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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 6/27−7/01 2020   15:35
モリアオガエル
★ 6/27<過ぎてゆく日々のこと> 
昼は鈴を鳴らすように鳴くカジカの声が美しい。
夜になると木を打ち付けあう楽器のようなカエルの声が窓から入ってくる。
声の主は何者なのか、懐中電灯を持って庭の木立ちのなかを探した。
ツツジの枝に吸着盤のような足指をひろげた緑色のカエルがいた。
ガマガエルよりは小さくアマガエルよりは大きい。
懐中電灯で正面きって照らしてもたじろがない。カメラを持って戻ってきても同じ場所にいた。
写真を検索して奴がモリアオガエルと判明した。本棚の片隅のフィギュアのモリアオガエルは
背中に斑模様がなかったが、ネットには斑模様のものも紹介されていた。
今年も庭の水道の汚水溜めにお菓子の淡雪のような卵を産むんだろう。〆G撮影した本物モリアオガエル、去年の卵、フィギュア。6-20-2、6-19-1


隕石ノナイフ
★ 6/29<過ぎていった時代の話> 
世界中の国がみんな門戸を閉ざしてしまった。こんなことは明治維新以来一度もなかった。
日本の政府は外人観光客を増やすよう策を練り、観光地では民泊やら名所の開発に力を注いだ。
それが全部水泡に帰した。どういう時代なんだろうと思う。
旅行してきた国や都市が思い浮かぶ。そこでの都市は女性風人格をおびているのが不思議だ。
だからぼくらは都市に恋をしているという。
東京には50年暮らしていても愛着はなく思い入れもない。
長めの旅行から戻っても、帰ってきたという感慨を抱いたことがない。
でもこれがカトマンズとか、インドの都市、バリ島の町、アメリカ南西部のいくつかの町となると、
とても恋しく感じられるときがある。ほんとうはそんなことはないのだが、
イメージのなかの都市は女のように腕を広げ、柔らかな胸に旅人を抱きとめてくれる。
そうやってダージリンやマドウライ、ウティ、などのインドの町を懐かしむ。
(写真は隕石のナイフのブレード部分)


隕石ノナイフ
★ 7/01<鉄鉱石のイロハのつづき> 
机横のレターケースに十数年来いれたままになっている細身の切り出しがある。
墨流しのような模様がナイフの全面に浮かんでいて、
自分好みの比喩では全身に刺青(いれずみ)したマオリ族の戦士を彷彿とさせる。
こうした模様の入った刀剣はマニアの間ではダマスカス鋼の名で知られている。
けれどこのナイフはただのダマスカス鋼ではない。
特殊性は、鉄隕石の一種ギベオンメテオライトが練り込まれていることにあって、
その比率は鋼鉄65%に対してギベオンメテオライト35%という。隕石を鍛えたナイフだ。
ダマスカス鋼は本来の名前をウーツ鋼といい、紀元前6世紀に南インドで開発され、
世界各地に輸出されるようになり、その後、
シリアのダマスカスで刀剣などが製造されるようになった。
たたら製鉄ではなく、るつぼによる製鉄という。
インドは古来、すぐれた製鉄技術を誇り、デリー郊外のクトゥブミナール(巨大な石造建築)の
庭に飾られた鉄の柱は1600年以上経ったいまもさびないとされている。
若かった頃この鉄の柱を見物にいったことがある。
ダマスカス鋼の刀剣は切れ味の鋭さで有名で、絹のハンカチを刃の上に落とすと、
ハンカチ自体の重みのゆえに半分に切れると伝説されてきた。6-20-2
| 過ぎてゆく日々のこと | comments(0) | - | posted by YK
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