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写真はマグリット風日本翡翠獣型勾玉ワカクサ  08:05
獣型勾玉ワカクサ

<日本翡翠新着製品> 
新製品の獣型勾玉ワカクサは従来製品の「ハヤテ」より安価に提供できるよう
いくぶん小柄なものを制作しました。
呪術師たちの伝統では動物型の精霊が霊界探訪を先導してきました。
ヒキュウ(豼貅)やテンロク(天鹿)など、古代中国の霊獣たちは金銀財宝をはこんでくるとされていました。
古墳時代の遺跡から翡翠製獣型勾玉が出土するということは、
日本列島にもこうしたパワーアニマルへの信仰があったことをうかがわせます。
いま獣型勾玉や翡翠製品に惹かれる人は古代にはシャーマンだったかもしれません。
獣型勾玉を手にしてから猫の写真が撮りやすくなったとか、その逆というようであれば、
精霊がそこに宿っていると解釈してもいいように思えます。
それぞれの人にそれぞれの状況があるので一概には断定できませんが。


<日本翡翠新製品> 
獣型勾玉の制作は最初に円盤を半分に切る。直径の側にふたつえぐりを入れて脚を作る。
顎の形を整えて、眼となるよう貫通穴を開ける。それだけのことなのに動物の形になってしまう。
動物や草木や人や車、家屋など、複雑な形状のものを原初的で単純な形に凝結させる
脳の図形認識という機能が興味深い。
こうした能力は進化の早い時期に生物の機能として発達したように思える。
恐竜もそうやって縄張り内の地図を認識していただろうし、
犬や猿もまたなんらかの図形認識能力をもとに自分の世界を理解している。
獣型勾玉はわずかに向きを変えるだけで親密になったり、
遠ざかっていこうとしたりの意思表示をする。
読み手が無意識的に世界を物語ることで、世界に意味が生じていくのがおもしろい。


<日本翡翠新製品> 
動物型の精霊ブリンギング・アニマルのことを紹介したのは、
単行本では『宝石伝説郷緇十僉戮最初で、彼らは夢に登場して、
人を助けるための手助けをしたいと言った。
人助けはぼくの仕事ではない、と彼らにいうと、私を知らせてくれるだけでいい、とのことだった。
記事には以下のようにある。
「ただ私を人に知らせてくれればいい。私を見た人々は私に触発される。私は彼らに幸せを運ぶ。
彼らの願いをかなえる。やがて彼らは新しい世界を築く力となるだろう。
私はパワーを汲みだす井戸であり、パワーの世界を映す鏡、パワーの世界とこの世を結ぶ扉である」173。
『宝石伝説郷緇十僉戞碧冥亶男、青弓社)は1993年8月の出版。24年も前の出来事だ。
アニマルは木彫で背中に水晶結晶や黒曜石ヤジリを背負ったものが初代、
つぎにはシルバー製品のピンズやペンダントを作った。
遺跡出土の獣型勾玉の写真を見たときには、1500年前のご先祖たちも
動物型精霊に導かれてスピリチュアルな世界を旅したと知っておおいに喜んだ。
ブリンギング・アニマルや獣型勾玉を手にした人々が、
彼らに触発されて大きな力に向かって歩んでいるよう願っている。
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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 1/24-1/29 2018 10:37
獣型勾玉
1/24<過ぎてゆく日々のこと> 
日本翡翠製品の写真の色再現が難しい。
ことに明るい灰色をベースに青味や緑味をおびたものがうまく撮れない。
安価なデジタルカメラでネット用の画素数の小さな写真ということもあるのだろう。
色温度を調整しても、半絞り開いたり絞ったりするだけで色が変わってしまう。
設定時よりも光源と製品の距離が近付いたり遠のいたりすると、それだけで色温度が変わってしまい、
温かくなったり冷たくなったりする。
ノートパソコンのモニターと視線の角度を変えるだけで色が異なってみえる。
3台のパソコンでモニターすると、同じ写真なのに色が違ってみえる。
困ったことだと思っている。
こんなにも色味がデリケートな製品にこれまで会ったことがなかった。
何ごとにつけインド仕込みなので、撮影も自分の腕が悪いとは決して思わない(笑)。
そしてこれは小さな世界の大きな悩み(笑)。


1/25<過ぎてゆく日々のこと> 
何はともあれ小さな世界の大きな悩みは、それぞれの人の大問題であることにかわりない。
小さな出来事に大きく囚われて毎日がすぎていく。
それに呑まれてしまうのではなく、なかば仕方がないと思いながら、日々の出来事に対処していく。
それを「管理された愚かさ」というのだと遠い昔に教わった。
難しいことであるけれどだいじなことと思っている。
呼吸法に遊んでいると、呼吸に気持ちを集中するその思いを無視して、
つぎつぎと夢想をつむぐ自分に気付けるようになる。
同様に日常生活ではそのときそのときの思いに囚われて、ふりまわされていることもわかってくる。
心を調律していくのに「管理された愚かさ」は妙薬になる。


1/29<過ぎてゆく日々のこと> 
滅多にないことだが、昨夜は冷え込みがひときわ厳しかったらしくて、明け方寒さに目がさめた。
靴下をはいてセーターを着て再度布団にはいった。するとポカポカと温かくなって極楽気分だった。
それでふと思ったのだが、布団にくるまって極楽体験するのは、
映画『マトリックス』のカプセルに封じられ、栄養剤で生かされている人間たちと
変わらないんじゃなかろうか。世にいう極楽浄土は衣食住の心配一切なく、
労働を強制されず、苦悶もなく思索もない。
ひとりひとりが脳内麻薬にひたりきって、百年一日のごとく惚けて暮らす場所ではないんだろうか。
そんなような天国へ行ったら天人五衰どころか1週間で飽きてしまいそうだ。
極楽は棚上げしておいて、生涯かけて追究するに値する境地はほかにあると夢想した。
(紅梅の季節にはあとほんの一息)
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もう一度チェックしたい日本翡翠の基礎知識・5 10:00
ヒスイ五輪塔
<日本翡翠の基礎知識>シリーズはブログでは1月6日以降中断したままになっています。
ブレスレットや石笛など翡翠製品の解説を加えて、「別冊付録・日本翡翠早わかり」として、
「日本翡翠情報センターHP」に組み込むよう計画を進めています。
以下はそのなかからブレスレット、石笛、五輪塔の抜き書きです。
日本翡翠は日本を代表する「国の石」になりました。
けれどそれがどういう石で、どのような歴史があるのか、ほとんど知られていません。
日本翡翠の全貌を短時間でわかるようまとめたのが「別冊付録・日本翡翠早わかり」です。
翡翠ファンであっても「ああ、そうなのか」と合点がいく記事を目にできると思います。


<日本翡翠の基礎知識・14>(翡翠ブレスレット) 
日本神話に勾玉つきのネックレスやブレスレットが登場する。
遺跡から出土する勾玉つきのネックレスやブレスレットは管玉ビーズで全体をつないだものが多い。
管玉には竹や葦を模して辟邪(へきじゃ・魔除け)の力がやどる呪具と見る思いがこめられていたようだ。
拙著『日本ヒスイの本』p182(北出幸男、青弓社、2016)で紹介したように、
管玉は竹玉として奈良時代にも残ったことが万葉集から伺える。
仏教の念珠に丸玉が用いられたことから丸玉ビーズのブレスレットは縁を結ぶ縁起物、
願いをかなえるパワーグッズになった。
日本翡翠は和のパワーストーン。
他者との縁を結ぶことで、対人関係が豊かになり、願いごともかなっていく。


<日本翡翠の基礎知識・15>(翡翠石笛) 
翡翠石笛は当社製品と類似のものが縄文時代の遺跡から出土します。
現代でも神道のいくつかの流派では儀式に石笛を用いています。
そのようなことから翡翠石笛は縄文の音色とされています。
石笛の音色はけがれを祓い、災いを追いやり、不浄なことどもを清めます。
これらが整ってはじめて幸運を招きよせることができるので、
石笛は幸運を招くパワー・オブジェクトとされてきました。
翡翠石笛は持っているだけでも「魔」を退け、よこしまなことどもを浄化すると聞いています。
石笛は、穴のほとんどを下唇でふさいで、残った隙間に細く長く息を吹きこむことで
高音で澄んだ音色をだせます。上達すれば雅楽のように吹奏できます。



<日本翡翠の基礎知識・16>(翡翠五輪塔) 
仏教では物質世界は「地水火風空」5つの元素(パワー要素)から成っていると考えていて、
5元素それぞれの象徴図形を下から上に積みあげた形が五輪塔です。
宇宙の主宰者である大日如来の身体としてとうとばれています。
寺院や墓地に五輪塔を飾るのは、霊も生きている人間もひとしく大日如来のもとへ、
つまりは宇宙の根源へと戻っていけるよう願ってのことです。
五輪塔はパワーバランスが整った状態を表わす神聖図形であり、
よこしまなものや不浄なもののつけいる隙をあたえません。
仏壇に安置すればこのうえない先祖供養になります。
居間や自室に飾れば、悪い因縁を浄化して良縁が開くよう働きかけてくれます。
対人関係の悩みもおのずと解消できてゆくと思います。
(追加)五輪塔は理念のうえで大日如来の身体を表現しています。
「究極の実在は中心が無数にある完璧な球である」という神秘思想のもとに、
五輪塔のあるところに大日如来は降臨して、
そこが宇宙の中心になると考えてきました。
| 日本翡翠(糸魚川翡翠、ヒスイ) | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
良寛が心のなかに住んでから数年経つ ■エクロジャイト丸玉の写真 09:58
エクロジャイト丸玉
<良寛のこと> 
年末から年始にかけて良寛がらみの写真集を3冊買った。
『良寛の道』(平沢一郎、東京書籍、1993)、『良寛巡礼(小林新一、恒文社、1992)、
『良寛へ歩く』(小林新一、二玄社、2002)。
届いた本をぱらぱらとめくると、寒々しい雪国の写真があり、
ページのあちこちから良寛の歌が春先のツクシのように顔をのぞかせる。
良寛の足跡を追うのをライフワークとして20年とか30年すごしてきた人たちがいることを思う。
同じ場所に何度もでかけて、はたから見ればあきれるほどにたくさん写真をとってきた人たち。
彼らの書庫にはぼくとは比較にならないほどたくさんの良寛関連の蔵書があって、
自分自身の人生よりも良寛の年代記に詳しい人たち。
同じ場所に何度も通うという習慣がないので、良寛に魅せられる気持ちには共感できるものの、
とても彼らの真似はできない。


<良寛のこと> 
良寛は20代から30にかけてのて10年間を倉敷の禅寺で修行にあけくれた。
いやというほどに座禅がつづく毎日はどのようなものだったのだろう。
彼は師匠の死去を機に寺をでて雲水となった。
雲がゆき水がながれるように、乞食(こつじき)しながら諸国を流浪する。
それはどういう生活だったのだろう。
若かったころ1週間の集中座禅会(接心という)に参加したことがある。
帰りには「気」の充実尋常ではないものがあって、新宿駅の地下通路では、
向ってくる人を睨むわけではないのに、人々が自分をよけて通った。
まるで上流に向かう鯉のようだった。
同じように若かったころ、2ヶ月とか3ヶ月の旅行にでかけて、
旅人の身体は定住者とはべつものであることを知った。
ひとつところに落ち着くことなく移動しつづけていると、
やがて意識が流れ、身体も流れていくようになる。非日常的時空へと意識が移っていく。
そういう毎日を重ねて、50代とか60代になった人の人生は
そうとうに常識離れしたものがあるんだろうと思っている。


<良寛のこと> 
良寛は宮沢賢治と同じで、著名人であるけれど、どういう人であったかを世間的に理解されていない。
彼らは教科書的な人物像とは全然違う。
宮沢賢治は、人類みんなの幸せを願った博愛主義者として教科書を飾る。
教師たちは少年少女に彼の偉大さをとく。
けれど『宮沢賢治と天然石』(北出幸男、青弓社、2010)を書くことで、ぼくが知った賢治は、
親の希望をかなえられないことに苦悩しつづける人だったし、
周囲に理解者がいないことの孤独をかかえたまま人生をおえた人だった。
こういうことを言ったからといって、賢治の作品の輝かしさが曇るわけではない。
彼は多分にアスペルガー的性向の人で、世間並みの人付き合いが苦手だった。
良寛は子供好きで、猫を紙袋にいれて蹴毬代わりにしたひょうきんな老僧だっただけではない。
彼もまた適応障害風の性向のゆえに庄屋の稼業を継げず、出家しても寺の住職になれなかった。
書家、歌人、詩人として生前から有名だったが、どれもにアスペルガー的熱意で切磋琢磨した。
江戸時代末期の葬式仏教をスーパーラジカルに批判した。


<良寛のこと> 
山の家ではふとしたはずみで水上勉の『良寛』のハードカバー版を開いた。
拾い読みするとおもしろくて、『良寛を歩く』の写真をながめ、
あちらこちらと移り気にしているうちに夜がふけていった。
良寛に惹かれて数年経っている。
アパートでは集めた資料を枕元に置ききれず、金属パイプの小型ラックを買って積み重ねてある。
良寛は江戸時代末期に新潟の枕崎近辺に居住した禅僧。
世の中的には子供好きで天真爛漫な姿が知られている。
書にひいで秀逸な和歌と漢詩を残したがそれだけではなかった。
70歳すぎて40歳ほど年下の超美人の弟子と親交を深めたことでも知られているが、
それだけでもなかった。
良寛のなかに入っていくと、この世に生まれてきたことへの深い哀しみがある。
人間であることの哀しみを彼は一身に背負っていた。
そのうちゆっくりと良寛に戻って、
美味しい料理に舌鼓をうつように良寛を味わいたいと思うことしきりだった。
(撮影中にエクロジャイト丸玉を道端に置いたら良寛が好きだった手毬に見えた)

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<読書記録>『女たちの王国』を楽しく読了■日本ヒスイ勾玉の写真 12:48
日本ヒスイ勾玉
<読書記録>
『女たちの王国』(曹惠虹、秋山勝訳、草思社、2017)を楽しく読んだ。
サブタイトルに「結婚のない母系社会・中国秘境のモソ人と暮らす」とある。
「結婚がない」は妻問婚(つまどいこん)、通い婚のことで、結婚式・婚姻届がない社会という意味。
シンガポール在住でビジネスエリートだった著者が若年でリタイアして、
雲南省と四川省が接する山奥のモソ族という少数民族の土地に半移住して親交を結ぶ。
モソ族は世界でもまれな母系制が残る土地柄だった。
おおまかに財産や土地の相続が父親から息子になされるのが父系社会、
母親から娘にゆだねられるのが母系社会。
ここでは家父長制のように夫婦関係が強調されることはない。
男女の愛の永続が期待されない。父と息子の権力闘争が生じない。息子は父をライバル視しない。
(つまりは夫婦という仕組みも文化的なもので絶対的真実ではない。純愛が美化されない)。


<読書記録>『女たちの王国』のつづき。
儒教的な家庭で育ち、男社会で成功者となるために苦労してきた著者は、
モソ族と出会ってフェミニズムへの信仰をいっきょに深めていく。
とても興味深い本だった。
日本の弥生・古墳時代も母系社会への理解なくしては全体が見えない。
万葉集の時代の男女関係がおおらかにみえるのも母系社会的風習のゆえだ。
母系社会のもとには女が主役の農耕呪術がある。
水田稲作が日本列島に到達するまでに、稲作文化は大陸で5千年経てきた。
母系社会はここで発展して、日本では弥生から古墳時代にかけて、
男たちの殺しあいに重きがおかれてきたので両系制社会になっていった。
『古事記』『日本書紀』『万葉集』はこうした文化が下敷きになっている。
記憶ではモソ族は長江下流域、「越」から漢民族に追われて雲南のほうに逃れた少数民族の一派で、
同様に日本列島に逃れてきた一派が弥生人になったという説がある。
私たちのご先祖も通い婚をしていて、恋人を呼び合った(よばう・夜這)時代があった。
それはそんなに遠い昔のことではない。
母系社会についてはもうひとつ重要なことがある。
母系文化の精神構造をヒントにすることで現代社会の閉塞感を打破していく道がみつかる。


(勾玉は母系社会で誕生し、両系制社会で発展し、父系社会のなかで消滅していった。
勾玉は母系社会の農耕呪術のなかで意味が与えられていった。
勾玉には狩猟採集時代から初期農耕時代の女の呪術の思いがこめられている)

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日本翡翠(糸魚川ヒスイ)丸玉3種類を新発売しました 11:18
日本翡翠丸玉83mm
<日本翡翠新製品> 
「ザ・ストーンズバザール」HP「丸玉・月」のページに、
直径83mmの大サイズ丸玉を掲載しました。
糸魚川産日本翡翠原石から制作しました。久し振りの一点ものです。
この丸玉は白色系の生地に濃緑色の角閃石が網目のように練りこまれた魅惑的な景色をしています。
大きな丸玉は土地を鎮め、家を浄化して、家族全員が元気に暮らしていけるよう
生活の「場」を整えるといわれてきました。
トラブルを丸く治める縁起物としても重宝されています。


日本翡翠丸玉100mm
<日本翡翠新製品> 
もう一点の新作一点ものは、同じく糸魚川産日本翡翠原石から制作した直径100mmの大サイズ丸玉。
83mm翡翠丸玉と同じく、「ザ・ストーンズバザール」HP「丸玉・月」のページに掲載しました。
丸玉をつくるには4倍から5倍ほどの重量の原石が必要になります。
クラック部分をはぶいての制作はけっこう大変で、
制作途中でクラックが見つかり、中断ということも珍しくありません。
翡翠の色合いを言葉で説明するのはとても難しいことですが、
白系の地に薄い緑青の色合いが混じっています。
注文時には気付けなかったのですが、翡翠原石生成後にひび割れて、
再度結晶したかのような模様が入っています。
眺めているだけで元気付けられ勇気をもらえます。


日本翡翠丸玉30mm
<日本翡翠新製品> 
「ザ・ストーンズバザール」HP「丸玉・月」のページに、
日本翡翠製30mm丸玉を12点、20mm丸玉を2点掲載しました。
「玉磨かざれば光なし」の諺とおり艶のいい丸玉に仕上がりました。
しかもしっとり落ち着いてきめこまやかで、女神の肌のように美しい丸玉です。
丸玉は争いを丸く治めるよう力添えするといわれてきました。
気持ちを丸く整えるのにも有用です。
丸玉は円満な暮らしを象徴するタリズマン。
丸玉があるところトラブルが少なく平穏に暮らせていけるよう「場」を整えてくれます。
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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 1/19-22 2018 11:35
弁財天
布袋和尚

★1/19<過ぎてゆく日々のこと> 
目覚める直前、身体は起きる準備ができているのに、
意識は目覚めに気付いていないようなことがたまにある。
夢見心地のうちに、あっ、目が覚めているんだと知る。
そういう狭間の時間にどこぞの女神が現れて、満面の笑みがぼくの身体を撫でていった。
レーザー光線の真紅の焦点が体表を移動していくようだった。
そうして彼女の笑顔が身体に満ちた。
般若心経をよむ、坊さんたちのようなパターン化したふうではなく、漢詩をよむように。
すると気が丹田におりて、そこにたまるのがわかる。
こういうのにはいくらか修行が必要だ。わかるだろうか? 
(七福神のうちで弁天と鍾馗は笑っていない。鍾馗は内側で笑い、弁天は喜悦にたゆたっている)


★1/22<過ぎてゆく日々のこと> 
心機一転して、「日本翡翠情報センター」HPの手直しをして、
更新してくれるようHP制作会社に依頼した。二日がかりの仕事だった。
実店舗《ザ・ストーンズバザール》関連の記事の訂正だけではない、
ここ数年の間に糸魚川近辺のJR北陸線は消滅して第三セクターが運営するところとなっているし、
青海自然史博物館は閉館した。そういうのを削除ないし訂正しなくてはならなかった。
すぐに制作できるわけではないけれど、
日本翡翠のことがすぐわかる別冊付録についても考えている。
翡翠の古代史や鉱物学、色合いなどの性質、勾玉などの各種製品について、
1テーマ200文字くらいのコラム集を作るとビギナーには便利だろう。
それに別冊付きのホームページなどこれまで考えた人はいないだろうから、
「別冊日本翡翠早わかり」みたいなバナーがあるだけでおもしろかろう。


★1/22<過ぎてゆく日々のこと>
フェイスブックでは1月18日から20日にかけてうちに保管してある七福神の彫像を七点掲載しました。
高さは120mm前後、重量1100g前後の銅製品です。
フォルムがよくていかにも嬉しそうな笑顔。
もう何年も前に、そのうち水晶で同じような製品を作ろうと買い置いた品です。
たとえ7-8cmの彫像を作るにしても、日本翡翠ではクラックのない原石を集めるだけでも大変です。
七福神信仰は室町時代のおわりごろ、民間信仰のご利益神をまとめるようはじまったといいます。
大黒天、恵比須天、毘沙門天、寿老人、福禄寿、布袋和尚、弁財天、と
仏教・神道・道教の仏や神が集合して、当時の神仏混淆のさまが見て取れます。
なにはともあれ2018年がおだやかに過ぎていきますように。
うちのお客さんたち、みんなが健康で、たくさんの幸運を享受できますように、
と七福神にお祈りしています。

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