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勾玉が栄えた時代の呪術的背景・その6■マウシッシ勾玉の写真 14:16
マウシッシ勾玉
昨日、山へ行ってマウシッシ勾玉の写真を撮ってきた。
渓流の水は冷たかった。土手にはイノシシが水を飲みに下った跡らしい
土崩れが幾つも残っていた。
この時期、山の家近くの人々との挨拶は「寒いねえ」の一言となる。
山では、バスを降りた途端に冷気が黒いチノパンの内側を這い登ってくる。
マウシッシの主要成分であるコスモクロアと翡翠の違いを説明しなくてはならない、
と思いながら、頭の中に居座る宮沢賢治を追い出すのが容易ではなくて遅れている。
ぼくの説明よりも、ホンモノのマウシッシに触れるほうが百倍も有意義と思ってもいる。


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向こう側が本物、こちら側の人間世界は向こう側の映し鏡とみるような感性の社会では、
「気・パワー」が存在の大本(おおもと)となり、現実世界のことごとくは、
幾種類かのパワーの糸が織りなす織物に浮かぶ図柄のようなものだと解釈される。
 
ここでは気は文化的な合意のもとに前物質的な実体として扱われていた。
それゆえにみんなが気に敏感になって、気持ちがいいとか、気色が悪い、
気構え、天気、などなどと 「気」に関連する言葉を日常的に使用した。

人々は現実的な欲望に執着しながらも、
その一方で現世の出来事をあきらめにも似た気持ちで受容した。

(宮沢賢治の時代あたりの人が始めて、科学の力をもってすれば旱魃など
自然の猛威に対抗できるという熱意を抱いた)。
 
パワーはあるかないかを問うものではなく、そこでは自明の理として存在していた。
感じ方に個人差はあっただろうが、パワーを扱う能力は、
茶碗や刀剣の鑑定眼のように訓練によって強化できるものでもあった。
 
勾玉を物実(ものざね・パワーオブジェクト)としてとうとんだ時代はそんな世界だった。
 
往時の世界ではあたりまえのことであっても、科学信仰と近代合理主義とによって、
そこから隔絶された私たちにとっては、パワーを感じるという行為は、
いささか練習を要することがらとなっている。
 
たとえば大きなホテルの立派なレストランで食事してウエイターやらレジ係に
うやうやしく扱われる自分を想像する。自分が偉くなったような気がしないだろうか? 
こういう感触はパワーオブジェクによってパワーアップされた感触に似ている。
 
そうやっていくらか変身した自分であるなら、
昨日は恐る恐るしかできなかったことを今日は平気でできるだろう。
昨日はためらっていた決心も今日は気軽にできるだろう。
 
立派で美しい勾玉からはそういうふうに自分をパワーアップする「気」が
放射されていると思って勾玉を眺める。
どことなくそういうような気がするのであれば、それを積極的に評価する。
 
そんなような気分になって眺めるだけで、心の内の古代は活性化され、
勾玉に秘められたパワーがあらわになる瞬間に立ち会える。
 
パワーを感じたら「感じられた!」で終わってしまわないで、
自分の内側に取り込む気構えも大事だ。
パワーを身体に受けて自分を染める、ないしそれが熟成・発酵していく様子を見守る。
より専門的には丹田に集めて「気」を練るのだが、練り方にも方法論がある。

熟成された気は、胸の宝瓶に収めて魂を磨くのに活用できるし、
手のひらから出して他者治療に用立てることもできる。

けれどそういうことを書いているといつまでもこの話をつづけなくてはならない。
ここで中断しようと思う。
 
あとは、勾玉がなぜ歴史から消えていったかについての話が残っていることになる。
| 日本翡翠・糸魚川翡翠勾玉(まがたま) | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
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