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<古玩・古玉器> 中華の黄河文明よりさらに古い古代中国玉器文明  10:50
玉器
<古玩・古玉器・1> 
年に1、2回香港に通っていた時代があった。ジュエリーショーで仕入れしたり、
天然石製品制作会社の事務所を回ったりした。
やがて香港から特急で2時間あまり、中国の広州に足を伸ばすようになった。
広州はミャンマーから船で運んできた翡翠の集積地として発展した町で、世界で一番大きな
翡翠市場がある。そうやって古い時代の玉器(ぎょっき)に魅せられた。
香港と広州の屋台のような店で買えるのは古代の玉器を模したレプリカだが、
それらのひとつひとつに古代のデザインが生きていて、「古玩」の制作年代は新しくても、
玉器を通して古代のスピリットに触れられた。
集まってきた玉器は未整理のまま長く標本ケースにいれっぱなしなっていた。


玉器
<古玩・古玉器・2> 
中華4千年という文明のモノサシは黄河流域に殷(商)という古代文明が起きてからの年月をいう。
漢民族は「中華」は黄河中流域の麦栽培文化を指すと信じていて、
長江下流域や北方の内モンゴル、新疆ウイグル自治区は中華の範疇にないし、
中国で夏・殷・周より古い文明があったことを認めたがらない。
長江下流域では7千年より前に水田稲作が始まり、5500年前あたりには良渚文明という、
相当に高度な文明が栄えた。モンゴルで起きた紅山文明は良渚よりもっと古い。
しかもこのふたつの古代文明で、後の中国を決定づけた玉器の制作が始まった。
日本では勾玉を最後に玉器を愛好する文化は途絶えてしまったが、
中国では以後、一時たりともたゆむことなく、おびただしい量の天然石製品が作られつづけてきた。
うちではそのごく一部の見本が古玩コレクションとして標本ケースに入れてある。
(縄文の管玉と紅山文明のそれとは同じルーツらしい)7-20-1 065


玉器
<古玩・古玉器・3> 
聖徳太子の時代あたりからずーっと、日本人は中国文化をあがめてきた。見苦しいほどの勢いだった。
なのに玉器は日本で流行しなかった。こちらも見苦しいほどの中華思想のもと、
中国の王朝が出し惜しみしたのではないかと疑っている。王朝専属だった玉器の職人が、
日本に亡命したり渡来してくることもなかったんだろう。
玉(ぎょく)という言葉のみをありがたがって、実物を知らなかったというのは不思議なことだ。
写真のような中央に穴が貫通した管状ビーズは、文献をみるとロク(王ヘンに勒と書く)とある。
古代中国では腰まで届く大掛かりなネックレスが作られ、こうした4〜5cmの管玉が間に通された。
7-20-1 307 309 314 318 316

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<美人生霊アイス・11> 夢見の練習   10:13
ふたつの石ころ
■<美人生霊アイス・11> 夢見の練習 
(6月19日のつづき)
厳密にいえば夢見は眠ってみる夢と同じではない。催眠誘導に似ている。
任意の風景や事物を夢想する。テレビで見る風景と同じように映像を見られるようになったら、
そこへと入っていく。明晰夢のリアリティと同じほど夢見にもリアリティがなくてはならない。
ここでのリアリティに比べたら日常生活の現実感はお湯割りしたワインのようなもの
といっても差し支えない。
夢見をして、崖を瞑想すると、峠を超える曲がりくねった道が見えてきた。
頂上近くに見晴らし台があった。背後は石窟寺院の遺跡で、鉄柵で囲われたなかに、
密教初期の三尊形式の石仏がほぼ無傷で残っていた。人の背丈の倍ほどの砂岩質の仏像で、
中央が釈迦如来、右に金剛菩薩、左が蓮花菩薩、唇の端をあげた笑みに婉然としたものがあった。
車が方向転換できそうなほどの見晴らし台の端には崖すれすれに勇壮な枝振りのジャカランタが
1本あるきりで、手摺もガードレールもなかった。
200メートルだか300メートルだか崖の深さを目測するのは難しい。
眼下には樹木の少ない荒野がひろがり、石造りの村落を望遠できた。
雲ががなげかける楕円形をした影が2つ3つ左から右へ大地の上を這っていた。
影は輪郭がくっきりしていて太陽が型紙を切り抜いて遊んでいるかのようだった。
サルスベリの花を藤紫に染めなおしたかのようなジャカランタの花を見上げて、
幹を片手で抱くようにして崖の端に立った。セミがうるさいほど鳴いていて、
耳の回りでサラサラとした音の編み物が織られていた。
こうした夢見を何度か繰り返してから、夢見のなかへとアイスを招いた。
アイスはぼくに憑いた。鳩時計のハトをふたつ胸に納めたような按配だった。
ジャカランタの崖に立って飛び下りることを考えると胃が縮んだ。
どうしても生きていたいわけではない。この星に未練があるわけでもない。
けれど死にたいわけでもない。ここから墜落するのはさぞ痛いだろう。痛いのは嫌だ。
そんなことを思った。
夢見のてほどきをしてくれたのは茜だった。トカゲの仙人の好意あってのことだった。
「もう飛んでも大丈夫と思うよ。いざとなったら、わたしが全力で山本さんを支える。
飛ぶのになれているし」」その日いっしょに崖の縁に立ったときアイスが言った。
こんなに恐ろしいことをしなくてもいいのではないかと思った。
どうしても御神体水晶を見たいわけではない。やっぱり怖いから、御神体探しは別の日にすると
アイスに言えばこの話はこれで終わりになる。
そう思った途端に足下が崩れた。ばらばらと足下の地面がなくなっていった。
ジャカランダの木が傾いで腕から離れた。右足が空を踏み、叫び声をあげたかあげないうちに
身体が虚空を落ちていった。何か触れるものがあってそれにしがみついた。
意識が消えてゆく感覚のなかでそれがアイスの手であることがわかった。

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<鉄鉱石のイロハ> 磁鉄鉱・黄鉄鉱・褐鉄鉱、その2  10:12
パイライト
<鉄鉱石のイロハ> 
マグネタイト(磁鉄鉱)は化学組成がFeFe2 O4(鉄+鉄+酸素)、
ヘマタイト(赤鉄鉱)はFe2 O3(鉄+酸素)、両者が酸化鉄であることがわかる。
高温で酸素を分離させれば還元されて鉄が取れる道理だ。
酸素を硫黄と置き換えるとFeS2となって、鉱物名がパイライト(黄鉄鉱)。
山師初心者が金と間違えやすい色合いをしているので「アホの金」とよばれたという。
低品位のパイライトのなかには硫黄分が硫酸化したものがあって、
紙箱に保存すると紙箱がボロボロになる。
趣味の範囲ではパイライトは火打ち石になる。乾燥させた苔や、灸に使うモグサを用意して、
パイライトとメノウやジャスパーを叩き合わせて飛んだ火花を受ける。
大急ぎでもぐさに火を移すことで、火が起こせる。
パイライトの中にはエッジの鋭い直方体のものがある。
まるで工業製品のようで不思議なことこの上ない。
写真はキュービック・パイライト(直方体結晶) 3-20-2、


リモナイト
<鉄鉱石のイロハ> 
褐鉄鉱(リモナイト)は鉱物学的には針鉄鉱(ゲーサイト)や鱗鉄鉱(レピドクロサイト)の
集合体という。組成は酸化鉄に水酸基が加わった形。
褐鉄鉱のなかには、鉄分を代謝するバクテリアがつくるものもあることに、大きな関心がある。
このバクテリアはエネルギー生成に用いた残りの鉄分で自分の外殻を作る。
ひとつひとつは細菌サイズでもたくさんが積もれば目に見える形になる。
植物の根の回りに筒状に発達したり、泥を囲むようにボール状に発達したり、
ときにはオブジェのような構造物となる。
筒状のものは高師小僧(主要産地の愛知県豊橋市高師ケ原に由来する)と呼ばれ、
ボール状のものは、鳴る石、鈴石、壺石という。
これらの多くは産地で天然記念物扱いされている。
鳴る石の内部の粘土は漢方では「禹余糧」とよばれ、万病に効く鉱物薬とされてきた。
岐阜県土岐市近辺で採れる壺石は、小石が接合されて礫岩状になっている。
どろどろの粘土のなかで長年月かけて褐鉄鉱が発達すると、
人為的な構造物のような形状になるものもある。写真は高師小僧、6-20-1


リモナイト
<鉄鉱石のイロハ> 
褐鉄鉱はどこにでもある。油膜が浮いたように見える沼や、
もっと身近では古くなった水道管の中で、いまも生産されている。
褐鉄鉱は陶器の原料に含まれてもいる。
褐鉄鉱を含む黄赤色の粘土を古くは「はに(埴)・はにゅう(埴生)」とよんできた。
埴輪(はにわ)の埴で、埴生の宿は、元来は埴生の土間、板張りの床のない堀っ建て小屋をいった。
それが転じて貧しい家を意味するようになった。
褐鉄鉱は低温でも灼熱させられる。赤く灼熱したものを鍛練すれば、
たたら製鉄よりはるかに低温で鉄器を作れるという意見もあるが、
考古学の本流からは無視されている。
鉄はさびやすいので、遺跡が残りにくいということがあるようだ。
鉄がいつから日本で製鉄されるようになったか、
どのような方法で製鉄されたかは不明の部分が多いようだ。
人間だってアパタイトを主成分に骨を作るからそんなに驚くことはないのだが、
バクテリアたちがひっそりと鉱物を作っているというのは、自分流に魅力的な風景と思っている。
写真は泥を囲んで発達した褐鉄鉱。
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<鉄鉱石のイロハ> 磁鉄鉱・赤鉄鉱・黄鉄鉱、その1  11:28
マグネタイト
<鉄鉱石のイロハ> 
先日のヒヒイロガネついでに鉄鉱石の話。鉄の歴史に興味を抱いて、
他の一つは生物が鉱物を作るバイオ・ミネラルへの関心もあって、
マグネタイト(磁鉄鉱)・ヘマタイト(赤鉄鉱)・パイライト(黄鉄鉱)・リモナイト(褐鉄鉱)
などの標本を集めてきた。でもこれらの鉱物は背景の物語を知っていないと、
薄汚くて重いだけで、おもしろくもなんともない。
鉄は地表のどこにでもあって、たとえば近くの公園の砂場に磁石を持っていけば
容易に砂鉄を採集できる。磁石に付く鉄は磁性を帯びていて磁鉄鉱とよばれている。
(通常の黄鉄鉱や赤鉄鉱は磁石を引き寄せない)。
地殻深くでマグマがゆっくりと冷え固まって火成岩ができる。
磁鉄鉱は火成岩に含まれていて、これら岩石が風化して砂になるとき、磁鉄鉱は砂鉄になる。
鉄は比重が重いので川の蛇行や海流のせいで一か所に集められやすい。
地質学的な時間のなかで砂鉄が岩に戻っていくということもあるんだろう。
写真はひとまず磁鉄鉱の結晶。黄鉄鉱が六面体になるのに対して磁鉄鉱はピラミッドを上下に
重ねた形、スピネルと同様の8面体になる。ヘマタイトの結晶はアイアンローズとよんで
花弁状に発達することがある。鉱物ではちょっとの違いが大きな差になる。


天鉄(餅鉄)
<鉄鉱石のイロハ> 
日本の鉄の歴史は、自国で鉄を生産できるようになって以来、ずーっと砂鉄が中心で、
鉄鉱石からの製鉄は例外的存在だった。江戸時代にタタラという足踏み式のフイゴが発明されて、
製鉄はタタラ吹き一辺倒になった。
明治維新を契機に南蛮式の製鉄技術が入ってきて、岩塊状の磁鉄鉱や他の鉄鉱石も
使用されるようになった。磁鉄鉱の鉱脈が崩れて、鉱石が川流れしたものを餅鉄とよんでいる。
川で擦られて丸まり、形状や肌合いが丸めた餅に似るからという。
前述したように同じものが新疆ウイグル自治区でも採集されていて天鉄という。
川は長い年月の間に流路を変える。もとの河原や川底が荒野になる。
そうした場所に転がっている餅鉄は、見た目も重さも隕石に酷似している。
違いは切断して比べればわかる。
以前に天鉄を数十キロ購入して、これで勾玉を作ったら凄いだろうと、
香港の制作会社に制作を依頼した。古びた大根みたいにスがたくさん入っていて、
これでは大きな勾玉はカットできないと教えられて、計画が頓挫した事がある。
天鉄はパワーストーンとしては大きな価値がある。
写真は新疆ウイグル自治区の天鉄。6-20-1


ヘマタイト
<鉄鉱石のイロハ> 
ヘマタイト生成の由来を知ると、人に一生があるように地球にも星としての一生がある
ことがわかって感激してしまう。マグネタイト(磁鉄鉱)はおもにマグマに由来するが、
ヘマタイト(赤鉄鉱)は海水中に溶けていた鉄分(鉄イオン)に由来する。
おおまかに二十数億年前、地球は酸素の少ない惑星で、酸素呼吸する生物は皆無だった。
そこに炭酸ガスを吸って酸素を出すシアノバクテリア(藍藻類)という微生物が現われた。
何億年もかけてこのバクテリアは増殖に増殖を重ねて、地球を酸素の多い惑星に変えていった。
海水中の鉄イオンは酸化された。水より重い酸化鉄は海底に積もり、渚に打ち寄せられて、
ヘマタイトの地層を形成していった。
シアノバクテリアは、人類進化の引き金になったのと、人類に鉄を与えたのと、
二重の意味で人類の恩人だ。この微生物は粘液を出す性質があって、
海岸や遠浅の海で砂をからめとって塚を作る。鉱物愛好家にはストロマトライトの名で知られている。
写真はヘマタイト繊維状結晶 6-20-1

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<美人生霊アイス・10> 一緒に御神体を探しに  09:42
紅山文明
■<美人生霊アイス・10> 一緒に御神体を探しに 
(6月8日のつづき)
「二人でいくことについて彼女は何か言っていなかった?」「やっぱりね」
「えっ?」 「この話を山本さんにすると、彼も行きたがるだろう、とおっしゃっていたわ。
山本さんはまるっきりの水晶フリークだから。
そうしたら男を捨てて女にしがみつけば行けるっていいなさい。これってダキニの秘法だって」
「そんなことをいったの」
「あの人は男の見栄が捨てられない。女は男を連れて飛ぶ、そのことがわかっていながら
、女にしがみつけないの。いっしょに旅に出ればちょうどいい修行になるわ、だそうです。
どういうこと?」 (以下7行校正中)
「それで彼女とは親しいの?」「アカネさんのこと?」「ええ」
「幾らかは。だけど、いっしょに行くには、自分も幽体離脱しなきゃいけないってことだよね」
「その答えも聞いているわ。夢見をして崖から飛ぶとおっしゃっていた。どういうこと?」
「アカネさんとのこと?」「いえ、夢見の話」
「ああ、夢見ってのは、なるべくありありと特定の景色や場所、人を瞑想のうちに見ることをいう。
仙人たちはそこに梯子をかけて夢見した景色に入っていくんだ。
梯子ってのは比喩で、紐で結ぶといってもいい。呼吸法をして意識を変性させることでそうできる。
話には聞いているけれど、自分ではやったことがない」
「幽体離脱に似ている」
「そうだね、訪ねる場所を意図して幽体離脱するということかな。
仙人やアカネさんたちと交流できるといっても、向うから来る信号を受けるだけだから、
彼らが何もいってこない以上、自分でトライするしかない。
つまりは修行しなくちゃならないということで、これは大変なことだ」
かつて塩山の近くには一抱えもあるほどに大きな水晶を御神体とする神社があったという、
それは盗難されていまはない。昇仙峡の奥には水晶球を御神体とする神社がある。
アイスの話はそういう即物的なものではなく、霊的な世界での象徴的な何かなんだろう。
御神体水晶を探す旅は、オオクニヌシがスサノウを訪ねて黄泉の国にくだったような、
霊界への旅ということなんだろう。アカネさんが知っているということは、
彼女は見たことがあるということで、帰ってこれたわけだから、帰ってこられるんだろう。
(写真は夢見の世界の霊鳥)
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<石にパワーを見るのつづき> 6/08−09 2020   10:13
ペルー産水晶
★ 6/08 <石にパワーを見るのつづき> 
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」と言って、 「なんだ、枯れススキか、驚くじゃないか」と、
現実世界に戻ってくるのが世俗の人々の日常の在り方。
そうではなくて、幽霊が見える見方のなかに入っていく方法があって、
シャーマンはこれを積極的に活用して向こう側に入っていく。
向こう側というのは日常的意識が変性して霊的世界に感応できるような世界の見え方のことで、
そこではパワーがあからさまに息づいている。
相手が亡霊であれば、そんなものと付き合ってもしようがない。逆恨みされたら迷惑だ。
「私はあなたの相手をしない」とくっきりと断ったほうがいい。でもそれが天使や精霊だったら、
眼を貸し耳を貸す価値はある。仏、神といった存在をしっかりと味わえたりもする。
スピリチュアルな世界とどう付き合っていくかは修行を要することがらで、
自分にあった修行体系を選ぶことも肝要だ。
石たちにパワーを読む、石たちのけがれなさを心の支えにする、
そういうところから始めるなら「魔」に対して自分をプロテクトできていく。
 6-20-1(ペルー産水晶 128mm, 490g)


美姑水晶
★ 6/06<今朝の水晶クラスター> 
四川省美姑(びこ)(スーチョワン・メイグー)はヒマラヤ文化圏といっていいほど、
チベット系の人々が多い。この土地の水晶クラスターはアメシスト風の柱面のないものが多く、
いろいろな内包物を見てとれる。このクラスターを手にしたときには「何に、これ?」と目を見張った。
写真ではわかりづらいが、針状部分は水晶に内包されている。
黒色点状のものの多くは水晶表面にしっかりと付着している。
小さなムシピンを刺したようにみえるが、水晶は豆腐やチーズではないので、
そういうことは起こりえない。
地下の熱水中で水晶は析出する。地下水の中を漂うルチルや角閃石などの針状鉱物を、
成育途上の水晶が取り込むことで、内包物入りの水晶になる。
この水晶はこうした段階を経た後で、水晶の表面にでた針状鉱物の頭を種に、さらに結晶が成長したらしい。
ムシピンを刺したような、極細の釘を打ち込んだような水晶というものを始めて見た。6-20-1 065


勾玉
★ 6/09<勾玉100物語追加> 
「みあれ」は神の顕現。雨が天から降るように、稲妻が地表へと走るように、
天から川に降りた神を勾玉に受けて岩座に運ぶ。そのようにわしらは年ごとに神をお迎えしてきた。
と老婆はいった。神をお迎えして一夜妻となるのがわしら巫女の勤めだった
(一夜妻は性的意味合いに特化しない)。
写真の勾玉は、青森の海岸で採集された花柄模様の流紋岩。マグマが凝結するとき、
温度差によって石英、長石あたりが花状に結晶したものであるらしい。青森在住の工芸家の作品。
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<石の名前> 黒翡翠、糸魚川翡翠、ヒヒイロガネ  09:40
黒翡翠
<石の名前> 
店では客が買ってくれそうな品を目立つ場所に置いて、いかにすごくても売れなさそうな品は
目立たない場所に置かざるをえなかった。わかる人だけにわかればいいという製品だってある。
この黒翡翠もそうした部類にあって、途中から引き上げて倉庫での自分の観賞用とした。
見るたびに惚れ惚れとしてしまう、神宿る石のひとつと思っている。
このミャンマー産黒翡翠は窓を明けた部分に強いペンライトをあてると、
透明濃緑色が縁(へり)に見えるので、オンファサイトの一種と思っている。
ミャンマー産のローカンヒスイの濃緑色はおもにオンファサイトの色味で、
ジェダイト対オンファサイト比率で後者がまされば、このごろはジェダイトと鑑別されないようだ。
そのうち、こういうのを探していたという人がでてくるかもしれない。
9.24kg、240x130x120mm、¥900,000。  本−7


日本翡翠
<石の名前> 
日本翡翠を扱いはじめた当初は原石の入手に難儀した。
糸魚川は未知の土地で、加工に適した原石の入手は難しく、
原石ごとに異なる質感や色合い、肌触りに慣れるのに時間と経験が必要だった。
写真は当時購入した原石のうちでは最大のもので、重量26.55kg、寸法は約460x250x150mmある。
加工のために香港に航空郵便で原石を送るには、一箱30kg以下にしなくてはならない。
これを超えると民間の運送会社を使っての船便になって、面倒な手間が増える。
この原石は加工しそびれたまま持ち越している。
勾玉やビーズを作るのであれば、この原石から4kgほどの製品ができる。
とても大ざっぱに8mm玉ブレスで約200本分。
糸魚川産ヒスイとしては色や透明度が平均的なタイプ。いくらか青味があって、
勾玉などを作ると原石より多少色合いが濃くなる。
ひょっとしたらトンを超える原石から割り取ったようで、
クラックが少ないので加工するにはありがたい。5-20-2


天鉄
<石の名前> 
「ヒヒイロガネの勾玉」と聞いて、ドキリッとする人は相当なオカルトファンと思う。
オカルト風古代史ファンには名前をよく知られた「竹内文書(もんじょ)」という文献がある。
世俗の歴史からは偽書の扱いを受けているが、心霊ファンには支持者も多い。
以前興味があって何冊かの資料が書架に眠っている。
世界の中心は日本だったとか、ユダヤと日本人は同じ祖先、キリストは日本で死んだ、
などということが述べられている。
この「竹内文書」に超古代の貴金属としてヒヒイロガネという金属が登場する。
これを酒井勝軍という明治のオカルティストが、ヒヒイロガネは東北産の餅鉄であると発表した。
餅鉄は河流れの磁鉄鉱で石ころ状で産出する
。同じ組成の鉄鉱石が中国の新疆ウイグル自治区では、天鉄として知られている。
昔河原だったところがいまは荒野になり、そこにあたかも隕石が落下したかのように
餅鉄が散乱しているためだ。天鉄は隕石ではなく餅鉄であり、餅鉄はヒヒイロガネという論理で、
天鉄勾玉は別名をヒヒイロガネとよんでも問題はない。
鉄の歴史に大きな興味があって、集めておいた餅鉄=天鉄がまぶしく光っている。 5-20-2
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石にパワーを見る・勾玉に神祖や霊の宿りをみる  11:21
美姑水晶
<石にパワーを見る>
勾玉に神・祖霊の宿りをみる。超自然的なパワー「気」を感じる。さらには、石や樹木にパワーを感じる。
この感性は意識の進化史から見れば、霊や神の発見より古い。
日本では気配といい、あるいはモノノケ(物の気)という。
山の姿、谷の響き、大樹の陰、そういったところにパワーのうねりのようなものがある。
人間でいえば、力持ちの男とそうでない男、性欲の強い男と淡泊な男、狩りの上手な男とへたな男、
などなどがいて、格差はそれぞれの方向性のパワーの強弱ということになる。
パワーの強いモノを持てば、パワーは自分の身体に憑いて(付着して、またはしみこんで)、
自分をパワーアップできた。こうした感じることのできる「力」は、後に人格化されて、
祖霊や精霊が生まれ、神々へと発展していった。
パワーを人格化したのは人間の意識活動ゆえのことで、神々を想像・創造したのも、
人類ということになる(潜在意識下のイメージは外側に投射されて実体化する)。
こんにちの人類学ではアニミズム以前の、パワー重視の世界観を
プレアニミズムとかアニマティズムとよぶようだ。
天然石にパワーを感じたり、読んだりする感性は、人類の意識の構造からすれば、
だいぶ深いところに位置している。これらを呼びさますことで、
人は生き生きと生きる実感を深めることができる、そうでなければ干からびてしまう。


<石にパワーを見るのつづき> 
潜在意識下のイメージは外側に投射されて実体化する。という深層心理学の考え方は、
仏教哲学の唯識やヒンドゥーの神秘思想サーンキヤ哲学に通底する。
体操ヨーガを含むヨーガ体系はサーンキヤをバックボーンとする。
たとえば心の活動を泉に例えてみる。泉の底でふつふつとわきでる清水がたまって湖(みずうみ)になる。
余った分は川となって湖から出て行く。そのように水が循環するなら、湖の水は澱みもせず、腐りもしない。
同じように心のパワーも澱まず、腐敗せず、枯れないのであれば、人は元気でいられる。
心の深層にはパワーや神々、祖霊を実体として感じる意識の層がある。
それを迷信であり、非科学的だからといって蓋をしてしまうと、心のパワーは循環できず、
生気を失って枯れてしまう。自分のまわりの人たちをチェックして、みすぼらしく衰えている人とか、
生気のない人とか、空威張りしているが空っぽの人とか、分類していくと、そういうことがわかる。
なかにはそんなに裕福でもなく、社会的地位があるわけでもない、なのに老いても若々しくて
元気そうに見えるという人もいよう。6-20-1


<石にパワーを見るのつづき> 
このfbでは年中天然石のパワーを見るとか感じるということを話題にしている。
「潜在意識下のイメージは外側に投射されて実体化する。という深層心理学の考え方」というのは、
使い古されたたとえで、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」というのがある。
月夜の晩に、道端に幽霊が立っていてドキッとする。顔から血の気が引いて足がわななく。
我にかえると幽霊と思い込んでいたのは枯れススキ。
あえて解説すれば、自分では意識できない識域下の潜在意識(無意識ともいうが意識がないわけではない)
が枯れススキのシルエットに幽霊を連想して、そのイメージを枯れススキに投射したから、
そこに幽霊が現われたということになる。
同じように父親や母親も、自分の内的イメージを現実の父親や母親に重ねるから、
敬愛したり憎悪したりの自分だけの父親・母親像となる。
それは客観的な姿ではなく、自分の潜在意識が彼・彼女はそういう存在だと思い込んだから、
その思い込みに従って、父・母がかくあるように見える。
ことほどさように世の中のことことごとくが、自分の思い込みにしたがってかくあるように見え、
それを真実と思い込んでいるから、私たちは、あちらやこちらに囚われた日々を、
窮屈な思いをして過ごしている、というふうに古代インドの思想家たちはいいつのってきた。
握り拳より大きな水晶クラスターを、水道水で洗い、
自分の思い込み(カルマ)もいっしょに流れていくと想像すると、とてもさっぱりとする。6-20-1
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<読書記録>『意識の進化史』『「悟り体験」を読む』他1冊  10:32
水晶クラスター
小難しい本を3冊。世俗の価値観が嘘っぽく見えるとか、自分は世の中に合っていない、
というように感じる人たちのうちの、ひとりかふたりに役立てばいい。

<読書記録>
『意識の進化史 上』(エーリッヒ・ノイマン、林道義訳、紀伊國屋書店、1984)を緊張しまくって読んだ。
これらユング心理学関係の本は少し気を許すと、なにについて書かれていたのかわからなくなってしまう。
往々にしてこうした心理学関係の本は言葉が多すぎると思う。
象徴は心の奥の方に垂れていく釣針で多くのことを釣り上げてくる。
だから人は象徴を研究するつもりで象徴にもてあそばれる。
内からわいてくる言葉の洪水がとめられなくなるんだろう。
 表紙の折り返しに「本書について」のコピーがあって、以下のように書かれている。
グランドキャニヨンから奈落の底をのぞくように興味ふかい。
「世界中の神話には多くの共通のパターンがある。天地創造から原両親の分離に到る創造神話、
英雄の誕生から母殺し・父殺し、宝物や女性の獲得を経て、再生と変容に到る英雄神話である。
ユングは、神話を、人類に共通の集合的無意識がイメージの形で意識に現れたものと考えたが、
本書で著者ノイマンは、個人の自我意識が人類の歩んできた意識発達の元型的諸段階をさかのぼるという
雄大な仮説をもとに、その軌跡を神話の中に探る。
母子未分化のカオスの状態から、意識が広大な無意識の海に出現し、
さまざまな危険と試練をへて自らを主張し、ついには無意識を統合して過程が、
創造神話、英雄神話のなかに見事に表現されているというのである。さらには、
このような分析を通して逆に、神話の象徴的意味に関してもユニークな解釈を提供する」


<読書記録>
『「悟り体験」を読む・大乗仏教で覚醒した人々』(大竹晋、新潮選書、2020)。
江戸時代から昭和にかけてのおもに日本の坊さんの「悟り体験」が集成されている。
日本の僧侶は時代劇みたいな衣装を着て、偉そうにしているだけと思っていたが、
そうではない人もいることがわかって、とてもよかった。
はじめのうちはうさんくさく感じたが、すぐさまおもしろくなって、
いろいろな人の悟り体験を網羅してもらえたのがありがたかった。
曹洞宗では「悟り」に重きをおかない僧侶がいる、などという記事には、思い切り驚いた。
息子に僧職を継がせるだけだから印可はジェスチャーで済む。道元がよみがえるとして、
昨今の葬式仏教に遭遇したら、憤死してしまうに違いない。
悟りを脳生理学的に見るなら、座禅や公案が脳へのストレスになって、
ついには脳が機能停止したがって、ドーパミンが過剰に分泌されるということなんだろう。
この覚醒&歓喜&恍惚体験は体験者によって脚色され言語化される。
だから悟り体験談は、体験者の体験の受け止め方や、知性、品格、知識、理解力、
言語センスによるところが大きいと、思っている。
それに悟り体験は、体験者の霊性や高尚さ、徳の高さ、道徳倫理観とはあまり関係がない。
悟ったからといって高僧になれるわけでもない。けれどやっぱり悟り体験は宗教的真理に近付き、
それを体現する入り口と思っている。


 <読書記録> 
『ゲルク版チベット死者の書』(ヤンチェン・ガロ選述、ロサン・ガンワン講義、平岡宏一訳、
学研、1994)。もとのタイトルを『基本の三身の構造をよく明らかにする燈明』という。
ニンマ派の『死者の書』にあやかって、『ゲルク版チベット死者の書』となっている。
3年ほどまえに一読したとき、自分が死んでいく過程をリハーサルしているようで、
ほんとうに死んでしまうような気がして、直視したくない気分になった。
美人生霊アイスとの会話で、チベット仏教で説明される死にゆくプロセスについての項を入れようと
思い立って再読した。〈死の光明〉や〈幻身〉という概念は非常に興味深くはあっても、
400字2−3枚でアイス向けにまとめるのは、できそうにない。
世界は自分の思い込みによってかくあるように見えている。死によってこれが解体していく。
意識の畳み込みが完了すれば、原初の光明が戻ってくる。それが〈死の光明〉で、
ここにおいて意識と〈気〉だけを構成要素とする〈幻身〉が誕生する場合がある。
〈幻身〉はヨーガの微細身に似ている。こういうことをサーンキヤや密教的考え方に慣れていない人に
説明するのは、ぼくがパソコン関連の説明書を読むのと同じほどチンプンカンプンと思う。

| 日本翡翠情報センター | comments(0) | - | posted by YK
<石の名前> 国産黒翡翠、グリーンクォーツ、水晶特大ポイント 11:31
水晶クラスタ
<石の名前> 
糸魚川産の黒翡翠。4.0kg、165x120x120mm、¥230,000一面を切断された跡があって、
原形がどのようだったか想像するしかない。目立つ石めがなく、全体を山に見立てて、
頂上付近に小さなトカゲか蜘蛛をレリーフするなら、相当に凄い製品になると思っていた。
彫像を彫りだすのはもったいない気がする。不動明王のレリーフも捨てがたい。
そんなふうに考えて大事にしてきた。
こういうのを見たことがない人が多いだろうから、撮影してHPなどに掲載しようと思った。
水辺に運んで岩場におくと、急に波が荒れた。
川の精霊ミズチが、おれにも見せろと水面(みなも)を押しわけて出てきたようだった。5-20-2


グリーンクォーツ
<石の名前> 
なにか話をしようとすると、遠い昔のことになってしまう。
昔の年寄りが囲炉裏端で孫に昔話を語るのに似ている。
このグリーンクォーツがうちにやってきたのも、そういう昔に属している。
かれこれ二十数年前、石ヤ業界に幾人ものパキスタン人ディーラーが活躍していた時期があった。
このグリーンクォーツはそのうちの一人の事務所で見初めた。
ずーっと欲しかった。けれど買っても売れる見込みがなかった。
結局は意を決して買い取って、以来うちにいる。
クラスターに長石が随伴していて、乱立したポイントの上の方に緑
色のインクルージョンがある。この色合いはクローライトではない、フクサイトでもないようだ。
関連本に近似のものがクロム由来とでていたので、あるいはそうかもしれない。
石たちは向き合わないと存在感をあらわにしない。
玄関近くに置いてあっても常日頃は素通りしてしまう。けれどいったん焦点があうと、
大きな石ならではの大きな物語を聞かせてくれる。300x300x130mm、16.11kg ¥600,000 4-20-4


ヒマラヤ水晶
<石の名前> 
昔々、雑誌のマインドパワー増刊号だったか、マインドパワーの達人になると、
願うだけで、遠くの女友だちが突然訪ねてきてパンツを脱ぐ、
などと原稿を書いてオオウケしたことがあった。
数十年も以前の話で、オカルト系雑誌ファンには 「夕鶴」願望があることに気付いた次第だった。
石の場合は、マインドパワーの達人でなくても、近似のことがしばしば起きる。
欲しいと思っていると、それを買える程度のお金がやってくる、
そうやって、特別リッチではなかったけれど、あれも欲しい、これも欲しいで、
いろいろな原石が集まってきた。なかには突然、うちの近所の海岸で採れた石といって
ダンボール箱一箱のメノウが送られてきたこともあった。
石が石を呼ぶというのはウソではなくて、そのように信じて石たちに接すると、
そのうちたくさんの石たちが集まってくる。写真のパキスタン産ヒマラヤ水晶は長さ50cmほど、
重量約30kgの特大サイズ(¥1350,000)だが、この水晶もそうやってうちに来た。
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