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<鉱物四方山話> ネフライト、グリーンジャスパー、アズライト  10:54
ネフライト
<翡翠類似石> 
翡翠関連の石は同じ天候、同じ時間に同じ場所で撮っても、青味がかぶったり赤味がかさなったりして、
そのたびに気分は青くなったり緑 (ハルクる)になったり赤くなったりする。
写真は国産としては珍しく大きなネフライトの原石。しかも色が白っぽくて緑の斑入り。
糸魚川産のネフライトでこういう淡い色合いはほんとうに珍しい(330mm, 11.8kg)。
明治時代の翻訳の誤りで、玉(ぎょく)はジェードで、ジェードは翡翠、
だから玉=翡翠ということになってしまっているが、
今も昔も中国では最も高価な玉(ぎょく、ユウ)はネフライトをさした。
皇帝の色をけがれなき白としてきたお国柄なので、純白のネフライトは宝のなかの宝だった。
仙人の秘薬としても知られていて、仙術修行者はこれを煎じて服用した。
緑のネフライトはニュージーランドでも採集されて先住民マオリ族の守護石となっている。
古代の西欧では磨製石斧に加工された。縄文時代の日本でも石斧が作られたようだが量は多くなかった。
9-19-3 426


ジャスパー
<グリーンジャスパー> 
グリーンタフ(緑色凝灰岩)は海底火山の噴火にともなう火山灰が海底に積もってできる。
長の年月のうちに火山灰の一部が緑泥石に変成されると岩は緑味を帯びる。
弥生・古墳時代にはおもに北陸で採集されたこの石を使って管玉が作られた。
最高級の勾玉は日本翡翠、出雲ではジャスパー製の勾玉や管玉、
祭祀に用いる石製模造品には滑石や蝋石、石釧には凝灰岩というように、
目的に応じて使用する岩石が使い分けられた。
写真の緑色凝灰岩は東北産という。
凝灰岩の層の間の地下水に石英分がたまりメノウの極微粒子が堆積する。
付近に緑泥石などがあるのであれば、それによってメノウはさらなる異種鉱物を含むことになって
ジャスパーになる。そうやってこのジャスパーを内側に包んだグリーンタフはできた。
グリーンタフもジャスパーは金銭的価値が高くないので、話題になることは少ないが、
古代史ファンにとってはまったくもって見過ごせない。8-19-3


アズライト
<新着製品> 
グレープフルーツよりもっと大きなアズライト(アズルマラカイト)がホームページへの出番を待っている。
アズライトは岩絵の具などの顔料としては古くから知られていたが、
鉱物標本として注目されるようになったのは比較的最近のことだ。
30年の昔、クリスタルブームのなかでアズライトは一躍寵児となった。
というのも当時は天然石のパワー効果を紹介する本はないにひとしく、
超能力者エドガー・ケーシ−のリーディング・ブッグがあてにできる唯一の参考書だった。
念のためにエドガー・ケーシー (1877−1945)は神智学の影響を受けた超能力者・霊能力者(?)で、
瞑想状態のなかで神秘の領域からさまざまな情報を汲みだしてくることを得意とした。
多くは相談者の悩みに対する回答だった。天然石のパワー効果に対する言及も多々あって、
アズライトについては「この石は意識を高次元の波動に敏感にさせ、霊的進歩を助ける」とリーディングした。
青という色彩に対する古代的な解釈なのだが、ニューエイジの流れのなかでは、
古代の智慧の復活が輝かしかった。
自分にとってのパワーストーン関連の情報は、エリアーデのシャーマニズム関係の本や、
『イメージ・シンボル事典』などが頼みの綱だった。9-19-3
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<小天狗玄太> 竜宮から戻った玄太には海の男の匂いがした  08:34
日本翡翠
<小天狗玄太>
ゲンタが帰ってきた。向き合ったとたんに海の男の匂いがした。環境に染まりやすい年頃なんだろう。
「帰ってきたの?」「うん」
「楽しかった?」
「めちゃおもしろかった。おいらね、サメ狩りに連れていってもらった。
4、5人のりの小さな船をいくつもならべてサメを追うんだ。そのサメって恐竜みたいに大きい。
それで男たちがモリを手にサメの背中に飛び移っていくんだよ。
サメはね、大女神さまからの贈り物で、海神たちは肉をいただいて、骨は大女神さまにおかえしする。
その儀式がまたすごかった。大人が乗れるほど大きなタコをあげるんだ」
「へえ、すごかったんだね。姫神もいっしょに帰ってきたの?」
「いや、彼女はあと半月くらい向こうにいるって、おいらはお師匠との約束があるから、
さきに帰ってきたんだ」
「姫神のおうちって父さん母さんもいっしょなの?」
「うん、大きな家だった。ここから向こうの山の原っぱまでくらい大きな庭があった。
そこに父さん、母さんと、乙姫の姉さんと、たくさんの使用人がいっしょに暮らしている。
母さんはおいらのことを抱きしめて、可愛い、可愛いっていうんだよ。おいら超恥ずかしかった」
「父さんは恐ろしい神さまなの?」
「そうでもなかった。島では一番偉いと聞いたけど、2日か3日に一度帰ってきて、
ふだんは島の反対側にある宮殿でお仕事しているって乙姫が言っていた。
それにね歌垣というのにもいったんだ。
島で一番大きなお山にみんなが集まって男と女に別れて歌をうたいあうんだ。
ものすごくたくさんの人がものすごく綺麗に着飾って集まるんだよ。
おいらは、ほら、島で一番偉い神さまのお客だろ、みんなが珍しがって触りたがるんだ、困ったよ」
「へえ、いろんな話があるね。あとでまた詳しく話して」
「うん、おじさんにおみやげがあるよ。玄太は黒漆の箱をとりだした。
A4縦半分ほどの大きさで、中央に紅白の紐が盤長結びされていた。
隅のほうには象眼された海亀がいた。南の島は神仙道か。
「玉手箱だ」
「違うよ、櫛をいれる箱なんだって、だから玉櫛箱(くしげ)。
開けちゃだめだって海神たちがいっていた。櫛箱には送った人の魂がこもるんだって、
だからさ、おいらが竜宮へお婿にいっても、この櫛箱をおいらだと思って大事にしてね」
「ええっ、竜宮に行ってしまうのか?」
「冗談だよ」「驚かすなよ」「はっはっ、でも向こうに住みたいくらいだ」
そうやって玄太は玄太なりの日常生活に戻った。
2週間ほどして姫神も休暇を終えたという。神さまは神社に暮らしているわけではないから、
神社に戻ったというのは正しくないが、岩船神社には涼やかな気が湧くようになった。
いまではゲンタの父とは隣人のような関係になり、ときおりは天狗の歴史など話してもらっている。
 

子天狗玄太の物語はひとまずこれで終了。記録を見るとブログへの掲載は2018年05月に始まっている。
途中で投げずにひとまとまりついのは奇跡のようだ。
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<子天狗玄太>「お話しできる人に会いたかった」と生霊がいった  10:40
アサガオ
<子天狗玄太>  
山の家への道はバスを降りて、木造2階建てで青いペンキ塗りのレトロな郵便局を過ぎたさきで街道をそれる、
あとは渓流沿いの田舎道となる。街道との辻のあたりで人の気配を左肩に感じた。
誰もいないことはわかっていたが、気配を追うと若い女性がいた。
落ち着きぶりから推測するに30代ほどだった。
「少しのあいだ、ごいっしょしていい?」彼女が言った
「幽霊なの?」ぼくは訊いた。
「もしそうなら、ぼくのところじゃなくて、ちゃんと成仏させてくれる能力者を訪ねたほうがいい」
「そうじゃないの」「キツネ、タヌキがからかいにきてるのか?」
「そうじゃないの」「じゃあ生霊とか?」
「寂しかった。お話しできる人に会いたかった。近くに寄っても気付いてくれる人はいないし、
それにあなたは頭のてっぺんからオーラを吹いていた、女の子が短い髪を頭頂で結んでいるみたい」
そうやってぼくらは知り合いになった。ほぼ毎回、彼女はバスを降りたぼくに寄り添い、
家の近くの橋の入り口までいっしょに歩いた。彼女の出迎えがないとやるせなくせつなかった。
彼女は中央沿線の病院に入院していて、難しい名前の難病をわずらっていた。
意識と身体が分離しているようで、意識はあっても会話はできず、身体を動かすことができなかった、
もうじき死ぬんだよ、きっと、と彼女はいった。
夢で幽体離脱することを覚えた。自分が天井近くに浮かんでいて、ベッドに横たわる自分を見下ろしていた。
それをきっかけに身体を離れた魂が病室からでられるようになった。
陣馬山のほうに来るようになったのは、ハイキングに来て、ここが好きなったからだった。
健康だったころはひとりでときどきこのあたりに散歩にきた。
そんな話を仙人にした。生霊に憑かれることで生気を失うということであれば、
その程度の気力の喪失は自力で回復できると。
こうした次第で仙人と知りあったが、彼はパッと現れてパッと消えるのが常だった。
それに会話するのが面倒でじれったげだった。
書籍で5、6ページほどの情報をいっきょに送り込んでくる、そういう荒技が得意だった。
仙人とあって2ヶ月ほどして彼女がぼくを待っていることはなくなった。
きっと死んでしまったのだろう。いくら焦がれても、いなくなってしまったものはいたしかたがない。
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<翡翠類似石> 続・付加体では翡翠のほかにたくさんの類似石  10:21
シロヒスイ
<翡翠類似石・4> 
翡翠と類似石をめぐる四方山話はいろいろな鉱物名がでてきて目まぐるしい。
鉱物名を覚えるのに日本語と英語のどちらをとるかは人それぞれだが、
自分の場合は鉱物趣味の仲間は少なく、知人の大半は外国人ディーラーなので
英語名を知っていないと具合が悪い。
糸魚川市や越中宮崎のヒスイ海岸では、海水浴客がいなくなるとヒスイハンター(ジェードハンター)の
出番となる。いまではヒスイ海岸でのヒスイ採集はとても難しい。
余所者が着くころには地元のハンターが総ざらえしたあとだし、ヒスイの漂着量も減っているという。
ヒスイ海岸でアルビタイトやロジン岩をさがすには波打ち際ではなく、階段の近く、
ヒスイハンターが獲物を選別した場所を探すといいと聞いたことがある。
そこには翡翠類似石がかたまって捨ててある。なかには本物のヒスイやネフライトもまぎれている。
石の鑑別は一度迷ってしまうとわけがわからなくなって、
本物翡翠を捨てて類似石を後生大事に持ち帰る人がいる。
(写真はあばた模様の白い翡翠。140mm/2.40kg。ケイ灰石には白翡翠に似たものがある。
類似石だからといって価値がないわけではない)7-19-1


アルビタイト
<翡翠類似石・5> 
ずいぶんと昔、加工用の翡翠原石が手に入らなくて困っていたとき、
知り合いのヒスイハンターが、アルビタイトなら上質のものがあると連絡をくれたことがあった。
ともかくも見てみようということで50kgだったか60kg分を買った。
何を作ろうかと考えているうちに時間が経って、縁の下に突っ込んだままになっている。
そのうちの1個で23kgというのを取り出して庭先の水道でタワシでこすり洗いした。
とても立派な面構えに感動した。外側に濃紺色の脈がでている部分では、
ひょっとしたらルースが取れるかもしれない。
オンファサイトを含む濃紺色のヒスイ輝石ということになれば、
天地ひっくりかえるほどの大騒ぎになるだろう。
想像しているとどんどん本物っぽく見えてくるところが思い入れの、思い入れたる所以で、
石ヤはギャンブラー同様に妄想にとりつかれて見果てぬ夢を見る。一応値段を付けておくと約23kg/350mmで¥100,000。 8-19-1 8-19-3


姫川白玉
<翡翠類似石・6> 
ともかくもその石は真っ白だった。茹で卵の白身のように真っ白だったし、
テッポウユリの花のように真っ白だった。
地面の下は土砂や鉄錆でぐちゃぐちゃな色合いをしている、
そんなイメージの地中から、周囲の汚濁に一切染まることなく、
往古の染め織り職人が溜め息をもらすだろうほどに純白の石が見つかる。
そういうことがとても不思議だ。
最初この石は、糸魚川の業者から仕入れてきた翡翠原石に紛れていた。
自分のほうもそれに気付かずに勾玉などの加工にだした。出来上がった製品のなかに翡翠とは違う、
さらに純白の勾玉があって、翡翠とは違うものを翡翠といって売るわけにもいかず、鑑別にだした。
鉱物関係の研究所に依頼したら、珪灰石と長石が混合体との返事を得た。
アルビタイトと珪灰石が結び付けばそういう石ができる。
「姫川白玉(ひめかわはくぎょく)」とよんで愛玩した。
白い翡翠との識別はとても難しく、石の表面を睨むように見つめて、
ムーンストーンのようにぎらつく箇所があると、おそらくそれはアルビタイトなど長石類であろうし、
半透明のように見える箇所があるなら翡翠であろうし、全体が真っ白でどこにもテカリがなければ、
姫川白玉ないし珪灰石だろうと思っている。8-19-4
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<翡翠類似石> 付加体では翡翠のほかにたくさんの類似石 10:36
日本翡翠
<翡翠類似石・1> 
翡翠が誕生したという数億年昔の、地下数十キロの付加体には、翡翠の原料物質がたくさんあった。
それら原料をもとに翡翠と組成が似た翡翠類似石も誕生した。
代表がアルビタイト(曹長岩)とロディンジャイト(ロディン岩・ロジン岩)で、
ヒスイハンター仲間では、アルビタイトとロジン岩というふうに英語名と和名を混ぜ合わせてよぶ。
前者は長石の一種のアルバイト(曹長石)主体の岩石、後者はゾイサイトやダイオプサイドを主成分とした
岩石で、プレナイト(ぶどう石)やペクトライト (ソーダ珪灰石)、ガーネットなどを伴っている。
ゾイサイトの薄桃色がピンクゾイサイト(チューライト)で愛称がピンクヒスイ。
海岸でみるとアルビタイトは翡翠より石肌がざらついてみえる。
自分意見ではウルチ米にモチ米を混ぜたような印象がある。
これらの岩石は極微の結晶粒子が膨大な量集って凝結したものなので、
アルビタイトにヒスイ輝石(ジェダイト)が混じり、翡翠にもアルバイトなどが混じっているものがある。
ロジン岩やチューライトは研磨したものを翡翠と比べると、いくらか粉っぽい感触がある。
翡翠についてより詳しい知識を得たいのであれば、翡翠類似石のコレクションが欠かせない。 
(皮をかぶっていると翡翠とアルビタイトとの区別はつけようがない) 7-19-1

ピンクヒスイ
<翡翠類似石・2> 
テレビのネイチャー番組や地震特集でプレート・テクトニクス理論はすっかり馴染みになった。
太平洋の海洋プレートはカリフォルニア沖合の海溝で噴出したマグマがトカゲの長い舌のように
(随分と長い舌だが)、伸び広がって日本列島のほうにやってくる。時間距離は1億年だったか? 
その間に海底にはチャート(放散虫の遺骸で殻はケイ酸質)やサンゴや
陸から風に運ばれてくる砂や泥などなどが積る。
海洋プレートは玄武岩が主体、大陸プレートは花こう岩が主体、前者のほうが軽いので、
海洋プレートは地下数十キロのところで大陸プレートの下に潜りこんでマントルに帰っていく。
このとき海洋プレートが運んできた堆積物は大陸プレードの縁(へり)でこそぎとられる。
そうやって付加体ができる。エスカレーターの終点にゴミがたまるようなものだし、
不安定な地質なので断層の巣窟となる。現在の日本列島そのものも付加体でできているという。
この付加体でケイ酸を成分のひとつとするいろいろな鉱物が誕生する。
ヒスイやピンクヒスイ(チューライト)もそうした仲間のひとつだ。(約28kg/30cmのピンクヒスイ) 8-19-4


ネフライト
<翡翠類似石・3> 
海洋プレートが大陸プレートの下へ潜りこむ、付加体の近辺では大量の海水も海洋プレートについていく。
プレートの下のマントルの主成分はかんらん岩、宝石質のものがペリドット。
かんらん岩は超高圧・高温下で大量の海水に出会うと、早い話が水煮されて蛇紋岩になる。
蛇紋岩はプレートの境界で付加体や海洋プレートともみあう。
こうした環境下で両者は成分をやり取りして、個人的に超好みのアクチノライト(透緑閃石)など
角閃石類が誕生するという。だから翡翠やアルビタイト(しばしばアルバイト・ジェード)と
アクチノライトはいっしょにいる。極微の石英の結晶が凝結してメノウとなるように
極微のアクチノライトが凝結するとネフライト(軟玉翡翠)になる。
糸魚川市近辺のヒスイ海岸で翡翠といっしょにネフライトが採集できるのはそのためだ。
ヒスイ輝石はカルシウムやマグネシウム、鉄などの成分をえるとオンファサイトに変成され
緑や黒の発色原因となって、有色の翡翠が誕生する。
こうした成分もまた蛇紋岩や角閃石に由来するという。
地質学的な時間のなかで岩石や鉱物が変容していく。その様相はとても魅力的だ。8-19-3
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<子天狗玄太>おぬし生霊に憑かれとると仙人が言った  16:50
ピンクフローライト
<子天狗玄太>  
子天狗玄太が姫神と龍宮に出かけてしまって寂しさがつのる。
eメールやエアメールが届くこともないので、彼らについての話題もない。
これを機会に山の家近辺の異界の知人たちのプロフィールを書いておきたい。
思うに玄太親子との出会いは、トカゲの仙人がぼくを異界へ開いたゆえのことだった。
玄太は仙人からぼくの噂を聞いたりしたんだろう。
トカゲの仙人との知己を得たのは何年も前のことだ。
庭先でお茶したり、朝食のオニオンオムレツを食べたりしているおり、
キンモクセイの葉影から、こちらをみる視線を感じたり、なにかがすばやく動くのを見るようになった。
あるときふいにそれがトカゲに乗った仙人であることに気付いた。
自分が気付くというより、彼が見せたいと思う姿を見せられたということだったが。
彼はスクナヒコナのように小さかった。
寒山拾得の真似をしているのか、よれたひとえを着て糸で腰を括っていた。
眼光は鋭く、禿頭(とくとう)で白い髭をはやしていた。
ある日はキンモクセイの茂みの枝に姿を見せ、別の日は、
F1レーサーだといわんばかりの勢いでトカゲに乗って花壇のふちを駆け抜けるのだった。
そうして2、3ケ月たって彼は焚き火をしているぼくの横に出現した。
小柄ではあったけれど大人の背丈だった。
「こんにちわ」とか「わしは陣馬の仙人じゃ」とかの挨拶抜きで、
「おぬしは生霊(いきりょう)に憑かれとる、祓ってしんぜよう」と言った。
たとえば「あなたはとても人付き合いがじょうずにみえる」など、
自己イメージと違うことを他人から言われると、相当に驚いてしまうが、
時代劇の仙人が黄昏に忽然とあらわれて、「おぬしは生霊に憑かれとる」などといわれると、
医者から余命半年です、と宣告されるのと同じで、血の気がいっきょに引いた。
「生霊ですか?」と応えたぼくの声は、寒風にゆれる枯れた紫陽花の葉のようにうわずって惨めだった。
「生霊って?」ぼくはもう一度いった。
「涼しい目をして唇が薄い、30歳ほどの女のことじゃ、尻の形もいい」
「ああ、彼女のことですか?」「それじゃ」
「たしかに生霊ですが、彼女のことなら祓っていただかなくてもいいんです」
「おぬし生霊に惚れとるのか?」
「彼女のことをご存知ですか?」「いや」
ぼくは彼女について手短に説明し、パワーを吸われて干物にされることはないし、
惚れても向こうに持っていかれることはないのだと告げた。
その当時、彼女は中央沿線の病院のベッドにて、一日中寝ているしかない日々を送っていた。
意識はあっても身体を動かすことができず、寝返りひとつ打てなかった。
彼女は幽体離脱して陣馬山の近辺をさまよいぼくを見つけた。それまで彼女との面識はなかった。
(写真は紫外線ライトで照らしたピンクフローライト)8-19-4

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<子天狗玄太> 雨ニモ負ケズの本当の作者はだれ?  10:07
水晶クラスター
<子天狗玄太>
「あれって本物なのか?」賢治が帰ったあとで玄太に訊いた。
「うん」と彼は額に皺寄せてうなずいた。「ごめん、おいらが連れてきたみたいだ」
「えっ?」「獣道に獣の臭いが残るみたいに、天狗の通路には天狗の匂いが残る。
チョウチョが飛んだあとに残していく鱗粉みたいだとも言うんだよ。
天狗はそれを読んでどの部族がいつごろそこを通ったかを知るんだけれど、
たまにその匂いに人間の霊が引き寄せられてくる。
そのミヤザワケンジという人は、満月みたいに明るかった。
それにここに来たくて、きっかけを待っていたみたいだ。それでミヤザワケンジって有名人なの?」
「うん、とっても。100年くらい前の人だ。童話や少年向きのお話やちょっと難しい詩をたくさん残した。
彼の童話は子供たちの教科書にのっている。何種類もの絵本にもなっている。
彼は玄太やおれと同じように鉱物ファンでね。お話には鉱物の名前がいっぱい出てくる。
でもそれを理解できる人は少ない。少ないといえば賢治の思いを理解できる人はもっと少ない」
「へえ、すごいんだ」
「だけど、亡霊というのは死にきれずにいる連中だとばかり思っていた。
賢治の霊が迷ったままだなんて、信じられない」
「霊というのは亡霊だけじゃないんだよ。偉大な人とか有名な人は、みんなの心の奥の方で
その人の思い出がひとつにより合わさる。それが霊を生む下地になる。
霊は人間の思いによって育ち、やがて実在感のある霊になるんだ。
家族の誰かがなくなると、家族のみんながその人を恋しがるよね。
その思いが家族の心の奥の方で育って霊になる場合もある。
だから霊というのは迷っている人ばかりじゃない」
「そんな難しいことって、おとうに聞いたのか?」
「違うよ、お師匠に習ったんだ」玄太はてれ笑いした。
「人間たちは霊界についてごく一部を知っているだけだし、それも自分たちが見たいように脚色して、
そうだと思い込んでいるんだって」
「彼はまた来てくれるんだろうか?」「そだね。石に惹かれてまたくるよ」
「<雨ニモ負ケズ>はほんとうに彼が書いたかを訊いてみたい」ぼくはいった。6-19-1
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<子天狗玄太> 藍銅鉱を拝見したい、と宮沢賢治がいった  09:48
マグノリア
マグノリア
<子天狗玄太> 
「宮沢賢治? 亡霊なの?」ぼくが訊く、ゲンタが「うん」とうなずく。
「とにかく入ってもらおう」ぼくは電源を切ってある自動ドアを手動であけた。
「なかに入れてもらってもよろしいでしょうか?」彼は訊く。「ああ、どうぞ」ぼくはいう。
たしかに伝記の印象ほどではないが出っ歯だ。
宮沢賢治は無類の鉱物好き。彼の物語にはシロウトには見当もつかないような鉱物名がちりばめられている。
石ヤなんだから彼の詩集は読んでおかなくてはと『春と修羅』を開いた。
感銘は大きかった。結局文庫の宮沢賢治全集を全部読んだ。
「お持ちであるなら藍銅鉱を拝見したい」彼は言う。
「ランドウコウ?」ぼくは言い、「ああ、アズライトね、たくさんありますよ」
標本類がいれてある多段式のケースからアズライト、マラカイトを入れてある箱を引き出す。
両者は同じ成分、アズライトの硫化が進むと、緑色に発色してマラカイトになる。
「手にしてもよろしいですか?」「ええ、どうぞ」
鶏卵より一回り小さいアズライトを手に眼に近付けて見入る。
彼は突然に「ほっほっ、ほーっ」と叫んで、飛び上がり、空中で2回転した。
「いやいや、じ、じつに素晴らしい」彼は言った。
「霧が融けたのでした。太陽は磨きたての藍銅鉱のそらに液体のようにゆらめいてかかり、
融けのこりの霧はまぶしく蝋のように谷のあちこちに澱みます」と自作の詩をよんだ。
「<マグノリアの木>ですかね」ぼくはいう。
「ほっーほ、わたくしの作品をご存じですか」「ええ、有名です」
「そうですか、有名ですか」彼は嬉しそうに笑った。
 帰らなくてはならないのだと、彼はていねいに別れの挨拶をして、自動ドアの前に立った。
ドアは開かない。ぼくは手動でドアを開いた。彼はふかぶかとお辞儀して背中をむけた。
 4-19-3(マグノリアの花。木蓮と泰山木の違いがわからない)
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<子天狗玄太> 玄太と店にいると宮沢賢治がやってきた  10:00
エレスチャル
<子天狗玄太> 
子天狗玄太は鉱物少年だった。そんなところがうちを訪ねてくるようになった理由と思う。
訪ねてくるたびにというわけではないけれど、おりにふれて話題になりそうな鉱物標本を彼にみせた。
玄太は嬉嬉として見入り、天然自然の色彩が地下の暗闇で形づくられることを不思議がるのだった。
ときには鉱物の組成について話して聞かせることもあった。玄太の色彩や形に関する感覚は鋭く、
鉱物にかんして彼は教え甲斐のある生徒だった。
定休日を選んで彼を自分の店に連れていったこともある。
店にはふたりのスタッフがいて、通常は彼女たちが店を切り盛りし、
ぼくは週に1日か2日顔を出せばすむことにしてある。接客して利潤を追及するよりも、
山の家にいて木々を眺めていたほうがはるかに性にあっている。
店は吉祥寺の駅から井の頭通りを7、8分久我山方面に歩いて1本奥まった通りにある。
閑静な商店街の雑居ビルの1階、20畳ほどの広さ。
3方の壁をアンティーク風のブックシェルやショーケース、手作りの棚で囲って、
中央に大きめのテーブルがふたつある。そこに水晶クラスターやエレスチャル、ヒマラヤ水晶、
アメシストなどの水晶類、ガーネット、トルマリン、カルサイト、などなどが
カトマンズの露店市よろしく展示してあって、ブレスレット、ネックレス、ペンダントなど、
20〜30代の男女がちょっと気張れば買えそうなアクセサリー類が
ショーケースからあふれんばかりになっている。
鉱物好きの子供たちにとって興奮度はディズニーランドに勝る。
電車のなかの玄太は緊張していた。玄太の隣には着物姿の中年女性が座り、わずかだが香水が匂った。
それが彼を落ち着かなくさせているらしかった。
「おいら電車にのるのは初めてだ、こういうのって初めてだ」彼は小声でいった。
店に着くと彼のテンションはいっきょにあがり、「おお、ガーネットがこんなにいっぱい、
このトルマリンはとてもみごとな色合いだ、それにこの水晶ったら腹をくすぐってくる、などと、
賛嘆の声がやまない。そのうちゲンタは入り口をみて眼をすがめた。
「ねえ、ねえ、おじさん、ミヤザワケンジという人が店にはいってもいいかと訊いている」と言った。
「ミヤザワケンジ? まじで?」「そだよ、ほらっ」
自動ドアの向こうに黒いウールの重そうなコートを着て、大正時代風の黒い帽子をかぶった男が立っていた。
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続・意識は開きだされ畳み込まれて輪廻していく  11:32
五色玉
カルサイト
<物質世界の開き出し>つづき。 
神秘思想的にはふたつの世界がある。日常世界・物質世界・現象世界がこちら側。
精神世界風にいう真如の世界・究極の実在・精神宇宙が向こう側。此岸と彼岸はこの概念にやや近い。
霊界は話の都合で向こう側に属していたり、こちら側にあったりする。
こちら側は向こう側から開きだされてくる。こちら側は向こう側に畳みこまれていく。
古代の概念では、この世をあの世の映し鏡と見立てたり、
あるいは向こう側ではじまる気配がこちら側の現実となるというふうに想像してきた。
開き出しと畳み込みは物理学者のデビット・ボームが提案した概念の受け売りだが、
両者を比喩するのに都合がいい。
向こう側とこちら側の対比は、パワーという概念に興味をだく人々にとってはとても重要だ。
これを理解しておかないと迷子になる。精神世界の迷子は餓鬼草紙に描かれた餓鬼のようなもので、
迷っていることに気付かず、ひとつの橋の上で右往左往するだけの人生を送らなくてはならない。


<物質世界の開き出し>
こちら側の日常世界、世界はかくしかじかであると思い込んでいる観念の世界が崩壊、ないし終結すると、
世界は結束を解かれて、意味を失い形を失っていく。
「地・水・火・風・空」の5元素でいうなら、人間の側の意識(因縁にもとづく)が
5元素とからみあうことで、その人にとっての物質世界は実体化し、意味や価値をもつが、
意識が5元素から離れることで物質世界は崩壊して、向こう側へと畳みこまれていく。
この考え方は東洋の神秘主義者たちが「解脱」や「悟り」とよぶ神秘的体験が、
いかにして起きるか理論付ける基礎になった。
こちら側の出来事はこちら側に執着して暮らす人々にとってはハードでリアルな現実であっても、
神秘主義的観点からは、人間の側の思い込みによって形成された夢の劇場のようなもので、
こちら側の世界を畳み込むことに成功するなら、迷妄が解かれる、真如が忽然と明らかになる。
「悟り」が一気に開示されると、そういう按配だった。
ヨーガ的にはサーンキヤ思想が、大乗仏教では唯識が、この道筋のマップを作ってきた。
孫悟空を従えた玄奘三蔵はこの知識を求めてインドに度立った。
(花が蕾から開きだされるように世界は5元素から開きだされてくる)


<物質世界の開き出し> 
現実世界は自分の思い込みによって、かくあるように存在を整えているという考え方は
科学的思考にマッチしない。西欧起源の合理主義の世界観では、
個人の思惑とはかかわりなく現実世界は存在すると考えて、現実世界を理解するために科学は発達してきた。
人は四苦八苦しながらも現実世界に適応するよう努めなくてはならない。
そして自分が死んでもこの世はつつがなく存続していく。
けれどインド思想で問題になるのは、あくまで個人にとっての世界と自分との関係だ。
とくに求道者(ヨーギやヨーギニ)においては、自分にとって世界はどのようにあるかだけが重要だった。
世界がかくかくしかじかであるのは、自分がそのように思っているからであって、
自分の死と同時に、この世は崩壊して意味を失う。
駅前の交差点に立って駅に背を向けるとき、東洋思想では背を向けた途端に駅は霧散すると考える。
新たに開きだされてきた風景と引きかえに、駅周辺の風景は畳みこまれていく。
(小難しい話と思うけれど精神世界の基礎知識だから)    2017/1
| 日本翡翠情報センター | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
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