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天狗もキツネも天然石も敬意を抱いてせっする 10:12
日本翡翠本勾玉<天狗の話> 
随分と以前のこと、サーンキヤという古代インドの思想体系に熱中した時期があった。
眼鏡を新調すると、眼にするものことごとくにピントがあって、周囲がくっきりはっきりしてくる、
そんなようにサーンキヤ眼鏡で世の中をみることがおもしろくてしかたなかった。
その時期、原稿を書いたりメモを作ったりしていてふときづくと、
ついさっき観音を着ていたと感じたことが何度かあった。
アステカの神官がヒョウや人間の毛皮を頭からかぶって上半身を覆うように観音菩薩を着る。
歓喜渦巻く法悦からはほど遠く、ただそういう体験をしたというそれだけのものだったが、
サーンキヤについて観音の同意を得られたようで嬉しかった。
「憑く」というのはそんなふうで、ダウンベストを着るように
身体に自分のとは異なる霊体を付けることであるらしい。
神霊が付けば暖かく厳かだったり、香しかったりするが、
亡霊や下卑た動物霊が憑いたりしたら、おもだるく、うっとおしく、やるせなくてやりきれない。
パワーストーンのパワーを身体に付ける感触は憑霊とはだいぶ違う。
眼から下腹に石の気、ないし気配が降りてくる。水に砂糖水をまぜると微妙なさざ波模様が見られる、
そんなふうにそれは下腹にたまっていく。
そのパワーはてのひらから出すこともできる。練習すれば誰にでもできる。
(写真は日本翡翠原石、石や木を人のように見なして向き合うと「気」がわかる。)3-18-3


豊川稲荷
<天狗の話> 
以前月ごとにひとりづつ霊能力者を取材していて聞いた話だが、
憑霊には憑かれる側と憑く側にそれぞれの理由がある。
プロの霊媒は開いたり閉じたりできる霊媒チャンネルをもっている。
にわか霊媒とか霊媒体質の人たちは開きっぱなしで閉じ方を知らない。
人生が思うようにいかなかったり寂しかったりすると、誰かにかまってもらいたい思いが強まる。
そいう時期に霊に憑かれることが多いという。憑くほうの霊にも様々な事情がある。
死に切れていないと毎日が辛い、助けてくれそうだったり自分のことをわかってくれそうな人を見つけて、
その人に私に気付いてくださいといって憑く。
寄る辺がなく心許無いキツネ、タヌキも事情は同じだ。
たとえば稲荷は熱心に信仰すると眷属のキツネ霊を一体貸与してくれる。
願望成就の折にはお礼参りしてキツネ霊を返さなくてはいけない。
おこたるとキツネ霊は帰るに帰れず行き場を失う。
そうやって信者の祖父が死亡して信仰が中断した家庭では、キツネ霊は野狐になって、
いくらか霊的感性がある息子の嫁とか孫を選んで憑く。
憑かれた本人は肩に霊を背負って重く息苦しくやるせない。
心は病んで精神病類似の症状を訴える。
病院へいくとなにがしかの病名とたくさんの薬が処方されることになる。
(写真は豊川稲荷の奉納されたキツネ像。願いかなった信者が返礼していく)hp用015

| 過ぎてゆく日々のこと | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
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