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まるで孤島にひとり、砂浜で落日を眺めているような■日本翡翠磨製石斧の写真 11:00
日本翡翠磨製石斧

写真は新着の日本翡翠磨製石斧(ませいせきふ)。30x20x8mm。
縄文時代の中ごろ、糸魚川近辺ではおもに蛇紋岩から磨製石斧が作られるようになり、
この技術を持ったご先祖が日本翡翠を発見したようだ。
出土する磨製石斧には写真の製品と同じほどに小さなものもあり、
お守りにされていたのではないかと想像してしまう。
磨製石斧には少数ながら翡翠製品が含まれていると、なにかの資料で読んだ記憶がある。
 
古い時代にはいろいろな地域で武器・道具がお守りにされた。
石斧は巨木を倒し、船をくりぬく。
目標を達成するためにパワーを与えてくれるお守りだったし、魔の襲撃を防ぐ護符だった。
(「今月の新製品」への掲載は2週間ほど後になります)。


まるで孤島にひとり、砂浜で落日を眺めているようだった。
静けさは腕の細胞のひとつひとつを縮小させた。
黒い鉱物に変じた海原の中央に夕日が投げかける黄金(こがね)色の橋が
水平線に向かって伸びていた。
 
シンシンと静まった世界のなかで、キンキンとした超高周波な音楽が鳴っていた。
向こう側の世界にすっぽりと入って、向こう側の粘り気のある空気を吸っていた。
もし腕を動かすなら、腕は1秒を百倍に拡大した「時」のなかで動いたことだろう。
 
視界の端から端まで水平線が伸びていて、その中央上空にギラギラした太陽があった。
海面をまっすぐに二分して黄金の橋がかかっていた。
黄金の橋は太陽につながる柱であり、天に延ばせば黄金の梯子になった。
 
そんな光景を思い出す。30年ほど前のバリ島での体験だった。
 
この風景と、いまの季節、コンクリートのアパートの通路や階段にころがる蝉のむくろとが結びつく。
 
いろいろな人たちが死についていろいろ考えてきた。
なのに確かなことはなにもわかっていない。
「死んだらどうなるのか?」という問いは宗教を生む原動力だった。
人類はこの問いを3万年ほど抱えてきたが、
いまもって人類に共通する公式の見解を持ちえないでいる。
だから、死についてはそれぞれの人が自分勝手なイメージを抱いてもなんら問題はない。
 
風船が割れる。風船の中にあった空気なりガスはただちに大気に混じり溶け込んでいく。
死とはそのようなものであろうと、SFを教師代わりに、
インド思想を栄養剤にして育ったぼくは思っている。
 
死んでいくぶんには蝉のむくろや、殺虫剤で処分されるアリたちと
人間との間に大きな差があるようにも思えない。
死んだらそれっきりで、誰もが、どのような生物であろうと「無」に帰っていく、
この視点はヒンドゥー教や仏教が説く究極の実在、
「空・くう」への合一と似ていなくもないと思えたりもする。
 
そこでバリ島で眺めた落日がよみがえる。それは永遠への啓示だった。
呪術師が死へと歩みだしていく門出でもあった。

「無」に帰すといっても、不安と恐怖と未練で心をいっぱいにして、
嫌だ嫌だと首をふりながら息絶えるのと、
黄金の橋を「究極の実在」へと向かってしっかりとした足取りで歩いて行くのとでは
天と地ほどの開きがある。雲と泥ほどの違いがある。
 
石やの立場でいうなら、石たちを愛するということは、無限の時と向きあい、
親しむことでもあって、その向こうに永遠につうじる黄金の橋があることを、
そこはかとなく感じることではないだろうかと思っている。
その地点において「生」の充足ということも見えてくる。
 
とにかくも、人は生きているんだから、
死んだあとよりも今が大事なのは決まりきっている。
今を生きるということの意味も石たちが教えてくれるだろう。

付記:この黄金の光の柱/梯子は小宇宙である人体に持ちこむと、
脊柱を昇るクンダリニーの光になる。
チベットの古伝では、生前にクンダリニーの光を体験したものは、
死後ただちに大いなる光明とひとつになれる。
つまりは輪廻の鎖から解放されるという。
このテーマこそが神秘思想の醍醐味となってきた。
| 日本翡翠(糸魚川翡翠、ヒスイ) | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
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