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良寛関連の本を読んでいる ■日本翡翠大型大珠の写真 23:43
日本翡翠大型大珠
写真は新着の日本翡翠大型大珠。圧砕翡翠の一種のようで、
濃緑色と白がまだらもようになっている。
次回には新入荷の大型大珠、その他製品について詳しく紹介したいと思っている。
今日はなんだか、良寛さんについての話を書くとはなしに書いてしまった。
 
良寛関連の本を読んでいる。最初は水上勉の『良寛』だった。
自分の趣味の読書はおおむね翻訳もののSFかミステリーなので、
日本人の作家の本はあまり読んだことがない。
端的に要点をつく作家の力量に敬服した。
でもここには、自分にしっくりくる良寛はいなかった。
 
2冊目は禅ヒッピーという存在や、
神秘思想をまったく理解できない人が書いた伝記だった。
良寛の生涯について知るには役立ったが、
この著者は、称賛に値する立派な僧侶は、一生懸命修行して有名寺院の座首になるか、
大きな宗派の幹部になることだと思いこんでいるようで、
こういう凡俗とは知り合いになりたくないと思った。
たぶん誰のまわりにも内実からっぽのくせにスタンドプレーだけが得意な奴がいるだろう。
良寛は大学の教授やエリート・サラリーマンになるよりも、
乞食坊主・雲水であることを選んだ禅ヒッピーだった。
 
あるとき良寛の名声を聞いた殿様が訪ねてきて、わしが面倒みようと言った。
良寛は乞食坊主のままで足りているので結構です、と断った。
そのときの俳句が、
焚くほどに 風がもて来る 落ち葉かな
(*自分が必要とする程度の焚きつけは風が運んできてくれる。
そうやってわたしはただ足りている)

日光浴の邪魔だからどいてくれないかと、
皇帝の誘いを断ったヒッピー哲学者ディオゲネスみたいだが、
こういうスタンスを理解できる人とできない人がいる。
 
良寛関連本3冊目は、良寛作の和歌と漢詩の解説書だった。
丁寧でわかりやすかった。
読んでいるうちに良寛が胸の内で形を整えていった。
彼の人生では悟りという神秘的体験はおとずれなかったようだ。
それでも良寛は、修行と諦念、欲望を遠離する(抑圧するのと同じではない)ことで、
精神の明澄さに安住する道を得た。
 
ぼくはこれまで神秘主義というものにこだわりつづけてきた。
タントリズムもラージャ・ヨーガもチベット仏教(金剛乗仏教)も、
神秘的体験がなければ価値がないと思っていた。
良寛はそうではなかったようだ。
そうか、こういう方法もあるのだと得心している。 

良寛は70歳のとき、40歳も年の離れた美しい尼僧と出会う。
彼女の名前は貞心尼。
離婚して尼僧となり、庵を構えていたが、良寛に和歌と仏道の指導を願った。
 
師弟関係のなかに男と女の情(欲)が昇華されていった。
良寛は74歳で入寂するが、最後を看取ったのも彼女だった。
 
初対面を経て、貞心尼から届いた歌に良寛が応える。
良寛には嬉しさのほかにてれもある。
 
君にかく あい見ることの嬉しさも まだ覚めやらぬ 夢かとぞ思う(貞心尼)
(*立派なお師匠にお目にかかれて嬉しくて、
覚めることのない夢のなかにいるようです。) 

夢の世にかつまどろみて 夢をまた語るも夢も それがまにまに(良寛)
(*毎日は起きてみる夢。そんななかでまどろんで見た夢を語るもまた夢、
そういうことでいいのではありませんか。)

良寛にとって貞心尼は晩年になって出会うことができた
弁財天か吉祥天だったことだろう。
彼女のことをよく知っていて、
もう少しで彼女の顔をくっきりと思い出せそうな気がする。
資料に美人とあるから美人だったのだろう。
貞心尼は精神的危機状態、スピリチュアル・エマジェンシーのうちにあって、
指導してくれる人を必要としていた。
| 読書日記 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
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