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<美人生霊アイス・11> 夢見の練習   10:13
ふたつの石ころ
■<美人生霊アイス・11> 夢見の練習 
(6月19日のつづき)
厳密にいえば夢見は眠ってみる夢と同じではない。催眠誘導に似ている。
任意の風景や事物を夢想する。テレビで見る風景と同じように映像を見られるようになったら、
そこへと入っていく。明晰夢のリアリティと同じほど夢見にもリアリティがなくてはならない。
ここでのリアリティに比べたら日常生活の現実感はお湯割りしたワインのようなもの
といっても差し支えない。
夢見をして、崖を瞑想すると、峠を超える曲がりくねった道が見えてきた。
頂上近くに見晴らし台があった。背後は石窟寺院の遺跡で、鉄柵で囲われたなかに、
密教初期の三尊形式の石仏がほぼ無傷で残っていた。人の背丈の倍ほどの砂岩質の仏像で、
中央が釈迦如来、右に金剛菩薩、左が蓮花菩薩、唇の端をあげた笑みに婉然としたものがあった。
車が方向転換できそうなほどの見晴らし台の端には崖すれすれに勇壮な枝振りのジャカランタが
1本あるきりで、手摺もガードレールもなかった。
200メートルだか300メートルだか崖の深さを目測するのは難しい。
眼下には樹木の少ない荒野がひろがり、石造りの村落を望遠できた。
雲ががなげかける楕円形をした影が2つ3つ左から右へ大地の上を這っていた。
影は輪郭がくっきりしていて太陽が型紙を切り抜いて遊んでいるかのようだった。
サルスベリの花を藤紫に染めなおしたかのようなジャカランタの花を見上げて、
幹を片手で抱くようにして崖の端に立った。セミがうるさいほど鳴いていて、
耳の回りでサラサラとした音の編み物が織られていた。
こうした夢見を何度か繰り返してから、夢見のなかへとアイスを招いた。
アイスはぼくに憑いた。鳩時計のハトをふたつ胸に納めたような按配だった。
ジャカランタの崖に立って飛び下りることを考えると胃が縮んだ。
どうしても生きていたいわけではない。この星に未練があるわけでもない。
けれど死にたいわけでもない。ここから墜落するのはさぞ痛いだろう。痛いのは嫌だ。
そんなことを思った。
夢見のてほどきをしてくれたのは茜だった。トカゲの仙人の好意あってのことだった。
「もう飛んでも大丈夫と思うよ。いざとなったら、わたしが全力で山本さんを支える。
飛ぶのになれているし」」その日いっしょに崖の縁に立ったときアイスが言った。
こんなに恐ろしいことをしなくてもいいのではないかと思った。
どうしても御神体水晶を見たいわけではない。やっぱり怖いから、御神体探しは別の日にすると
アイスに言えばこの話はこれで終わりになる。
そう思った途端に足下が崩れた。ばらばらと足下の地面がなくなっていった。
ジャカランダの木が傾いで腕から離れた。右足が空を踏み、叫び声をあげたかあげないうちに
身体が虚空を落ちていった。何か触れるものがあってそれにしがみついた。
意識が消えてゆく感覚のなかでそれがアイスの手であることがわかった。

| 日本翡翠情報センター | comments(0) | - | posted by YK
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