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フェイスブックでは日本翡翠原石を個別に紹介しています   19:40
日本翡翠原石
<日本翡翠(糸魚川翡翠)a> 
一件の家がある。一階には床が抜けるほどに日本翡翠原石が置いてある。
2階の日当たりのいい部屋には鉱物標本がところ狭しと並べてある。
隣室には天然石ビーズや二十面体などの加工品がストックボックスにいれて積んである。
3階はおもに書籍が保管してあって、神秘主義関連の本が一室をしめ、
SFやDVDでいっぱいの部屋もあって、机には書きかけの原稿が広げたままになっている
(自分の頭のなかの模式図)。ひと部屋にこもると他のことを忘れてしまう。
そんなふうなので、この1ヶ月あまり日本翡翠には手を触れられないできた。
アポフィライトやガーネットなどきらきらしくて可愛い石たちから目を離して日本翡翠に向かうと、
清流でのヤマメやイワナ釣りの楽しさから、突然に中流域に移って鯉の当たりに緊張するような、
石たちのパワーの方向性の違いに目一杯驚く。
ここにはどっしりとしてゆるぎない時間の重みがある。
樹木の梢にさく花たちの可憐さを離れて、
大地にはった根のたくましさに触れるのに似ているような気がする。
日本翡翠1キログラムの原石には、神社にある岩座(磐座・いわくら)1トンに相当する
パワーがあると自分勝手に思う。


<日本翡翠(糸魚川翡翠)b> 
同業者とのちょっとしたメールのやりとりがあって、
倉庫に置いてある5〜10kgの日本翡翠(糸魚川翡翠←グーグルの検索対策)をチェックすることになった。
石たちを選びだして濡れ縁に運ぶ。
日本翡翠の大きな原石は土地を鎮め、家を鎮め、人の魂を鎮める。そんなふうに感じる。
鎮まった魂(霊)は身体に居着く(古代の感性では魂はちょっとしたことで身体から離れた)。
気持ちが安定する。その上で活性化すると人に元来備わる気「元気」が勢いを増す。
魂鎮魂振(たましずめ・たまふり)が起きる。
魂は玉であり、精神を安定させたり元気づける力が玉(たま・翡翠)にはあるとしんじられてきた。
日本翡翠の原石を目で撫でるように眺める。石と自分を見えない紐で結ぶつもりになる、
石たちから受けるパワーを身体にまとう、
ショールで身体を覆うようにパワーで自分を包むつもりになる。
魂が鎮まり、振られて(シェイクされて)元気がわいてくるのがわかる。だれにだってわかるだろう。


<日本翡翠(糸魚川翡翠)c> 
超古代には大地も宇宙も人型をしていると考えられていて、構造などの内容は秘密の知識とされた。
人体に血管があるように大地にも生命力が脈打つ管がはりめぐらされていて、
要所要所にパワーが一段と強いツボのような場所があることを彼らは見た。
神社のもととなった聖域はこういう場所が選ばれた。
近ごろではオカルトファンからこういう土地はイヤシロチとよばれている。
反対がケガレチで、ネットをみると弥盛地(イヤシロチ)、気枯地(ケガレチ)の漢字が当てられている。
あちこちを旅行していると地面の上に直接座るのにもなれてくる(そういう旅行だった)。
すると座るだけで気分がよくなる土地と、ここにはいたくない土地があることが分かってくる。
ベナレスのガンジス河の岸辺や中央インドの石窟寺院カラサナータの一角には、
そこに座っているだけで精妙な愉悦が、尾骨から背筋を登っていくのが実感できる場所があった。
日本翡翠の大きな原石に触れていると同じように身体が反応する。翡翠はイヤシロチを作ると思っている。

★ザ・ストーンズバザールのフェイスブックでは、2月7日以降、日本翡翠原石を個別に紹介しています。
翡翠原石の多種多様さを楽しめます。
フェイスブックはここが入り口
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■<勾玉物語・8> レッドジャスパー(石鉄石英または赤玉)  16:38
ジャスパー勾玉
ジャスパー勾玉

<勾玉物語・ジャスパー> 
丸顔でぽってりとして可愛い顔立ちの女のこだった。どこで見かけたのか思い出せない。
白くて緻密で透き通るような肌をしていた。皮膚の内側から光が滲み出してくるようだった。
首には皮紐を編んだチョーカーをしてして、百円硬貨ほどの勾玉が中央に付いていた。
佐渡の赤玉(あかだま)に似て赤味の強い茶色の勾玉だった。
遠い昔、弥生や古墳時代、出雲の八千矛命が活躍していたころ、
能登半島と佐渡は富山新潟の沿岸を介さずに行き来していたという。
そのせいで佐渡島では特産の赤色シャスパーを使って管玉が作られた。
現代目線では離れ小島のようであっても弥生時代の能登では佐渡は隣り村だった。
彼女はそういう古い時代からやってきたのかもしれない。
ひだまりに座って虚空に彼女のホログラムを投影する。
彫刻家が自分の作品を見るようにそれを見る。


<勾玉物語・レッドジャスパー> 
夕暮れの中でもみじした山肌は鉄錆色したジャスパーに変わっていた。
鉄錆色といっても一様ではない。
樹木の一本一本を識別できるわけではないが、ひとつの茂みは臙脂色して別の箇所では柿渋色している、
なかには山吹色したところも在れば、黄土色だったり芥子色の部分もある。
どの色も深く沈んでいる。
心が幼児にもどっていく感触は古代への回帰に似ている。
原始の時代、赤は生命力が宿る色だった。
獲物の首を切る。腹を裂く。ながれる鮮血はやがてどす暗く変色していく。
色彩の変容はパワーが去っていくからだった。
パワーは向こうからきて岩に宿る、木々にやどり獣にやどり人間にもやどる。
この感触、この論理を私たちは忘れている。意識が古代に目覚めることでそれがわかる。
酒に酔うのはアルコールのせいではない。酒精がやってきて身体に入るからだった。
大地の奥のほうからパワーがやってくる。その感触はジャスパーに似て濃厚な味わいがある。
そうした意識の流れを眺めていると、なぜチベット密教(後期密教)では
生殖の原理をアナロジーに使って解脱の味覚を説いてきたかが、ふいにわかったりする。 11-18-4
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■<勾玉物語・7> ジャスパー(チャートやフリントとの違い)  11:55
ジャスパー勾玉
<勾玉物語・ジャスパー> 
メノウができるとき、緑泥石や鉄分など異種鉱物が混ざって透光性がなくなると
呼び名はジャスパーに変わる。両者の境界は明確でなく、おおまかに不純物(異種鉱物)の量が
2割を超えると、不透明になってジャスパーと化す。
日本では濃緑色のものを碧玉(へきぎょく)、赤茶色のものを赤玉(あかだま)とよび、
緑や赤や黄色がまざったものを五色石などとよんできた。
名付けることで事物の細分化が進んでいったが、自然界のことどもはそんなに杓子定規にできていない。
フレキシブルというか、けっこうご都合主義でいい加減だ。
中間領域でうろうろしているうちに境界を超えてしまうというようなやり方がいいと、
ジャスパーに触れると思ったりする。ジャスパーとチャートとの目視での区分けは難しく、
『宝石宝飾大事典』(近山晶宝石研究所)にはチャートの純粋なものがフリント(火打石)である、
と書いてある。地表近くでまたは流れでた溶岩のなかでケイ酸分が結晶しないで凝固すると
オブシディアンになる。オブシディアンは天然ガラス。
鉱物たちはいろいろな形でつながっている。11-18-4


<勾玉物語・ジャスパー&火打石> 
メノウ、ジャスパー、チャートなどケイ酸系の鉱物と鉄片をぶつけると火花が散る。
その火花を乾燥した苔などに移すと火を起こせる。
以前に教わった方法では、苔よりもモグサの蒸し焼きがより火を起こしやすいとのことだった。
モグサは道端にはえているヨモギの白い綿毛部分のみを精製してつくる。
ヨモギは雑草のようだが、食べられる野草であり、漢方で重宝されるハーブでもある。
鉄がなかった時代、火打石を使うには相方は叩いても割れないような高品質のパイライトが使用された
と推測されている。磁鉄鉱のような鉄鉱石も使われたかもしれない。
小さな火花がモグサの炭の上に落ちる。大急ぎで息を吹きかけ、枯れ草に火を移す。
200万年前の原始人の歓呼の声が喉の奥からわいてでる。


<勾玉物語・ジャスパー> 
縄文時代から弥生時代への移行には民族的、文化的な断絶があると考えている。
縄文人が水田稲作を覚えて弥生人になったわけではない。
列島の寒冷化に伴い、植生が変化して縄文人は従来の人口を維持できなくなった。
海岸線が後退して平野部がひろがった。ヨーロッパからの移民によって
アメリカが白人のクニにかわっていったのに似ていたのだろう。
白人たちが先住民の土地を侵略し強引に奪ったのと違って、日本列島の場合、
渡来してきた弥生人は水田稲作のための湿地を必要とした。
もともとが里山の民であり、寒冷化によって人口が減少し、息も絶え絶えだった縄文人との
衝突・軋轢は少なかったように思える。
弥生の玉作りたちは原石産地近くに居住して出雲では碧玉(ジャスパー)による勾玉が、
福井・石川県など能登半島近辺では緑色凝灰岩 (グリーンタフ)を用いた管玉が作られるようになった。
縄文時代を特徴づける翡翠大珠や土偶は弥生人には継承されなかった。
碧玉の勾玉には祖霊をまつり祖霊とともに暮らした弥生の民、私たちの先祖の思いが宿っていると思う。

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■<勾玉物語・番外>勾玉には敬意を抱いて接する。大きな利益がある  10:17
天然石勾玉
<勾玉物語・大きな癒し> 
勾玉には敬意を抱いて接する。鉱物には敬意を抱いて接する。
このあたりが一般的な天然石ファンと、スピリチュアルな味覚を石たちに感じる人たちとの違いだ。
天然石製品を大事に思う、敬う気持ちでそれらと接する。日々そうした思いを重ねていくと、
ー分という存在を支えてくれている大きな力を感じることができるようになる。
¬椶砲垢襪發痢感じられるもの、そういう世界が美しく調和していると感じられるようになる。
なにはともあれ、いまある自分をまるごと受け入れられる。
こうした体験のなかでのみ本物の癒しが起きる。おいしいものを食べたり、きれいな場所へいって、「癒された」と口にするのは小さな癒しであることがわかる。
それに比べたら、個々の天然石のパワー効果やチャクラの開発などということはとるにたらない。
むしろ前記した体験があれば、そこから個々の天然石のパワー効果や、
チャクラの機能は手に取るようにくっきりとわかってくる。


<勾玉物語・大きな力>  
勾玉には敬意を抱いて接する。鉱物には敬意を抱いて接する。などといっても、
パワーの味覚のわからない人たちには、何をいっているのかわからない。
彼らは科学的で合理主義的な考え方が唯一正しいと教え込まれ、
それを疑う気持ちを否定しつづけているので、鉱物や木々や岩を敬うなどというと、
そんな馬鹿らしいことをできるわけがないと思う。
風景のきれいな土地へいったら、ひとりになって、風景にむかって自分を開くつもりになる。
風景の全部を受け入れる気持ちになる。
腕の皮膚を開き、胸を開き、身体を開いて、風景を受け入れる。
そうすれば美しい風景には大きな力が宿っていることがわかる。
キリスト教のファンであれば創造主といってもいい、仏教徒であれば仏とよんでもいい、
大きな力を感じられると、木々や岩や鉱物や勾玉を敬う気持ちがわかってくる。


<勾玉物語・自分の受容>
いまのままでいいというと、仕事は遅刻の常習犯で、友達関係もだらしなく、
部屋は散らかし放題の自分でいいのだと勘違いする人がいた。かつていたからいまもいるんだろう。
彼らの「いまのまま」は生活態度の現状をいっているのであって、全体的な自分のことではない。
心の奥の方で自分が自分に対してどう付き合っているかを観察してみる。
ぐうたらでずぼらでだらしない、あるいは異性関係がぐちゃぐちゃというのは、
自分で自分を嫌っていることの反映であることが多い。
もっともっと私を見て、私を愛してという気持ちの表現である場合もある。
自分の欲求に忙しくて、自分を顧みる、自分で自分を大切にする余裕がない。
そういう心のおくのほうの自分像を、否定せずに、表も裏もひとまとめに、
それが自分なのだとひとまず受け入れる。
「いまのまま、あるがままでいい」とは、そういうことを言っている。
これを理解するにはカウンセリングを受ける必要がある人もいる
(能力のあるカウンセラーに会えるといいのだが)、
自分の短所をせめずに、自分が何を求めているのか、勾玉に案内されるつもりになると、
自分を認めるとはどういうことかがわかる人もいる。


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■<勾玉物語・6> 水晶、モスアゲート、イエローターコイス 09:48
水晶勾玉
<勾玉物語・水晶> 
水晶のほぼ無傷グレードの38mmサイズ本勾玉は品切れ。あるのは写真のようなカンが入ったタイプ。
いま、ほぼ無傷グレードの38mm勾玉を100個作ろうとしたら、
それだけの原石を所有している会社があるかどうかわからない。制作費はどれほどかかるのだろう? 
こちらの要求するフォルムのものを作ってくれる製作所が香港や中国で簡単に見つけられるとも思えない。
この写真のようなグレードでは少しカンが多いような気もするが、
水晶はもともとクラックやクラウドが多い鉱物で、
大量の原石から無傷部分のみを切り出して製品を作ってきた。その行為は相当に不自然だった。
そもそも天然石は無傷でなくてはならないとするのは、宝石に財産価値を認めた古い時代の名残なんだろう
。あるいは骨董趣味の老人たちの見栄か。いまでは100万円のリングを買っても財産価値は無にひとしい。
傷があるのが天然石本来の姿なので、多少の傷はそういうものだということにしておきたいとも思う。
石は無傷だから美しいのではなく、色と艶がそれぞれの石なりに整っているから美しい。


モスアゲート勾玉
<勾玉物語・モスアゲート> 
鉱物が人間の目に触れるには、地表近くへと登ってこなくてはならない。
地殻のなかで形成される鉱物の大部分は地殻に埋もれたままで人類の目に触れることはない
メノウがいろいろな土地で採掘・採集されるのは、摂氏100度前後の低温で誕生する、
つまり地殻上層部で生産されるからなんだろう。ケイ酸分子の極微の結晶の凝集したものがメノウで、
クローライト(緑泥石)やデンドライトが内包されたものをモスアゲートとよぶ。
あたかも苔や木々の小枝を半透明の樹脂に閉じこめたようにみえる。
人類は長かった霊長類の時代を通じて、木々の枝葉の間や下草のなかにすっぽりと身を隠すことで
安心感を得るようDNAを発達させてきた。
そんなことから緑は浮き足だった「気」を鎮めるよう作用する色になった。
緑色系のパワーストーンは安心感とくつろぎをもたらし、脈拍を安定させ血圧をさげるよう作用する。
緑は繁茂する植物をあらわす色でもあるので、豊穣と繁栄を誘う色でもある。
鉱物に癒しのパワーがあるからではなく、色彩に対する人類の反応の仕方にパワーの秘密があって、
表面が滑らかできれいな石の質感がパワー感覚をきわだたせる。


イエローターコイス
<勾玉物語・イエローターコイス> 
視界の外から腕が伸びてきて、三方(神事用の木製で台付きの四角な皿)が差しだされた。
上には三角に折った半紙の上に木の御札と他に一品なにかがのっていた。
神から直接御札を授かったということなんだけれど、夢からさめたらどの神さまだったか、
すっかり名前をわすれていた。三方に載せてあった品物は勾玉だったような気がしている。
古代的な形の勾玉だった。写真は遺跡出土風のイエローターコイス38ミリ勾玉。玉(魂)を鎮める形。
ターコイスの空色は成分に含まれる銅によるもので、銅が少なくなると白色になり、
代わって鉄分が増えると黄色や緑色になっていく。
ターコイスの和名はトルコ石。産地ではなく貿易の中継地にちなむ命名。漢字では松緑石と書く。
中国産ターコイスは空色のものが少なく、緑色がかぶったものが多いことによる。
古来漢方薬のひとつに数えられてきた。
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 細身管玉は稲やチガヤの茎を模倣したと思う 09:53
管玉ネックレス
<勾玉物語・管玉> 
『万葉集』にはもうひとつ竹玉を織りこんだ歌がある。
3284 菅(すが)の根のねもころごろに わが思える妹に縁りては
     言の障(さへ)もなくありこそと
     斎瓮(いわいべ)を斎(いわ)ひ掘り据ゑ 竹珠を間なく貫き垂れ
     天地(あめつち)の神祇(かみ)をそ吾(あ)が祈(の)む
     いたもすべなみ
「菅(すが)の根」は「ねもころごろに」にかかる枕詞で、
水辺の草の菅の根のようにからみあってねんごろな仲で、相思相愛を意味している。
「言の障もなくありこそと」の解釈が自分にはわからないけれど、
歌の大意は「愛する人への非難が実現してほしくないと、お神酒をいれた壺を地面に掘り据え、
竹珠をたくさん垂らし捧げて天地の神に祈った。
ほかにはどうしようもなくて」というふうになるようだ。
ここでは神に祈るのに神社に詣でていない。
斎瓮(いわいべ)を掘り据えるんだから、岩座などを前にした斎庭(さにわ)の地面に穴をうがって
先の尖った壺(瓶)を据え、壺にはお神酒を入れて、
竹玉をたくさん連ねたネックレスのようなスダレのようなものを捧げて神に祈っている。
榊と同じように竹玉が神々への供物だったことを伺わせる。
竹玉が古墳時代に大流行した石製模造品を連想させるところが、なんとも興味深い。
(『日本ヒスイの本』北出幸男、青弓社、2016、p183)


<勾玉物語・管玉>  
細身の管玉についてなぜあのように細いものをあえて作ろうとしたのか、ずーっと考えている。
管玉の直径は2−3mm、長さ10mm前後、その中心に貫通孔を開ける。
鉄針を使用する以前には石針を使ったという。
シロウト考えで石針は細くても直径1mm以下は無理な気がする。
細い竹の先端にメノウのように硬く極細で針状の石をニカワかアスファルトで接着する。
泥のように細かな砂を研磨剤にして舞いぎりなどの道具を使って孔明けする
(舞いぎりはユーチューブに発火法の映像がある)。
職人技だ。オーパーツといってもいい。それにしてもどうして作る必要があったのか?
「ああ、あれは名前は竹玉でも、極細のものはイネやチガヤを模したのだ」と思い当たった。
チガヤは茅(カヤ)のチ(魂・霊)で日本の神事だけではない、
古代中国では数千年前から神聖視されてきた。
良渚文明の四角い筒状の神器・ソウにはチガヤをさして祭ったという意見もある。
思えば思うほどに細身管玉は稲の茎なのだと思えてきて、すっかりとそう信じるつもりでいる。
人々が驚嘆するものを作る。
驚きあきれる心理作用を介して神秘のパワーはたちあらわれてくる。5-18-2

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■<勾玉物語・5> ニュージェード、ホワイトカルセドニー  12/09 2018 11:12
ニュージェード
<勾玉物語・ニュージェード> 
ネットで鉱物について調べようとすると、否応なくパワーストーン・サイトがでてくる。
目にする天然石のパワー効果事典みたいなのに飽きてしまっていて、
違う表現がないものかと模索している。
パワーについて書かれた文章のみに囚われてパワーを感じようとしない人たちがいるし、
天然石のパワー効果を子供時代の教科書のように暗記しなくてはと思っている人たちもいる。
けれど本当はこうした意味の追及は後回しでいい。
ルースでも結晶でも美しい石たちはおいしそうに見える。その美味しさを味わうつもりになる。
お菓子を口に入れるように、勾玉の愛らしさを食べるつもりで気持ちのなかに入れる。
オパーライトやニュージェード、ローズクォーツの勾玉とそうやって触れあうと、
とっても気持ちよくなれる。11-18-2 224


ニュージェード
<勾玉物語・ニュージェード> 
天然石にはなんとかヒスイと俗称されるいろいろな石がある。
たいがいは緑色系の天然石で、グリーンアベンチュリンはインドヒスイ、
クリソプレースはオーストラリアヒスイ、ネフライトはタイワンヒスイなどと、
主要産地の地名を付けて呼ぶ。
ニュージェードも同じ部類で名前はジェード(玉・ぎょく)だがヒスイではない。
鉱物的にはサーペンチン(蛇紋石)に属していて、
中国では産地の名前をとって岫玉(しゅうぎょく)とよばれてきた。
主要産地は遼寧省岫岩県。古い時代から玉(ぎょく)の一種としてとうとばれてきた。
現代になって多種多様の天然石でビーズや加工品が作られるようになって、
ニュージェードとよばれることになった。
計測技術の進歩によって鉱物の分類に拍車がかけられ、トルマリンやエピドートのように
鉱物は仲間ごとひとまとめにされるようになった。
ものの本には蛇紋石も16種類にわけられ、
岫玉はアンチゴライトやリザーダイトの宝石質のものをいうと書いてある。
天然石を楽しむには第一に色味と質感、それに見入ることができるなら、細かな鉱物名も産地も、
パワー効果もさほど大事ではない。
ニュージェードのとろ味には意識をかきむしる魅力がある。0197

ホワイトカルセドニー
<勾玉物語・ホワイトカルセドニー> 
メノウ類で縞模様のないものをカルセドニー(玉髄)とよぶ、
という分類法はいまではさほど意味をなさなくなっている。
ホワイトカルセドニーはミルキークォーツと区別しにくい。クォーツアイトとの区分けは目視では難しい。
こうした石英系で白色の鉱物は白石英(ホワイトクォーツ)と思っておくことにしている。
石たちと親しむのは詩を読み絵画を観賞するのと同じで、
世の中的分類法よりも自分の感性のほうが大事だ。
鉱物は地中に埋もれている。なのに土や泥に汚されない純粋な色彩のきらめきを見せる。
石たちの美しさは古代の人々にとって、
泥田に咲く蓮の花がけがれを知らないのと同じほど不思議だった。
ことに純白な石たちは純粋無垢の象徴となり、もともとは彼岸にあるはずのものが、
なにかの理由でこちら側に移行してきたものの代表になった。
純白の勾玉を手にしていると、そういう向こう側の力に心が洗われていく気分を味わえる。
その奥のほうで蓮の蕾が開くようにブッダの笑みが広がる。0189

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■<勾玉物語・4> オパーライト、サーペンチン 11:25
オパーライト
<勾玉物語・オパーライト> 
夢と目覚めの中間地帯、乳白色の「時」が過ぎてゆく。珊瑚礁の海で寄せ波引き波に洗われる海草のように
意識がただよう。オパールの時間のなかへオパーライトの色艶に導かれて入っていく。
気持ちが大きな平安に溶けていく。だからオパーライト勾玉をとても好んでいる。
オパーライトは光の加減によって水色にみえたり黄色味をおびてみえたりする。
その見え方は海中から海面を仰ぎ見るのに似ている。
オパーライトは人工宝石でガラスの一種だが、パワーがないわけではない。
ガラスが天然石と同じほど重視された時代があった。
透明でキラキラしく輝くものに神秘の力を感じた弥生・古墳時代の人々にとって、
ガラスは碧玉などの天然石より魅惑的で抗しがたい呪力を発散させていた。
「おまえって、ほんとうにきれいで美しいね」とオパーライトの勾玉を手にして思う。
みんなもそんなふうに思ってくれるといいのだが。


オパーライト
<勾玉物語・オパーライト> 
個人的好みでいうなら鉱物たちとガラス製品を同じほど好んでいる。
約40x27x6cmのボール箱がうちのストックボックスだが、
選りすぐりのウルグアイ・アメシストを集めた箱の下に、
トレードビーズとよばれるアンティークのトンボ玉が2箱余り積んであるほどだ。
天然石がパワフルであるのと同じほどガラス製品にも魅力(魔術的なパワー)がある。
世の中一般的には、天然石ファンは天然無垢の原石や加工品を好んで、
染色したり樹脂処理した天然石やガラス製品を嫌う傾向にある。
たとえばモルダバイトやオブシディアンは天然ガラスであるし、
オパールも構造がやや異なるもののガラスの一種だが、
天然石ファンはそういうふうには考えないようだ。
オパーライトの美しさに胸がさわぐ思いをしても、それが人工宝石でガラスの一種と聞くだけで
引いてしまう人がいる。せっかくパワーを感知する感受性にスイッチが入って、
神秘の世界が開こうとしているのに、入り口で背を向けてしまうのはもったいない。536


サーペンチン
<勾玉物語・貴蛇紋石> 
石たちは地質学的な時間のうちにある。とほうもなく長い時の流れだ。
たとえば日本産翡翠は5億年前に地殻の底のほう、マントルの上層部で出来たといわれている。
翡翠は鉱脈を作らず岩塊となる。それは蛇紋岩に包まれて地表へと昇ってくる。
マントルの主成分はかんらん岩で、プレートの境界で沈み込んでいく海洋プレートに伴う大量の海水
によって、かんらん岩が変成されて蛇紋岩が誕生する。
だから日本翡翠の産地、糸魚川市近辺の蛇紋岩は、5億年頃かそれより古いことになる。
貴蛇紋石勾玉はここの原石の高品質のものを選んで作っている。
勾玉を手にして地質学的な時の流れの悠久さを夢想すると、大地の営みの壮大さに打たれる。
蛇紋岩がいまここにあるということが非常にありがたいものに思われ、石たちを敬いたい気持ちになる。
石たちに敬意をだくと、地球との親密感が深まって自分がこの星に生まれてきたことを嬉しく思える。

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「玉TAMAー古代を彩る至宝ー展」というのに行った  10:44
石針
とほうもなく久しぶりにJR総武線両国駅で降りて江戸東京博物館というところへ、 
「玉TAMAー古代を彩る至宝ー展」というのを見にいった。地方都市の博物館のように空いていてよかった。
この展覧会は古代歴史文化協議会というところが主催していて、14の県が連携していると
パンフレットに書いてある。石川・福井・奈良・島根などの名があって、
新潟・富山・北海道が加盟していない。不可解な構成ではあるけれど、
小型勾玉や各種管玉が多数展示されていて興味深かった。

管玉に関心を抱く人はあまりいない、
管玉の主要原料である緑色凝灰岩に興味を持つ人はもっと少ないだろうけれど、
あこがれの緑色凝灰岩(グリーンタフ)を間近でみられて嬉しかった。
管玉も極細のをたくさん見られて驚きあきれるばかりだった。
管玉に使われる、おもに北陸産の緑色凝灰岩は、
原日本列島が大陸から分離したあとにできた原日本海での、海底火山の噴火によって、
火山灰が海底に積もってできた。成分の一部が変成されて緑泥石になり、
濃緑色から淡い灰緑色のものまで様々な段階の緑色に色付いている。

緑色に生命の宿りをみる古代の感性では、石が緑色をしているということは
そこに「産み」の力が凝集されていることを意味した。
その力は乾電池から電気を取り出すようにして、呪術的なパワーとして使うことができた。
緑色の石は地母神の恵みだった。
緑色の石への信仰は、日本列島では滑石を用いてのケツ状耳飾りに始まり、
蛇紋石の磨製石器、翡翠の大珠へとひきつがれ、
弥生・古墳時代になって緑色凝灰岩で管玉や腕輪が、
翡翠や碧玉(ジャスパー)からは勾玉が作られるようになり、
滑石・蝋石での石製模造品制作へとつながっていく。
こうした天然石加工の歴史のなかで一際強い輝きを放つのがヒスイやジャスパーの勾玉であり、
幾何学的に美しい管玉で、とくにパスタより細い円筒状のビーズは、
そういうものを作ることができた技能に驚きあきれ、オーパーツとよんでもいいほどだと思う。
 
「玉TAMAー古代を彩る至宝ー展」ではたくさんの勾玉を見た。
ジャスパー製勾玉ではうちの製品とそっくりなのがあった。
これを模倣して制作したわけではないが、イメージの勾玉をイラストにすると、
展示品と同じ形に落ち着いていくということで、昔の工人と手を取りあう思いだった。
うちには香港のジュエリーショーで闇雲に買い集めてきたたくさんの管玉がある。
なかでもモスアゲートの管玉は島根県出雲の碧玉と新潟県佐渡の赤石をひとつに混ぜたようで、
古代の人たちのスピリットをそこに見ることができる。凄いなあと思ってそれと遊んでいる。
(写真は玉TAMA展でみた石針。こんなので細身管玉に孔をあけた)
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<勾玉物語・3>アベンチュリン、ユナカイト、ローズクォーツ 08:52
アベンチュリン勾玉<勾玉物語・アベンチュリン> 
グリーン・アベンチュリンは内包物によってキラキラと輝く「アベンチュリン効果」のある
水晶類の商品名。鉱物としてはクォーツアイト(珪岩)に属している。
クォーツアイトは砂粒状の石英が熱変成されることでできる岩石で、
内部に緑色の雲母細片を多数含んだものがグリーン・クォーツアイト、
つまりグリーン・アベンチュリン・クォーツ。
他のクォーツアイト製品では白色系を赤や黄、紫に染めたものが安価でカラフルなビーズとして
販売されている。グリーン・アベンチュリンはグリーン・クォーツと呼んだりもするが、
緑泥石(クローライト)を含んだ水晶や、ネット上では出自がよくわからない緑色透明の
水晶風製品もグリーン・クォーツとよばれていて紛らわしくなっている。
本品のグリーン・アベンチュリン勾玉は従来の同名製品に比べて、
異種と思えるほどに緑色雲母の細片が大きくキラキラしさに迫力がある。11-18-2346


ユナカイト勾玉
<勾玉物語・ユナカイト> 
ユナカイトとルビー・ゾイサイトのゾイサイトは似ているところがあって、翡翠ファンであれば、
新潟県糸魚川市近辺のヒスイ海岸へとジェード・ハンティングに行って出会う
翡翠類似石ロジン岩とも近しい関係にある。
ロジン岩はクリノゾイサイトやダイオプサイド(透輝石)が主体となっている岩石で、
クリノゾイサイトはエピドートいう鉱物グループに属していて、
「鉄分子を10%以上含有すればエピドートで、10%以下であればクリノゾイサイトであり、
鉄分子を含有しなければゾイサイトである」という。
ゾイサイトにマンガンが混ざってピンク色に発色した鉱物がチューライト(桃簾石)で、
糸魚川地方では石肌の感触が翡翠に似ているのでピンクヒスイの愛称で親しまれている。
カタカナばかりで混乱してしまうが、ユナカイトの黄緑色部分とピンクヒスイは兄と妹のような
関係にあって、ブラジルやパキスタン産の濃緑色のエピドートの結晶、
中国産のエピドートのスダレ状の結晶や、四川省の水晶に随伴する小粒のエピドートを加えるなら、
机の上でエピドートファミリーが集うことになる。
毛色は違うが青色宝石のタンザナイトもエピドートファミリーの一員だ。11-18-2282


ローズクォーツ勾玉
<勾玉物語・ローズクォーツ> 
イメージとして結晶は分子・原子の電子が手をつなぎあって格子状に成長していく。
水晶では結晶格子の一部に鉄、チタン、マンガンなどが入り込むとピンク色に発色して
ローズクォーツになるとされている。これらの原子によって結晶の成長がはばまれるためなのか、
ローズクォーツは水晶のように柱状の結晶になりにくい。
結晶形が見られるものでも小粒の集合体となりやすく、産出量がきわめて少ないので、
鉱物標本は入手しがたい。原石はブラジル産が主だったが、近年ではマダガスカル島産や
アフリカ産の原石も流通している。
とくにマダガスカル島産のものではクラックが少なく透明度が高いものが名高い。
マダガスカル島はアフリカに近いくせに、最初に移住したのはボルネオからの航海民だった。
彼らは8千キロ以上の遠方からカヌーに乗ってやってきた。
大航海時代、ある海賊がこの島に理想的国家を築こうとしたが、背後から先住民に教われて壊滅した。
ヒッピーのコミューンの先駆けみたいだった。
海賊の資料を漁りながら彼のことを夢想していた時期があった。11-18-2358
| 日本翡翠情報センター | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
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