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翡翠とプレートテクトニクスのつづき■エクロジャイトの原石とブレスの写真 23:37
エクロジャイト原石とタンブル
エクロジャイト・ブレスレット
写真上はオンファサイト+ガーネットが主成分の鉱物、
ノルウエー産のエクロジャイトの原石とタンブル。
タンブルを見るとオンファサイトの緑色が翡翠原石の緑色と同じであることがわかる。
写真下はエクロジャイトの10ミリ玉ビーズのブレスレット¥5,500。
これらのビーズではガーネットが勝っているように見える。
 
プレートテクトニクスのつづきをしなくてはと気がせいでいた。
ブログを巻き戻すと前回は10月17日。
光陰矢の如し、ということで過ぎていく月日の早さに年中驚いている。

(気分では自分は200年くらい人間をやっているような気がしている。
すると1日はこれまでの人生の200年x365日分の1ということになって、
現在30歳の人の1日より、はるかに短い勘定になる。ゆえに光陰矢の如し)
 
地球の構造は卑近なところでは茹で卵に似ている。
黄身に相当するコア(核)があって、分厚い白身が取り巻くように、
地球では8割がたの分量のマントルがコアを内包している。
卵の殻は地殻に相当する。地殻は地面を掘って表層土が終わったところから始まる。
記憶では地殻の厚さは大陸で30−50km。海洋で約10kmほど。
 
コアの成分はおもには鉄とニッケルで、誕生時の余熱でいまもグラグラと煮えたっている。
マントルはコアからの熱と、わずかであるらしいのだがマントルに含まれる
放射性物質の核分裂による熱とで高温高圧状態にある。
 
マントルでは熱の対流が起き、熱の逃げ場所が必要になる。
しかし地殻でがっしりと蓋をされているのでままならない。
そこで茹で卵に似て地殻にひび割れを作ってそこから放熱する仕組みが生まれた。
かくして地殻はひび割れ模様となり、
マントルの表面に浮かぶ大小10数枚のプレート(板)となった。
厳密にはプレートはマントルの表層部分と地殻からなっているのだが、
そこらあたりははしょっておこう。
 
マントルの放熱場所である地殻の継ぎ目は海底火山帯となっていて海嶺とよばれている。
ここではマントルの熱エネルギーが溶岩をともなって吐きだされつづけている。
 
製鉄所で大きなローラーによって圧延され陸続と生産される鉄板を思いうかべる。
海洋地殻はそのようにして海嶺から生み出されつづけている。
けれど海底には限りがあって無限に地殻をおし広げていけない。
やがては大陸にぶつかってしまう。
 
こうして両者がぶつかる場所が、大地震のたびごとに話題になるブレート同士の境界で、
大陸プレートよりも軽い海洋プレートは、ここで大陸プレートに潜りこむようにして、
マントルに帰っていく。海洋プレートは地質学的時間のうちに再生されつづけている。
 
海洋プレートが大陸プレートと押しあって沈み込んでいくとき、
大洋を渡ってくる間に堆積した砂利や砂、微生物の遺体などからなる表層の岩石や
自分自身の地殻の一部を大陸プレートにはぎ取られるようにして、
大陸プレートに押しつけていく。
 
この部分を付加体という。付加体は大量の海水で冷やされた高圧低温地帯で、
ここでは大陸プレート由来のマントル物質+深層の地殻と、
海洋プレート由来の地殻+表層岩石などがグチャグチャに入り交じって、
固体でありながらも地質学的な時間で見れば、
ドロドロしたスープのような状態になっている。
 
翡翠が誕生したのは地下数十キロのこうした付加体であり、
日本列島もまた北陸など一部旧大陸の断片に順次接合されてきた付加体からなっている。
 
余談だが、海洋プレートと大陸プレートとの摩擦による熱で
大陸プレート側の深部の地殻は一部が溶かされてマグマになる。
ゆえにプレート境界に沿った陸地側では火山帯が発達する。
 
新潟・富山県境の糸魚川地方で、マントル由来の蛇紋岩や地殻の深層部分に由来する変成岩、
熱帯の珊瑚礁由来の石灰岩、マグマに起因する流紋岩(姫川薬石!)が
同じ場所にあるのもこうした理由による。
 
規模の違いはあまりに巨大で照合すること自体はばかられるが、
熱力学的にはコーヒーに落としたクリームが描く模様と似たようなことが
およそ40億年に渡って足下で起きてきたと思うと、
なんだか大地の秘密に触れる気がして気宇壮大な気分になれる。
| 日本翡翠情報センター | comments(2) | trackbacks(0) | posted by YK
Comment








たまたま、昨日書店さん回りの途中で郷土の本コーナーの隣の棚にあった本が気になりパラパラめくっていたら、同じ内容のことが書いてありました。おっ、シンクロしたって感じです(笑)

記紀に出て来る神話の中に、ヒスイではなかろうかと思われる玉が登場しますが、海神に纏わるもののようですので、ご先祖様たちの間では、ヒスイは海からもたらされるものとの認識だったのではと時々思います。ますます、私説「ヒスイとヒトは、宮崎海岸で出会った」ものとの思い入れが深さを増しております。

以前ヒスイ研究をされていた方から聞いた話ですが、ヒスイの中のほんの数パーセントにはいのちを宿しているものがあるのだとか。私には理解できないし、証明する方法も分からないのですが。

それは大陸の名残がある旧越国と旧出雲国の辺りの大陸と海洋プレートがせめぎあう接点に生まれるヒスイゆえに、生命の創造とも直結するパワーのようなものを内包しているとの見解でした。
ご先祖様たちの頃は、多分今よりも遥かに大自然の動きやパワーを直接感じ取る感覚は鋭かったでしょうし、大地から誕生した生きたヒスイと直接接触することで、よりその感覚が研ぎ澄まされたのではないかと想像しております。だから、海岸に立てば様々に転がっている石ころの中からヒスイを拾い出して、祭祀の際に活用していたのではないかと考えております。

私にとってヒスイはいろんな視点からいろんなことを考えるきっかけを与えてくれる不思議な石です!
posted by 真 | 2011/11/10 12:33 PM |
イノチを宿している翡翠があるって・・・・・

われを忘れて「石を見る」行為に入ってしまうと、
石たちが生きているとクッキリと感じられるということでしょうね。
それをきっかけにさらに奥にはいっていくと、
「自由」がキラキラと輝くところに行けると思います。

記紀を書いた時代の人たちは具体的に「翡翠」というものを
知らなかったようです。
正倉院の遺物に白い翡翠で作った囲碁の玉があるのですが、
それも翡翠と認識されていなかったようです。
この時代の「玉(たま)」は道教の影響で超自然力を宿した
玉(ぎょく)だったようです。
律令制の時代になって、人々は現代人並に堕落したかも?
posted by YK | 2011/11/10 6:38 PM |
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