことがあって、現代日本人の遺伝子の1割ほどは
縄文由来のもので構成されている。縄文人と弥生人が互いを信頼しあい、
食べ物や衣服を分かち合って暮らした様相を、人類史をもとに想像するのはとても難しい。
縄文人には兵士を集めて軍隊を構成する文化がおそらくなかった。殺人のための武器もなかった。
弥生人は女不足で、農地を拡大する労働者を常時必要としていた。
今からたった2500-3000年ほど前の出来事だった。


<縄文から弥生へ> 
縄文から弥生への以降は、江戸時代や明治時代の始まりのようにくっきりしていない。
覚えやすいよう雑にまとめるなら、紀元前1000年頃(3000年前)、
北部九州に最初の水田稲作が登場する。
前後して朝鮮半島や山東半島、江南から幾つもの集団が日本列島を目指してきた。
このあたりの海人の間で列島移民が流行したみたいだ。
紀元前500年頃(2500年前)には、弥生時代とよべる程度に、水田稲作文明が列島に定着した。
このころ吉野ヶ里でも村落が形成されている。
中国大陸での水田稲作の開始は、12000から10000年前、長江中流域で始まったと考えられている。
紀元前3000年(5000年前)頃には、長江下流域に良渚文明という、あえて比較するなら
初期ヤマト王朝より規模が大きく、質的にも進んだ文明が栄えた。
弥生時代の始まりまで水田稲作には約7000年の歴史がある。
弥生の移民は野蛮な民が青息吐息で列島に着いたというわけではない
。列島に着いてすぐさま村落を形成できるほどの政治的まとまりがあったことだろう。
紀元前1000年頃の中国は殷(商)が滅びて周が始まったあたり、
紀元前500年は春秋戦国時代のほぼ中間に相当する。
弥生時代というのは、想像していたほど原始的ではなかったようだ。
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