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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 6/10−13 2020  09:32
いしころ
★ 6/10<過ぎてゆく日々のこと> 
蟻塚に何十万匹ものシロアリが暮らしている。不運なことに天敵に見つけられてしまう。
アリクイは毎日のようにやってきて、鋭い爪で塚を壊し、長い舌でアリをすくい取っていく。
アリクイに食われるアリにとっては一人ひとりがかけがえのない生命(いのち)だし、
食われて死んでいくのは苦しい。
群れているところが狙われやすいので、シロアリたちはなるべくばらばらになって暮らそうとする。
これを「新しい生活」という。穴蔵のような場所にたくさんの仲間が詰めかけて、
ポップスやジャズを聞いたり、蜜の味を堪能したり、肌触れ合う親密さを楽しんだりした、
そういう時代は戻ってこない。6-20-1(天然石ノジュール)


グリーンバーダイト
★ 6/11<過ぎてゆく日々のこと> 
「まれびと」という美しい言葉がある。稀(まれ)な人で、滅多に会えない人。
民俗学者の折口信夫によって学問的な用語になった。
海の彼方に常世(とこよ)の島がある。死者が集う国であり、神々が住まう国でもある。
ここでの神々は宗教の進化史では神の前段階なのだが、神ということにしておこう。
神は年に一度か二度、海を渡って人間たちの世界にやってくる。彼らがまれびとだ。
まれびとは村人に寄生する悪霊をこらしめ、村人を祝福して返っていく。
まれびと=神が顕現するのが 「みあれ」。
ひとつのイメージでは彼らは海竜のように海を渡ってきて河口から川に入る。
巫女がそれを受け止めて、村の聖域に鎮座する岩座(いわくら)に安置する。
岩が神の依り代(よりしろ)になる。
巫女はまれびとの一夜妻として、夜伽(よとぎ)をするように想像されているが、
そうではなくて、彼女は食事を勧めたり夜具を敷く接待役だ。
まれびとを迎え入れることもあっただろう。
日本に仏教が伝来したとき、最初の出家は女性だったが、
彼女たちは仏像に宿る外来の神の世話役だった。それに似ている。
そんなことを思いながら、勾玉を清流に浸した。
水に入れた途端に勾玉がピチッと跳ねたように感じられた。
6-20-1(グリーンバーダイト大勾玉)


水晶クラスタ
★ 6/13 <石たちの沐浴> 
窓辺に飾った水晶クラスターが何も語りかけてこなくなるときがある。
水晶クラスターが疲れているように感じられる、あるいは枯れたように。
神宿る石とあがめている翡翠原石が、道端にころがっている普通の石ころになってしまうときもある。
こんなときは水道の蛇口の下にクラスターや原石を持っていって石を洗う。
石を沐浴させるといったほうが似つかわしい。
石たちがちょっとばかり身震いして、ああ気持ちがいいという。
とてもせいせいしたという表情を浮かべる。
石に気持ちを重ねるなら、沐浴する原石やクラスターといっしょに自分の気持ちも洗われて、
すがすがしく、癒されていくのがわかる。
その「自分が癒されていく」という感じを忘れないようにする。
自分という殻を脱いで、解放される味わいをしっかりと評価するなら、
いまよりもっと豊かな意識の状態があることがわかってくる。そうやって人は脱皮していく。
(HP「水晶クラスター」に新着製品を15点掲載しました)。6-20-1  0344 0344 0377
| 過ぎてゆく日々のこと | comments(0) | - | posted by YK
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