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弥生時代の呪術に勾玉文化の背景をよむ(6)  08:41
アニマル
<勾玉と弥生時代の呪術・12> 
呪術と書くといかがわしくて、祈祷というと高尚な感じがする。
近代合理主義のせいでそのように思い込むよう誘導されているだけのことで、両者に隔たりはない。
呪術も祈祷も向こう側の霊的存在、仏や神々、精霊、霊獣に頼んで、
自分の願いをかなえてもらおうとする技術で、
呪文・真言と神具呪具とイメージ想起力がセットになっている。
世俗の通念のように、呪術は呪術師が念力を飛ばして、依頼人の敵を倒したり、
恋の成就を助けるわけではない。向こう側の精霊なり神なりを揺り動かして、
願いをかなえるよう働いてもらう、そうしたロビー活動みたいな能力が呪力であり
法力、修験の験力だった。密教ではこれを身・口・意という。
印を組むという身体動作、口でとなえる呪文、意識的な神仏のイメージ想起をセットにして
仏や神を自分の身体に招く。呪具神具はイメージ想起の手助けとして有用だった。
こうした呪法の基礎は弥生時代のシャーマンによって構築されたと思っている。 17-2


<勾玉と弥生時代の呪術・13> 
弥生時代、母系社会の男たちを思うと、バリ島やインドの田舎の町の若い男たちが浮かんでくる。
全員がそうというわけではないだろうが、気立てがやさしく覇気に欠けていた男たち。
安ホテルのスタッフには失敗しても悪びれない若者がいた。
彼らをヒントに弥生時代の暮らしぶりを追うと、
そこには「自己責任」という概念がなかったと思えてくる。
現代の日本では、小中高の受験から自己責任にさらされている。
職業の選択とその後の競争が重圧となっている。
結婚相手の選定もフルストレスでハイリスクな問題だ。
政治家たちは企業やメディアと結託して「自己責任」を美化する。
こういうことが弥生時代にはいっさいなかった。
「自己責任」という言葉が重みをますようになったのは君主の登場以降のことと疑っている。
そこでは、君主が家臣を断罪・処分する名目につかわれた。
そのくせ君主は自己責任から免罪されていた
。弥生時代以前の社会では、決断恐怖症といっていいほどに、
だれもが責任をとらなくて済むよう工夫されていたとも思える。
現代人に比べるなら彼らは明日を思い煩うことなく、その日暮らしできたようだ。 17-3


<勾玉と弥生時代の呪術・14>
母系社会を夢想すると、自己責任が育ちにくい構造であることがわかる。
娘たちは自己責任のもとに結婚相手を決める必要がなかった。
婚前交渉の相手を取り替えても非難されなかった。
母子家庭が滅多なことでは生まれない仕組みだった。
夫不在という意味では母系の大家族は母子家庭によって構成されていたともいえる。
職種が細分化されていなかったので男女ともに職業の選択に悩むこともなかった。
呪術は様式と手順をとうとび変化を嫌うので、同じような状況が数百年つづいても、
人々はそれを不便に思わなかった。生産性や効率、時間の有効活用などもさほど考慮されなかった。
大切なのは向こう側の意図に従うことなので、酋長も呪術師も、判断を誤っても、
今の社会のように糾弾されなかっただろう。
決断と責任という重しのない社会では、人々は現代人より気楽に生きられただろうし
、頼りげなく覇気に欠けているのが普通だった。
彼らは現代人より早死にしたが、時間はたっぷりあった。
現代人は心を育てる余裕がない、
彼らの心は小さい、と、いくらかは縄文時代に似た辺境の民の女呪術師が言っている。

| 日本翡翠情報センター | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
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