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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 3/29-4/04 2018 10:30
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3/29<過ぎてゆく日々のこと>(4月2日付けブログのつづき)
精神世界に興味を持つ。あるいはいやおうなく向こう側にいざなわれていく。
日常生活の現実味が希薄になり、もっと違うところに本物の生活があると思えたり、
なかには亡霊をみたり、霊界からの声が聞こえてくる人もいる。
気がふれたのかと心配になっても、まわりにわかってくれる人はいない。
この人ならと思っても方向違いだったりする。
理解されることの少ない精神的危機なので、スピリチュアル・エマジェンシーとよばれてきた。
困った状況だ。
こんなときは、自分が夢中になれそうな作家なり思想家・宗教家をひとりみつけて、
その人について書かれた本を手当たり次第によむ。何年かかけて全部読むつもりになる。
するとその人が守護霊みたいに自分の近くにいるのが感じられたり、
その人を仲介して神なり仏の波動を感じられたりするようになる。
自分の霊的レベルが向上すると、低次元なものどもをお断りする方法がわかってきて、
あまり悩まされなくなる。自分の思いに溺れているだけだと精神的な危機から抜けだせない。


3/30<過ぎてゆく日々のこと> 
スピリチュアル・エマージェンシーとか、人生の転換点にあるときは、
自分の魂を養うということを考える。
心は自然のまま、なりゆきまかせが正しい状態で、
心をコントロールするというのは洗脳と同じで危険なことだ、と考えている人たちがいる。
全然そうではない。心は知性によって調律されて健康になる。
身体に栄養が必要なように魂にも栄養が必要だ。
身体や肌をケアしたりトリートメントしたりシェイプアップしたりするように、
精神面での自分もケアしたりトリートメントしたりシェイプアップしたりすることを考える。
心だって風邪をひくこともあるので、そんなときは天然石と遊ぶなどして心をあったかくしてやる。
それから自分は自分の魂を養えているのだろうかと自問する。
目先の欲望、その日その日の思いいれに呑まれてしまうと、
野狐(ヤコ)や古ダヌキを神とあがめるような生き方をしなくてはならないことに気付ける。


4/04<過ぎてゆく日々のこと> 
渓流を挟んで隣家は工務店。主人が軽トラックに板材を積んでいた。
「暖かくなりましたね」ぼくはいう。
「いまの季節がいちばんいい」彼はいう。
「もう少しすれば山は緑一色になってしまう。でもいまは、こんなにいっぱいいろんな色があってきれいだ」。
梯子をかければ届きそうな距離に山は屏風になって天空をくぎっている。
いまを盛りと花をつけたヤマザクラが点在し、緑色系鉱物の表本箱をひろげたように、
そうでなければ日本の伝統色の色見本を開いたように若やいだ緑から老い松の濃い緑まで、
みどりが綾なし重なり攻めぎあっている。
春を無視してこつぜんとやってきた初夏の陽気に山の人たちは風景に酔っている。
(写真は糸魚川市姫川の河原で採集してきたチャートと思う。左右の約180mm。立派でたくましい)


| 過ぎてゆく日々のこと | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
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