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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 7/25−27 2020 10:04
美姑水晶美
★ 7/25<読書記録> 
夢想のなかのトカゲの仙人は、若かったころ熊野に籠って、滅罪の修行をした。
熊野の補陀落山寺の開基と伝えられる裸形上人の霊示を得て「光の身体」体験をする。
裸形上人は素っ裸のインド人ヨーギで、ジャイナ教徒とする通説とはちがって、
彼はシヴァ派の行者だったと思っている。
観音信仰は大乗仏教がシヴァ神信仰と習合してできたようなところがある。
そうすれば熊野の観音信仰と話があう。
そういう筋書きに尾ひれを付ける参考になればと思って、
『熊野三山7つの謎』(高野澄、祥伝社、1998)を一読した。民俗学者や歴史学者が書く
熊野の関連本と違って、本書は初心者向けのガイドブックのようなもので、読みやすかった。
何冊かの山岳信仰や熊野について書かれた本を読んできた。
10人の作家がいると、10通りの熊野があるというのがおもしろい。
奈良京都が都だった時代、吉野は死の領域に属していた。
日本的アニミズムのもとでは、人々は死んで吉野に行き、都に再生してきた。
熊野は吉野よりさらに南にある。ここは三途の川の向こうの彼岸より、さらに奥まった闇の世界で、
「光」は闇から生まれて生きているものたちに活力を与えた。そういうことであるらしい。


★ 7/26<過ぎてゆく日々のこと> 
客注の製品を発送するために山の家に行ってきた。どういうわけだかカレンダーは4連休。
観光シーズンのいまは、土日祝日の夕方に下山するバスは観光客で超過密。
それを嫌って2泊して昼のバスで帰ってきた。その間にトカゲに乗った仙人のことを考えた。
山の家にはPCを置いていない。半引退の身ではスマホの必要がないので持っていない。
ここでは外との窓口はイエデンしかなく、テレビはニュースをチラミする程度で、
たくさんの時間がある。
夢想のなかのトカゲの仙人はうちの近所のお山のどこかで、
弓月というメギツネを相方に暮らしている。
彼は霊薬・仙人薬の原料である辰砂(丹生)中毒で、うちの辰砂コレクションに魅了されている。
センニンが若かったころ、彼は熊野で修行したという。行き掛かり上、
生身の身体で補陀落渡海することになって捨身(しゃしん)し損ねた。
補陀落渡海は海の彼方にある観音浄土補陀落に向かって、棺桶のような小船に乗って
死出の旅にでることをいう。熊野では那智の滝から飛び下りたり、
焼身入定するなどの捨身(しゃしん)があって、補陀落渡海もその一手段だった。
彼らにとっては浄土に再誕することが究極の目標だった。


★ 7/27<過ぎてゆく日々のこと> 
小さな子供が夢想の友だちを作る。かれらは大人たちがいう現実世界と想像との区別が付かない。
サンタクロースがリアルなのと同じように夢想の友だちも、頭の中ではリアルな存在で、
話しかければ応えてくれる。
大人になって無意識のうちにそういうことが起きると、相手は守護霊とよばれたりする、
まれには宇宙の知性体の場合もある。スピリチュアルな世界ではかつての偉人をグルとして招くと、
道を歩いていく手助けをしてくれる。
そんなふうで高尾のお山ではトカゲに乗った仙人なる存在を捏造して、
彼の来歴作りを楽しんでいる。わからないところがあると、いろいろ調べなければならないので、
けっこう知的な遊びとなっている。
(仙人遊びも密教の瞑想も石を愛でるのも同じこと)(美姑産水晶)

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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 7/11 2020 09:03
モリアオガエル
★ 7/11<過ぎてゆく日々のこと>
今年もモリアオガエルが庭の水道の汚水溜めに卵を産んでいった。
泡立てた卵白のような白いソフトボール大の塊に、
「オールウエイズ カミングホーム」という気分だが、
ここで育ったカエルがまた戻ってくるんだろうか? 
カエル頭のような貧弱な脳でどうやって生まれた場所を記憶するんだろう? 
何年か前にカエルツボカビ病というカエルの伝染病が流行ったことがある。
新聞には日本列島のカエルが絶滅する、などと書いてあった。
その後2、3年は汚水溜めへの産卵はなかった。
モリアオガエルの間では、産卵に適した水場地図というのが、
遺伝子に印刷されているみたいでとても不思議なことと思っている。7-20-1


辰砂
★ 7/11<過ぎてゆく日々のこと> 
宇宙の塵(ちり)が凝集して鉱物になった。拡散して花になった。だから鉱物と花は同じだ。
そういうふうにいうことができる。
鉱物の余剰が花(植物)になり、植物の余剰が動物になり、
動物の余剰が人間になったという意見もある。
(写真はとびっきりの辰砂結晶 50mm/31g)7-20-1


古玩
★ 7/12<過ぎてゆく日々のこと> 
昔から中国ではきれいな石を使ってたくさんの彫像が作られてきた。
親指大から卵サイズのものには決まって紐を通せる穴があけてある。
江戸時代の日本人が印籠やキセルを腰に下げたように、
石の彫像も腰にさげるアクセサリーだったらしい。
日本にいて古墳出土の勾玉の入手が難しいように、
玉(ぎょく)製品のアンティークものは高価だし、気安く入手できない。
でも近年に作られたものなら、香港や中国の翡翠市場や夜店をまわると、
ほどよい値段で購入できる。
古代の意匠や美意識を学んで、自分のなかの古代を耕す、またとない教材と思っている。
こうしたアイテムはジービーズなどと同様、それが自分の手元にあることが重要で、
アンティークかレプリカかを問うのはさほど重要ではない。 7-20-1 0202 0207  0165

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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 7/05−08 2020  10:00
カルサイト
★ 7/05<過ぎてゆく日々のこと>  
昨日も一昨日(おととい)も曇り空、小雨が降ったりやんだり、今年の天候は真面目に梅雨している。
マスクをしての外出がうっとうしくて、結局は自閉して日が過ぎてゆく。
毎日通勤しなくてはならない人たちはほんとうに気の毒だ。
気分が自閉してしまうと、買い物意欲も減衰して、衣服を買おうという気にはさらさらならず、
書店への足も遠のいて、近所のスーパーマーケットに行くのも面倒になる。
いつかまた街にでて旧友たちと食事する機会が来るのだろうかと思ってみる。
気分がネガティブなときは未来も暗くなる。いまの不運が永遠につづくように思えてしまう。
梅雨が終われば夏が来るように、少し我慢していれば、
そのうちマスクなしで暮らせる日がくるのだろう。


カルサイト
★ 7/07<過ぎてゆく日々のこと> 
ちょっとした言葉遊び。さなえ(早苗)、さゆり (小百合)、さおとめ(早乙女)、
さにわ(斎庭、審神者)、さみだれ(五月雨)、さくら(桜)、さゆ(白湯)、さたろう(佐太郎)、
など「さ」のつく単語がある。幾つかの漢字は無理やり当て字したかのようでぎこちない。
ここでの「さ」には清らか、けがれがない、幼い、聖別したというような意味がある。
「さにわ」は神社がなかった時代、神を降ろした場所、
そこにひかえて神託を解釈した者も「さにわ」とよぶようになった。だから漢字は当て字だ。
五月雨は旧暦5月、梅雨の雨で「みだれ」は水垂れだったという。 
「さくら」のくらは蔵・鞍で宿る場所、稲魂の宿る場所だった。
「太郎」は長男に付ける名前で「さ」を付けたのは若々しく元気であるよう願っての名前なんだろう。
万葉集以前の時代、「さ」は向こう側から開きだされてきたばかりのパワーの若々しさをいったと思う。


アラゴナイト
★ 7/08<過ぎてゆく日々のこと> 
弱い風が吹いて小雨が降っている。雨は止んだかと思うと急に雨脚を強める。
息苦しいほどに蒸し暑さが雨脚と比例するかのように強まる。
どこかで同じようにしてモンスーンだか梅雨の雨を見ていた。
雨に魅入ると死の安逸さが顔をだす。
長い間死ぬのが怖いと思ってきた。自分が消えてしまう感触が恐ろしかった。
自分という存在が全否定されてしまうようで堪え難かったのだろう。
それでも、雨を眺めて味わう死の安逸さには心安らぐものがあった。
若かったころ、どこでこうやって雨を見ていたのか、
思いだそうとしているのだけれど思い出せない。
ひとつの土地で1回だけの記憶ではなく、いろいろな土地で同じように雨を見て、
同じ感慨に浸ったのかもしれない。
長く生きてきたんだよ、ぼくは物語の登場人物に向かって言う。そうね、彼女は言ってほほえむ。
(写真はいろいろな種類のカルサイト&アラゴナイト)

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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 6/27−7/01 2020   15:35
モリアオガエル
★ 6/27<過ぎてゆく日々のこと> 
昼は鈴を鳴らすように鳴くカジカの声が美しい。
夜になると木を打ち付けあう楽器のようなカエルの声が窓から入ってくる。
声の主は何者なのか、懐中電灯を持って庭の木立ちのなかを探した。
ツツジの枝に吸着盤のような足指をひろげた緑色のカエルがいた。
ガマガエルよりは小さくアマガエルよりは大きい。
懐中電灯で正面きって照らしてもたじろがない。カメラを持って戻ってきても同じ場所にいた。
写真を検索して奴がモリアオガエルと判明した。本棚の片隅のフィギュアのモリアオガエルは
背中に斑模様がなかったが、ネットには斑模様のものも紹介されていた。
今年も庭の水道の汚水溜めにお菓子の淡雪のような卵を産むんだろう。〆G撮影した本物モリアオガエル、去年の卵、フィギュア。6-20-2、6-19-1


隕石ノナイフ
★ 6/29<過ぎていった時代の話> 
世界中の国がみんな門戸を閉ざしてしまった。こんなことは明治維新以来一度もなかった。
日本の政府は外人観光客を増やすよう策を練り、観光地では民泊やら名所の開発に力を注いだ。
それが全部水泡に帰した。どういう時代なんだろうと思う。
旅行してきた国や都市が思い浮かぶ。そこでの都市は女性風人格をおびているのが不思議だ。
だからぼくらは都市に恋をしているという。
東京には50年暮らしていても愛着はなく思い入れもない。
長めの旅行から戻っても、帰ってきたという感慨を抱いたことがない。
でもこれがカトマンズとか、インドの都市、バリ島の町、アメリカ南西部のいくつかの町となると、
とても恋しく感じられるときがある。ほんとうはそんなことはないのだが、
イメージのなかの都市は女のように腕を広げ、柔らかな胸に旅人を抱きとめてくれる。
そうやってダージリンやマドウライ、ウティ、などのインドの町を懐かしむ。
(写真は隕石のナイフのブレード部分)


隕石ノナイフ
★ 7/01<鉄鉱石のイロハのつづき> 
机横のレターケースに十数年来いれたままになっている細身の切り出しがある。
墨流しのような模様がナイフの全面に浮かんでいて、
自分好みの比喩では全身に刺青(いれずみ)したマオリ族の戦士を彷彿とさせる。
こうした模様の入った刀剣はマニアの間ではダマスカス鋼の名で知られている。
けれどこのナイフはただのダマスカス鋼ではない。
特殊性は、鉄隕石の一種ギベオンメテオライトが練り込まれていることにあって、
その比率は鋼鉄65%に対してギベオンメテオライト35%という。隕石を鍛えたナイフだ。
ダマスカス鋼は本来の名前をウーツ鋼といい、紀元前6世紀に南インドで開発され、
世界各地に輸出されるようになり、その後、
シリアのダマスカスで刀剣などが製造されるようになった。
たたら製鉄ではなく、るつぼによる製鉄という。
インドは古来、すぐれた製鉄技術を誇り、デリー郊外のクトゥブミナール(巨大な石造建築)の
庭に飾られた鉄の柱は1600年以上経ったいまもさびないとされている。
若かった頃この鉄の柱を見物にいったことがある。
ダマスカス鋼の刀剣は切れ味の鋭さで有名で、絹のハンカチを刃の上に落とすと、
ハンカチ自体の重みのゆえに半分に切れると伝説されてきた。6-20-2
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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 6/10−13 2020  09:32
いしころ
★ 6/10<過ぎてゆく日々のこと> 
蟻塚に何十万匹ものシロアリが暮らしている。不運なことに天敵に見つけられてしまう。
アリクイは毎日のようにやってきて、鋭い爪で塚を壊し、長い舌でアリをすくい取っていく。
アリクイに食われるアリにとっては一人ひとりがかけがえのない生命(いのち)だし、
食われて死んでいくのは苦しい。
群れているところが狙われやすいので、シロアリたちはなるべくばらばらになって暮らそうとする。
これを「新しい生活」という。穴蔵のような場所にたくさんの仲間が詰めかけて、
ポップスやジャズを聞いたり、蜜の味を堪能したり、肌触れ合う親密さを楽しんだりした、
そういう時代は戻ってこない。6-20-1(天然石ノジュール)


グリーンバーダイト
★ 6/11<過ぎてゆく日々のこと> 
「まれびと」という美しい言葉がある。稀(まれ)な人で、滅多に会えない人。
民俗学者の折口信夫によって学問的な用語になった。
海の彼方に常世(とこよ)の島がある。死者が集う国であり、神々が住まう国でもある。
ここでの神々は宗教の進化史では神の前段階なのだが、神ということにしておこう。
神は年に一度か二度、海を渡って人間たちの世界にやってくる。彼らがまれびとだ。
まれびとは村人に寄生する悪霊をこらしめ、村人を祝福して返っていく。
まれびと=神が顕現するのが 「みあれ」。
ひとつのイメージでは彼らは海竜のように海を渡ってきて河口から川に入る。
巫女がそれを受け止めて、村の聖域に鎮座する岩座(いわくら)に安置する。
岩が神の依り代(よりしろ)になる。
巫女はまれびとの一夜妻として、夜伽(よとぎ)をするように想像されているが、
そうではなくて、彼女は食事を勧めたり夜具を敷く接待役だ。
まれびとを迎え入れることもあっただろう。
日本に仏教が伝来したとき、最初の出家は女性だったが、
彼女たちは仏像に宿る外来の神の世話役だった。それに似ている。
そんなことを思いながら、勾玉を清流に浸した。
水に入れた途端に勾玉がピチッと跳ねたように感じられた。
6-20-1(グリーンバーダイト大勾玉)


水晶クラスタ
★ 6/13 <石たちの沐浴> 
窓辺に飾った水晶クラスターが何も語りかけてこなくなるときがある。
水晶クラスターが疲れているように感じられる、あるいは枯れたように。
神宿る石とあがめている翡翠原石が、道端にころがっている普通の石ころになってしまうときもある。
こんなときは水道の蛇口の下にクラスターや原石を持っていって石を洗う。
石を沐浴させるといったほうが似つかわしい。
石たちがちょっとばかり身震いして、ああ気持ちがいいという。
とてもせいせいしたという表情を浮かべる。
石に気持ちを重ねるなら、沐浴する原石やクラスターといっしょに自分の気持ちも洗われて、
すがすがしく、癒されていくのがわかる。
その「自分が癒されていく」という感じを忘れないようにする。
自分という殻を脱いで、解放される味わいをしっかりと評価するなら、
いまよりもっと豊かな意識の状態があることがわかってくる。そうやって人は脱皮していく。
(HP「水晶クラスター」に新着製品を15点掲載しました)。6-20-1  0344 0344 0377
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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 5/31−6/10 2020 17:24
テッポウユリ
★ 5/31<過ぎてゆく日々のこと> 
トイレの壁に「歳時記カレンダー」というのが掛けてある。
絵日記風の出来栄えで今月は頭のほうにシャガの花の挿絵があり、「胡蝶花」と書いてある。
なんでシャガを胡蝶花というんだろう? それに胡蝶ってどんな蝶かと辞書を引いたり検索したりした。
胡蝶花はシャガ(射干)の別名であり、胡蝶は蝶の別名とあった。
シャガは美しい花だがちょっと寂しく隠微なところがある。
谷筋の日当たりのわるい斜面に群生しているのを見ると、隠微さゆえに幾分かは官能的に見える。
蝶は蝶のままでは標本箱に虫ピンでさされた姿を連想しがちだが、胡蝶などとあらたまっていわれると、
「胡」が異国を意味しているからなのか、異世界からの侵入者であり、死の国からの使者の様相を帯びる。
そうやって胡蝶から江戸時代に編み笠姿で遊行した鳥追い女が化生(けしょう)してくる。
彼女らは古い時代に、神社から追われた巫女(霊媒)の系譜に属していて、
熊野比丘尼やクグツ女、遊女(あそびめ)など女性芸能の流れのうちにいる。
神妻(かみづま)だった時代の記憶をひきずる胡蝶のように美しく哀しい人たちと思っている。


テッポウユリ
★ 6/03<過ぎてゆく日々のこと> 
ベランダの鉄砲百合が今年も蕾をふくらませ、首をさげるようになった。
うちのベランダは正しくはルーフバルコニーというのだが書くのに長すぎる。
それに自分イメージではシバの女王の時代の空中庭園・ハンギングガーデンを思い出してしまう。
園芸に関しては何も知らず、何も学ぼうとしない、
闇雲にプランターに球根を植え、肥料を与えているだけ。
植物の言い分もわからないので、彼らはもっと石灰分をよこせとか、
これじゃあ密すぎると言っているのかもしれない。
神霊であれば、言い分があるなら夢で教えて、と言えるんだが、草たちは静かなままだ。
こんなにいいかげんにしてあるのに、それでもそれぞれが一斉に花を咲かせる。
鉄砲百合のラッパ型した白い花を見ると、比喩などしないで、ああ、ほんとうに美しいと思う。


ヤモリ
★ 6/10<過ぎてゆく日々のこと> 
体長5センチあるかなしかのヤモリが山の家の玄関先に張りついていた。
向きを変えてくれるようしばし待ったが、微動だにしなかった。
声をかけるならたちどころに消え入りそうで、ただ見守るばかり。
子供のころは家の納屋に付けた街灯に何匹かのヤモリが夜毎に群れて、鳴いていた。
以来彼らはぼくのトーテムのようで、バリ島やインドの田舎でヤモリを見かけると、
それだけで幸せな気分になれた。
失われた幼児体験の回復が人生の癒しになるということなんだろうか? 
大きな力にすっぽりと抱かれて安穏としていられた時期がだれにもあった。6-20-1

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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 5/22−27 2020  10:02
糸魚川産翡翠原石
★ 5/22<過ぎてゆく日々のこと> 
ホトトギスのこえに目覚める。あの声は聞き覚えがある。
何だったんだろうと、さしてあてにならない記憶を探る。そうか、ホトトギス! と気付く。
昔の人たちはぼくらが想像できないほど静かな世界に暮らしていた。
イヤホンで音楽を聞く人たちを見るなら、間違いなく狂気と思ったことだろう。
あるいは神の声を聞いていると。
インドの西の外れに、ロータルというインダス文明の遺跡がある。40年ほど前、そこを訪ねた。
3日に1本の列車、駅前にはタクシーもリキシャもいない、近所の農家の牛車で現地に運んでもらった。
あたり一面貧相な綿花畑で、背景雑音のない土地だった。人気(ひとけ)のない遺跡に、
餌を啄んで地面を離れるカラスの羽音がワサワサと響いた。
太鼓を打つように大きな羽音だった(以来すっかりとカラスを尊敬している)。
初夏にホトトギスの声を聞いた昔の人たちもそうだったんだろう。しじまを破って響く声をきいて、
彼らは初夏の緑のむせるほどのパワーの強さをそれに重ねた。


★ 5/23<過ぎてゆく日々のこと> 
ちょっと糸魚川へ行って、人に会ったり、行きたい場所に行ったりしたいけれど、
疫病パニックで外出するな、人に会うなと言われて、行くのをはばかられる。
まずそんなことはないだろうけれど、自分がウイルスのキャリヤーの可能性皆無でもない。
喫緊の急用とか、会社の命運を賭けた商談というのではないし、元来が出無精なので、
糸魚川へ行きたいなあと思っているだけで、当分の間は行きはしないだろう。
古墳時代には鏡、剣の模造品や子持ち勾玉を滑石・蝋石など軟らかい石で作って神々への供物とした。
私見では七夕の笹飾りのように、榊にこれらを飾り付けた(椿も当時は榊だったようだ)。
その原料が糸魚川市近郊のどこかに露頭しているという。
同じく古墳時代には緑色凝灰岩で多数の管玉を作った。
主要産地は石川・福井県にあるが、糸魚川市近辺でも原石が採集されたと思っている。
もう、何年も前からこれらを探しに行きたいと思いながら年月が経っている。
考えてみたら石ヤは人類初の商人で、日本列島に限ってみても、壱岐島や長野和田峠、神津島、十勝から
列島各地へ黒曜石を運んだ人たちがいた。彼らはぼくらの自慢すべきご先祖だ。


★ 5/27<過ぎてゆく日々のこと> 
若かった日のインド、いまになってふいに記憶がよみがえる。映像は脳の裏側や額の内側に見える。
そこではリキシャが生活費稼ぎに連れていく宝石店がぼくのオアシスだった。
冷房が効いている、きれいなモノをいっぱい見られる、チャイやサモンサが無料で付いてくる。
彼らは頓服薬さながらに小分けした紙包からムーンストーン、ガーネット、サファイアなどのルースを
ざらざらと出す。なんだかんだと理屈をつけて買いはしないが、美しさに目を見張る。
宝石商というのはきれいで楽しい商売だと思った。
当時のインド人は昨今よりも人懐っこいところがあって、
ビジネス・マインドがなんたるかを彼らから教えられた。
それに旅行中は自分もすっかりとインド人と同じつもりでいる。この気楽さが、石ヤになって、
インド人やパキスタン人、中国人とつきあうのに役立ったと思っている。
西欧のデイーラーのなかには、旅行の途中で出会った旅人たちと同じ匂いの連中がいて、
彼らと再会するようだった。
写真は糸魚川産日本翡翠(糸魚川ヒスイ)原石


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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 5/17−20 2020  10:18
クロヒスイ
★ 5/17<過ぎてゆく日々のこと> 
頭の中に「夏」が侵入してくる。頭の中を夏色に染めていく。
頭の中に大洋が広がり水平線を越えて、さらに遠くへと意識が運ばれていく。
今年もそういう季節になって、抱きしめたいほどにいとおしい気持ちで山の緑を見る。
知人がメールしてきて、朝はトラツグミの声で目覚める、とても気持ちがいい、と書いてあった。
トラツグミは神話時代には「ヌエ」とよんだらしい。
日本神話のオオクニヌシの求婚譚では、彼は越(こし)のヌナカワヒメによばいして、
板戸を開けてくれと夜通し乞い願う。
男が女のもとに通う母系社会的な通い婚で、当時は最初の夜を女が拒むのが風習であったらしい。
彼女は彼を部屋に通してやらない。
「もう夜が明けてしまうではないか、緑の山にはヌエがなき、野にはキジがないている。
いっそのこと鳥どもを殺して夜がつづけと願おうか」オオクニヌシ(=ヤチホコ・八千矛)はいう。
性行為が魂の交換・交歓を意味していた時代の話だ。


★ 5/20<過ぎてゆく日々のこと>(ヌエのつづき) 
『古事記』の時代の人たちがトラツグミをヌエと呼んだかどうか、ほんとうのところはよくわからない。
解説書にそう書いてあるから、そうかと思っているだけで、
「ヌエ」は平安時代になると妖怪変化してキメラ型の怪獣になる。
彼(彼女と思う)は『平家物語』などに登場し、猿の顔、狸の胴体、虎の手足、尾は蛇の四つ足の妖怪で、
トラツグミに似た声で鳴くという。
何代目かの天皇の御所で毎晩のように黒煙がたち、ヌエの不気味な鳴き声が響き渡った。
源頼政とかいう弓の達人が鳴き声の方向に弓を射ると、地を裂くような悲鳴がして、
以後ヌエの声は聞こえなくなったという。
鳥のヌエからモノノケのヌエが連想されたとしたら、鳥っぽくないのが不可解だが、
今とは違って、人口が少なく、都会の背景雑音がなかった時代だから、
夜の暗さはモノノケたちにとって活動しやすかったし、ちょっとの騒音がしじまを破るに十分だった。


★ 5/20<過ぎてゆく日々のこと> 
とても好きだった村や町がある。2つはインドでカジュラホとダージリン。
ウティやカンニャクマリ、マドウライという土地も思い浮かぶ。それにネパールのカトマンドゥ。
思い出すだけでいとおしさが胸にひろがる。
育った土地は、息苦しくて窮屈だったから出てきたわけで、いまもって微塵の愛着もない。
旅行の途中で滞在した町がぼくにとっての故郷のようなもので、
いま、疫病パニックのもとで、それらの土地がどうなっているかを想像すると、
地球の全部が病いに苦悩しているそのことが重い現実になる。
みんながマスクを外して、飛行機に乗って、遠くの土地へ旅行できた時代は、
遠くの惑星での出来事のようで、ふたたびそういうことができるようになるのかどうか、おぼつかない。
自分のことよりも息子たちの未来をおもんばかる。
彼らが過去の負担に苦しまないようにと願うばかりだ。(写真はミャンマー産黒翡翠勾玉57mm)
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<過ぎてゆく日々のこと> 決心をうながす石、エレスチャル木肌模様 10:48
エレスチャル
★ 5/14<決心をうながす石> 
いろいろ迷って決心したけれど、その決心もぐらついて、頭がグチャグチャになってしまうことは
さほど珍しくない。「決心をうながす石」は、これがそういう石なんだというふうに自分で決める。
自分意見ではてのひらに握れるくらいの水晶ポイントか、35mmほどの水晶球、
好みによってエレスチャルがいいと思っている。
個人での旅行は毎日が決断の連続になる。
何泊かして明日はホテルを出るという日、次の目的地はひとつしか選べない。
日々の決心もそういうのに似ている。
小さなことでは夕食のメニューとか、大きなことでは自分の進路とか、
選んだら振り返らない、反省しない、他者に賛同を求めないことが要点だ。
「決心をうながす石」を選んだら、石のイメージ、石の力が自分の内側に満ちてくる様子を
想像して観察する(観想という)。「自分に満ちる」ということがわかるようになる。
「自分に満ちる」感じでいる自分を信頼すると、決心もあまり難しいものではなくなる。
たいがいのことは、どちらを選んでもさほどの違いはないこともわかってくる。


★ 5/14<決心をうながす石のつづき> 
「決心をうながす石」について考えると、決断に迷う要因のひとつに、
みんなからよく思われたい自分と、自分の思い通りにしたい自分とのギャップがあるように思う。
発想はユング心理学風だ。みんなからよく思われたい自分でいるためには、
いい子にしていなくてならず、素直な欲求のままにふるまいたい自分が抑圧され、犠牲になっていく。
ほんとうは違うのだけれど、自分の欲望のままにしていたい自分を
「あるがままの自分」とか「ほんとうの自分」と錯覚しやすい。
社会的自我と内的自我との間の軋轢が深まり、不満がこうじて、悩みが深まる、憂鬱さもましていく。
受け入れてくれそうな人によりかかりたくなる。
受けいれてもらえなかったり、拒否されると傷つく。
自己愛が幼稚な段階にとどまり、精神的に成長できなくなったりする。
日本神話では高天が原でのスサノウの暴走が連想される。
八股大蛇を退治し、お姫さま(アニマ)を得ることで自我が自立していく。
石たちを愛(め)でることで、社会的自我に支配されず、
内的自我にも振り回されない生き方みたいなのが、わかってくる


★ 5/14<石の名前> 
木肌模様の大型エレスチャル、250x220mm 、6.6kg、¥350,000。エレスチャルは決心をうながす石。
自分の足で大地にたつことを教える石。
若かったころの旅行では、ネパールのカトマンドウやインドのカジュラホで、
旅疲れしているヒッピー風の人たちをたくさん見た。
個人での長期間旅行は、次の目的地を選ぶことに疲れてしまいやすい。
何ごとであれ決断するのがおっくうになる。そうやって旅に疲れると精気を失って亡霊になる。
クニに帰ればいいようなものだが、もともとクニに居いづらくて旅行にでたんだから、
帰っても居場所があるわけではない。旅に呑まれずに、時間・空間を身体が流れていくのが
わかるようになるには、それなりのパワーが必要なんだろう。
そういうパワーに感じが似たものがエレスチャルなどの鉱物にある。
自分意識に固まった自分というか、そいうのを時折脱ぐようにする力を学べる。
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<過ぎてゆく日々のこと>アーチスト・コロニー、特大エレスチャル  10:14
エレスチャル
★ 5/11<過ぎてゆく日々のこと> 
小さな町の小さな画廊を巡りながら、個展を開いては絵を売って、
生計をたてているという男性に会ったことがある。
キャビネ・サイズのガラス絵が得意で、自分でも買える値段だった。
中年男性だったが、そういう生き方を選んだことを立派だと思った。
個展をやって自分の絵を並べるのは石ヤが店に天然石を展示するのと変わらない。
画家の場合は画商や、一昔前であるなら雑誌の編集者と出会える機会がある。
画商が自分の絵を育ててくれれば、やがて絵の値段が上がる。超シンデレラするなら、
レストランの小テーブルほどの大きさの絵に100万円の値がつくようになる。
日本の世事にうといが、海外ではそうやって有名になっていく画家がいる。
エミリー・カーメ・ウングワレー(要検索)というアボリジニの女性画家の画集を買って、
そんなことを思った。彼女の絵にはクラクラするほどのパワーがこめられていた。
パワーはポリネシアでは「マナ」という。沖縄のほうでは「セジ」というらしい。
パワーが宿る(付着した)ものが人を魅了する。


エレスチャル
★ 5/12<過ぎてゆく日々のこと> 
あちこちを旅行しているうちに、ギャラリー(画廊)を招致して観光客を集めている
観光地があることを知った。なかには町がアーチストの育成に力を入れて、
アーチストコロニー(芸術家集落)を運営するところもあった。
絵や彫刻や工芸品を自宅に飾るための、ギャラリー巡り目的の観光客を招こうという魂胆だ。
もとからの観光地でも、アートの町として有名になれば、質のいい客を呼べる。
たとえばアメリカ南西部サンタフェ近郊のタオス、インドの避暑地ダージリン、バリ島ウブド、
ハワイのマウイ島なんかが知っている土地柄だ。
アーチストタウンのプロデュースはとても魅力的な仕事に思えたが、
人付きあいが面倒な自分にはもとより向いていなくて、アイデアだけで終わっている。
鳥取県米子市とか日本翡翠の原産地糸魚川市などで、そういうのが始まるとおもしろい、と思っている。
ここではシャッター通りがギャラリー街に変わっていく。個性的なレストランや劇場もできるだろう。
民芸品ではないのが自分好みだ。
(ちなみにタオスはその後ニューエイジのメッカに発展していった) 5-20-2


エレスチャル
★ 5/10<石の名前> 
これは特大エレスチャルご神体大亀(オオガメ)。精神世界的事象では、
物体や形象をなにものかに見立てることによって、見立てたモノのパワーがより濃密に、
見立てられた物体に宿ることになる。
シンボルの精神的作用によるもので、ジンボルはシンプルで根源的であればあるほど、
心の奥の方から、原初的パワーをまとって立ち上がってくる。
たとえば亀は宇宙の開闢の土台であり、大地を支える力という元型的意味を持つ。
浦島太郎の海亀は、竜宮が常世(とこよ)や観音浄土の補陀落(ふだらく)へと
意味を拡大していくにつれて、より根源的パワー世界からの使者となる。
この特大エレスチャルは19.9kg、高さ約40cm、¥750,000。大きくて重い。
たとえば新興宗教の教祖みたいな人で、これのパワーを読むことができるなら、
教団を支えるパワーの土台として惚れこんでしまうに違いない。5-2-2 0144
| 過ぎてゆく日々のこと | comments(0) | - | posted by YK
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