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サマーセール2018

パワーは気配を見立てることで実体化する■日本翡翠(糸魚川翡翠)勾玉の写真 10:02
日本翡翠ギョロメ
<勾玉と見立て1> 
仏像は人の似姿に彫像される。
文化的な合意のもとにそこに仏の宿りを見立てることで仏像として実体化する。
仏教に縁のない人が見るなら、それは人物像であるにすぎず、
悪魔崇拝と決め付けることもできないではない。
空ゆく雲や木々の樹影に龍を見る。たまたま現われた形象に龍を認めるのは無意識的な見立てで、
龍と知ったとたんにそこに宿り放射される龍のパワーを実感する。
こんなふうに考えると、パワーは見立てることで宿る気配のようなものと、
人の心・潜在意識とが干渉することで実体化してくるといえそうだ。
別の表現では、気配に触発されてパワーが開かれてくるというふうにも言える。
「見立てと気配とパワーの実体化」という考え方は、もう少し熟成させることが必要だ。


<勾玉と見立て2> 
見立ての心理作用によって古代の人たちは、そこに内在しているパワーをある種の実体として感知できた。
翡翠に五徳を見たり、天然石の形状や性質にパワーを見る「見立て」のやり方は、
勾玉に関しても用いられてきた。
奈良から平安時代にかけて、出雲では国造が新任するごとに、たくさんの供物を用意し、
多勢で上京して、朝廷に新任報告をし、出雲神賀詞という祝詞を奉納した。
献上品には水晶・赤瑪瑙・碧玉の勾玉約70個が含まれていた。
神賀詞では‥傾弔糧韻白玉のように白髪になるまで長寿を保つように、
顔色が赤玉のようにすぐれて強壮でるように、
2呂諒イ諒剖未凌Г鬚靴真緻漫覆澆覆癲砲里茲Δ謀傾弔療治が平穏につづくようにと、歌われている。
古代の感性ではこれらは比喩ではなくて、こうしたパワーが実体化して気配を整え、
実現していくよう思いやった。


<勾玉と見立て3> 
『日本書紀』では地方の豪族が天皇に恭順する証しとして、
統治権の象徴だった勾玉・鏡・剣を榊の枝にかざり、
大幣(おおみてぐら)を作って献上する様子が描かれている。
想像するにそれは七夕の笹飾りに近似したものだっただろう。
勾玉は宗教=先祖崇拝、剣は武力による統治、鏡は政治の象徴で、
三権を差し出すことで地方豪族はヤマト王朝に組み込まれた。
仲哀紀では、筑紫のイトテという豪族は、恭順するにあたって、
勾玉が曲がっているよう巧みに民を納め、白銅鏡がモノを写すように正しく世の中を見て、
剣の威力で天下を平定するよう願って、これらを捧げると奏上した。
これらもまた相手をパワーアップする表現だった。
「元気に御過ごしください・ご健勝をお祈りします」など、言葉のあやとは違って、
言葉によるパワーの添加があったと考えられる。
見立てることで「気」は実体化し、認知できるものとなった。

| クリスタル・ヒーリング | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
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