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鉱物の話3話・敬意なくして石たちに近付けない  10:07
マウシッシ
<岩と石> 
岩と石の区別は簡単なようで難しい。通常は岩の小さいのが石で、
持ち抱えられるか否かがおおむね分かれ目になる。石と岩の境界はあいまいなので、
そのときどきの気分で岩とよんだり石といっても不便は生じない。
ところがこのあいまいさを鉱物の識別にもちこむと、誤解が生じる場合がある。
鉱物の表現では岩は通常、数種類の鉱物からできているものをいう。
花こう岩はおもに石英・長石・雲母などからなっている。
これに対して鉱物の和名にはトルコ石、電気石など石がつくものが多い。
石灰岩・蛇紋岩・かんらん岩・曹長岩(アルビタイト)などは、それぞれに
石灰石・蛇紋石・かんらん石・曹長石(アルビタイト)が主体の鉱物で幾らかは異種鉱物が混ざっている。
これらを鉱物名で呼ぶ場合は「岩」とはいわずに「石」という。
翡翠(ヒスイ)はヒスイ輝石という輝石類の鉱物を中心に構成された岩石なので、
鉱物学的に翡翠に向き合うときはヒスイ輝石という。どうでもいい話のように思うが。


<鉱物写真と実物の違い> 
翡翠原石の写真を見ながら思う。当然のことだが、自分にはそれぞれの原石の大きさや重さ、
言葉ではあらわしにくい色合いがわかる。人の顔がひとりづつ異なるように
原石は姿形が似ていても質感や石肌のきめが異なる、その微妙な違いもわかる。
でも、翡翠原石を知らない人たちがこれらの写真をみて、なにをどう感じるのだろう。
東京では翡翠原石に触れられる場所は少ない。
ミネラルショーの会場では翡翠のように静かな石との対話は難しい。
そもそも鉱物は自分のコレクションを一人で眺めてはじめて、その素晴らしさがわかる、そういうものだ。
翡翠原石の写真を見て原石たちの手触りを思う。
石たちの息吹のようなものを感じてくれたらと願っているが、
なかなかに難しい願いであることも承知している。


<鉱物産地の特異性> 
日本翡翠はもとよりラピスラズリ、ターコイスのように宝石としての商品価値がある鉱物の多くは、
地図の上に刺したピンのごとくに特定の土地にしか産出しない。
このことを思うたびになんて不思議なことよと驚いてしまう。
鉱物はそれぞれに特定の分子組成からなっている。
鉱物が結晶するには原料成分が必要なのはいうまでもないことで、
地下の、まれには地表のマグマ・熱水・ガスに含まれる分子濃度に加えて、
析出を可能にする温度と圧力、時間が揃わなくてはならない。
人間がそれを採集するとなると、さらなる時間経過のもとに
地下深くから地表近くへ浮上してこなくてはならない。
プレートテクトニクスと大陸移動などさまざまな環境変化をへて、特定鉱物の密度の高い場所が誕生する。
これらはみんな万にひとつ、百万にひとつの偶然が重なった結果であるというのが、
身震いしてしまうほどに途方もないことに思える。敬意なくして石たちに近付けない。
(写真は岩塊状マウシッシ。別名コスモクロア。16kg,240mm 
写真を見ていると石のパワーが腹に積もってくる)

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水晶&茶水晶大珠もホームページに帰ってきた 08:38
水晶大珠80mm
<天然石新製品> 
HPの「天然石大珠/水晶・茶水晶大珠」に80mmサイズの水晶大珠を4本掲載しました。
HPに大珠をまとめて入力したので大珠の話がつづきます。
大珠は拙著『宝石の力』(北出幸男、青弓社、2003)での紹介がきっかけとなって、
縄文時代以降の眠りからさめたパワーオブジェクトです。個人的に思い入れがあります。
当時は水晶製品が全盛だったので、最初に制作したのが水晶製大珠です。
古代の感性では、不運、失敗、渇望などは、心のバランスの乱れが遠因となって起きるとされてきました。
だから身辺を浄化して〈気〉の乱れを整えれば自ずと道が開けていきます。
水晶製大珠は身辺浄化に効果的なパワーオブジェクト。
身近に置いて握ったり、紐をつけて机近くに飾ると効果的です。
身体の表面を軽くなでることで邪気祓いでき、気のバランスを整えられます。11-17-4


水晶大珠50mm
<天然石新製品> 
HPの「天然石大珠/水晶・茶水晶大珠」にヒマラヤ水晶製50mmの小型大珠を6本、
35mmのミニ大珠を5本掲載しました。
西アジアの政治情勢が激変する前の話。K2などで有名なパキスタンのカラコルム山脈産の
水晶原石を大量に仕入れる機会があって、これらの原石を使用して
香港の制作会社で作ってもらったのが、これらヒマラヤ水晶製大珠です。
大珠(タイシュ)は日本列島独自のヒーリングツールで、
古代のシャーマンたちは「ふるえふるえ、ゆらゆらふるえ」とこれを揺らして神意を尋ねたり、
病んだ人たちを癒したと想像されています。心配事があったり不安が大きいとき、
しばらくの間大珠を握って親指で上下にこすると心配を軽減できます。
ペンダントなどにして身に付けると、運気が増強され、
トラブルの軽減、交遊関係の向上などを期待できます。11-17-4


水晶大珠35mm
<天然石新製品> 
HPの「天然石大珠/水晶・茶水晶大珠」に、山東省の黒水晶原石から制作した
50mmの小型大珠を4本、35mmのミニ大珠を7本掲載しました。
山東省産の黒水晶は不透明な黒色部分と透光性のある茶水晶が混在しています。
そのため製品にカットした場合、茶水晶であっても黒水晶のパワー効果を期待できます。
この産地の黒水晶・茶水晶は疲労や心配・不安などネガティブな想念を吸着するパワー効果
にすぐれていると人気です。大珠は陰陽がひとつに解けあったバランスのいい形をしています。
心配事があったり不安が大きいとき、しばらくの間大珠を握って
親指で上下にこすると心配を軽減できます。写真の製品をお送りします。 11-17-4
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気について気掛かりなことのまとめ・その6  08:57
白翡翠
<気になる話・16>
『不完全百科事典〈気〉』には以下のようにある。
「(前略)古代において既知のものが、現代になって謎の存在になった。
近年になって欧米の研究家は、それを自分が発明したものであるかのようにいろいろな名をつけた。
曰く、オルゴン、イネイト、オド、N線、動物磁気、バイオプラズマ、サイコロトニック・エネルギー、
生体エネルギー、マインドパワー、ハンドパワー、など。……彼らがどのように呼ぼうと、
私たちは古来からそれを〈気〉と呼んで自明のものとしてきた。それは中国でも同じように呼ばれ、
インドではプラーナ、ポリネシアではマナ、オーストラリア先住民・アボリジニはカルンバ、
アメリカ先住民のいくつかの種族はオレンダ、と呼んできた。
ヒポクラテスは自然の魔力と呼び、ピタゴラスはニューマと名付けたという。p118。


<気になる話・17> 
は〈気〉についての話。昔書いた原稿には以下のようにある。
社会評論家の赤塚行雄氏は『気の構造』(講談社現代新書)という著書のなかで、
近松門左衛門の作品には366種類の〈気〉がでてくると書いている。
「気遣い、機嫌、気色、悋気、狂気、気の毒、病気、気に入る、気を付ける、気味、
勘気、辛気、短気、健気、気合、気掛かり、気違……」。
元禄時代同様、私たちも日常的に〈気〉の言葉を使う。
しかし今日では、元の意味を考えて〈気〉の言葉を使う人はいない。
〈気〉について考え、〈気〉に敏感になると、これらの言葉が息を吹きかえす。
世界がにわかにひろがるのを見ることができる。p118 


<気になる話・18> 
水が流れることでエネルギーを生むように〈気〉を任意の方向に働くよう仕向けると
以下に列記するような力になる。
これが能力開発とか自己啓発、ヒーリングの基本で、
触媒となるよう天然石の質感・色・形を用いる方法がクリスタル・ヒーリング。
ここでのクリスタルは水晶に限定せず、広義の「結晶」の意味。
まずはパワーを分類してみる。「行動力・熟考力・判断力・直感力・洞察力・集中力・抑制力・創造力・
想像力・統率力・魅力・支配力・精力・持続力・意思力・実行力・決断力・掌握力・適応力・表現力・
理解力・再生力・念力・予知能力・自己治癒力・抵抗力・運動能力・処理能力・包容力・吸引力・
管理能力・情報収集力・他者治癒力・超能力・応用力、など」。
かつてのうちの店のショップカードの裏側にはセルフチェックできるよう「力」の分類表が印刷してあった。
写真は糸魚川産白翡翠原石、2.4kg, 130mm 翡翠原石のイメージを下腹におくと「気」がわかりやすくなる。
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気について気掛かりなことのまとめ・その5 21:31
グリーンジャスパー
<気になる話・13> 
気の世界観では色彩を眼にみえる形でのパワーの表れと見る。
そう考えるというのではなくそのように実感できる体験があるということだ。
「色・しき」は色彩であり物質である。古来シャーマンたちは弟子にこのことを教えるのに
多大な時間を費やしてきた。こちら側を離れることで色彩をパワーの表れとみる経験世界が開けるのだが、
こちら側の価値観で頭をいっぱいにして、向こう側のことがらもこちら側の論理で
推し量ろうとする新弟子を、向こう側へといざなうのは容易ではない。
彼らはこちら側から離れなければならないところで、
まるで中有(バルド)にいて死んだことを認めたがらない亡者のように、こちら側にしがみつく。
気をゆるめる。自身の思いに呪縛されている自分を解く。
世界がしんしんと鎮まっていく様相のなかで、色彩がパワーの自己表現であることがわかる。
(写真は出雲石・グリーンジャスパー。日本人の心根をさぐるうえでとても重要な鉱物。
出雲の花仙山が有名産地だったので出雲石という) 2-18-2 294


<気になる話・14> 
「あらゆる欲望の成就されるところ、そこにわれを不死ならしめよ」三千年の昔、
リグベーダを編んだ男たちは、ソーマという向精神性植物に酔って苦悩のない世界を夢みた。
なのに生きていくことの辛さ、苦しさ、哀しみはいっこうになくならないで、
2500年ほど昔、ブッダはこちら側に執着のあるかぎり、一切のものごとはすべてむなしいと説いた。
同時に彼はこちら側の「苦」の仕組みをチャートに描いて、苦しみから抜け出す方法を教えた。
同じ頃、世界各地のシャーマンたちは幸や不幸の相対的評価を乗り越えて向こう側へと
歩いて行く道の開発に懸命になった。そうやって彼らが得たものはブッダの教えとさほど異ならず、
真如の世界はこちら側を超えたところにあるということだった。
向こう側をおし広げて、こちら側を包摂できたとき、なにか永遠のようなものに出会えて、
「いま、ここが最高だ!」といえる体験が開ける。でも、そういうことを知っている人は少ないし、
知らないままでもいいことのようにも思える。


<気になる話・15> 
気は凝固して物質になる。この過程から数字や色があらわれてくる。
数字では奇数は「陽」で男の数字、偶数は「陰」で女の数字。
「9」は10までのうち最大、陽が極まっているので最強の数字とされる。
陽が極まれば陰へ、陰が極まれば陽に転嫁されていく。
「8」は女の数字では最大。八重垣・八重雲・八岐大蛇(やまたのおろち)など、
出雲中心に日本海側で栄えた聖数「8」の信仰は母系社会だったからだろうかと、思ってみたりする。
インド神話では闇の女神カーリーの下女・眷属は8体で天然痘など疫病の女神だった。
8体が二乗されると64体になる。これらの下級女神はたくさんの母系先住民部族の神話が
家父長的なアーリア人の神話に統合された結果だ。
8を股とみて9の頭があらわれてくるのも面白い。
出雲と同じ日本海側の福井県には九頭竜川(くずりゅうがわ)というのがあって、
香港の九竜半島と親戚している。8の魔方陣から卦ができて宇宙は64に細分化される。
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気について気掛かりなことのまとめ・その4 09:50
太湖石
<気になる話・10> 
パワーが物質化するという概念のもとに、現代インドの宗教指導者サティヤ・サイババは
てのひらからビブーティという聖灰をだした。
それが奇術であろうと本物の奇跡であろうとたいした問題ではない。
聖灰を介して彼が向こう側につながっているとアピールすることが重要だった。
サティヤのサイババはシルディのサイババの生まれ変わりで、後者は灰を信者に与えて病を癒した。
サティヤ・サイババは古代人風顔立ちとアフロヘアのゆえに奇人扱いする人が多かった。
しかし著作を読むと彼はものすごく真っ当なウパニシャッドの継承者であることがわかる。
ある日のこと、ガヤトリー・マントラという光明を招くマントラがもうれつに気になって、
サイババのCDを買い、店で繰り返し聞いて暗記したことがある。


<気になる話・11> 
「パワー(気)が物質化する」と聞いて、木内石亭を思い起こす人もいるだろう。
彼は江戸時代の奇石趣味の好事家。鉱物標本はもとより奇妙奇天烈な岩石を収集しまくり、
分類整理して『雲根志』という石の百科事典を書いた。
山に湧く雲は岩からたちのぼる霊気との考えがあって、岩をしゃれて雲根とよんだ。
今日ではこれを真にうける人はいないが、当時は山の霊気を読んで金・銀・朱の
鉱脈をさぐる鉱山開発技術もあった。
いかにも山師の考えそうなことと一笑されるのがおちだが、長く石ヤをやってきたいまとなっては、
不可解な話にも多く遭遇して、まんざら嘘ではないと思っている。


<気になる話・12> 
西荻窪の店にはメインテーブルの奥深く木箱に入れてご神体水晶が埋めてあった。
これを知っているのはごく少数の人だけだった。
直径15センチ以上の無傷の丸玉が作れそうなほど大きく透明度の高い水晶ポイントで、
長さは40センチ近く、重量で20キログラムを超える大きさだった。
ある日のこと、みかけはごく平凡な中年の女性がその前を何度も行ったり来りした。
そのあげく彼女は言った。「ここに来ると足がスースーする。風があるのかと思ってもそうではない」。
他に来客がなかったので、木箱の前や上に展示してあった原石類をどかし、蓋をあけてご神体を見せた。
こういう人を訓練して鉱物探査を依頼すれば水晶はもとより金・銀・朱の鉱脈をさぐるのに
便利だろうと思ったことだった。
気は実体化して物質になるし、どういうわけか気を感じるのに特別すぐれた能力がある人たちがいる。
この能力は心霊能力と関係していそうだがそうでもないようなところもある。
(写真は太湖石。カルサイト系の岩石で、水に浸食され、
陰が陽になり陽が陰になる陰陽の風景を繰り返す。)2-18-1
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気について気掛かりなことのまとめ・その3 10:43
ネフライト・キャッツアイ
3月24日掲載分のつづきです。<気になる話>は天然石をかいして
パワーの世界に触れるのに役立つ知識です。

<気になる話・7> 
仏教は紀元前500年前後に生まれ、大乗仏教から密教へと変化していくにつれて、
思想的にはインド古来からの土着的信仰であるタントリズムに近付いていった。
タントリズムの宇宙観は精製されてサーンキヤ思想にまとめられた。
そこでは宇宙は物質原理(プラクリティ)と精神原理(プルシャ)に分けられ、
物質原理の基本的要素、陽・陰・動のバランスに乱れが生じることで
意識を含めての物質的宇宙が展開していく。
陰陽の濃度の違いによって最初に〈地・水・火・風・空〉の5元素が生じる。
通常元素と訳されるが、これら5つは「気」であり、パワー要素と解釈したほうがわかりやすい。
はしょっていえば、人間側の意識がカルマゆえの思い込みにいたがって五元素と関係することで、
織り布に模様が浮かぶように、物質世界が開きだされてくる。
この模様を現実世界と思い、それに囚われてしまう、
自分で自分を縛ってしまうことで物質世界が展開していく。
現実世界はパワー(気)の織物だと気付くことが、仏教やヒンドゥーの最重要の課題となっている。
写真はロシア産ネフライト・タンブル、小さな鶏卵ほどの大きさ。得がたいほどに美しいキャッツアイ。


<気になる話・8> 
古代中国とインドで非物質的なパワー(気)の世界からどのようにして
物質的な現実世界が開きだされてくるかを眺めてきた。
古代日本ではどうであったも眺めておきたい。
ここでは日本の古代をどこに置くかが大きな問題になる。
個人的には天智・天武・持統天皇あたりで君主制が確立され、中世的な社会になったと考えている。
私たちが触れることのできる日本神話は彼らが亡くなったあと、奈良時代に整理整頓された。
官僚たちが編纂する仕事にあたり、その多くは新規渡来人の子弟で、弥生・古墳時代の感性に昏かった。
たとえば明治時代に洋行して西欧かぶれした日本人とか、
雇われの西欧人学者が室町・平安時代の歴史書を書くようなものだった。
だから『古事記』も『日本書紀』も奈良時代の大陸文明かぶれした感性や価値観で書かれた
古代史ということになる。古代を考えるというとき、考古学の資料や文化人類学のデータなどを参考に、
なるべくなら奈良時代目線というフィルターを外すよう努めなくてはならない。


<気になる話・9> 
スピリチュアルな神秘的世界、つまりはパワー(気)の世界から「気」が凝集することで
物質化された現実世界がはじまると、おおかたの神話では語られている。
日本神話では『古事記』を例にとると、天地がはじめて分かれたときに、
陽の気が凝集して天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)など3柱の神が顕現することで世界がはじまる。
彼らは陰陽の交合なしに生まれたひとり神、霊気だけの存在で実体がない。
つぎに神世七代といわれる神々が誕生し、男神イザナキと女神イザナミの代になって日本列島が形成される。
国生みは地形や事物を言葉で説明することで認識し、
名前をつけることで物質世界が実体化してくる過程をあらわしている。
イザナミが産んだ最初の子供・ヒルコは未熟児のように思われているが、
パワーから物質への転換が未分化な状態の表現。
女がさきに男を誘ったから出産に失敗したとの言い訳は、奈良時代の役人たちの感性、
つまり大陸&朝鮮半島的家父長的感性による日本神話の解釈だ。
人間と直接かかわりのある祖先神、氏神のはじまりは、
イザナキの子供であるアマテラスやスサノウあたり以降のこととなる。
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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 3/29-4/04 2018 10:30
チャート
3/29<過ぎてゆく日々のこと>(4月2日付けブログのつづき)
精神世界に興味を持つ。あるいはいやおうなく向こう側にいざなわれていく。
日常生活の現実味が希薄になり、もっと違うところに本物の生活があると思えたり、
なかには亡霊をみたり、霊界からの声が聞こえてくる人もいる。
気がふれたのかと心配になっても、まわりにわかってくれる人はいない。
この人ならと思っても方向違いだったりする。
理解されることの少ない精神的危機なので、スピリチュアル・エマジェンシーとよばれてきた。
困った状況だ。
こんなときは、自分が夢中になれそうな作家なり思想家・宗教家をひとりみつけて、
その人について書かれた本を手当たり次第によむ。何年かかけて全部読むつもりになる。
するとその人が守護霊みたいに自分の近くにいるのが感じられたり、
その人を仲介して神なり仏の波動を感じられたりするようになる。
自分の霊的レベルが向上すると、低次元なものどもをお断りする方法がわかってきて、
あまり悩まされなくなる。自分の思いに溺れているだけだと精神的な危機から抜けだせない。


3/30<過ぎてゆく日々のこと> 
スピリチュアル・エマージェンシーとか、人生の転換点にあるときは、
自分の魂を養うということを考える。
心は自然のまま、なりゆきまかせが正しい状態で、
心をコントロールするというのは洗脳と同じで危険なことだ、と考えている人たちがいる。
全然そうではない。心は知性によって調律されて健康になる。
身体に栄養が必要なように魂にも栄養が必要だ。
身体や肌をケアしたりトリートメントしたりシェイプアップしたりするように、
精神面での自分もケアしたりトリートメントしたりシェイプアップしたりすることを考える。
心だって風邪をひくこともあるので、そんなときは天然石と遊ぶなどして心をあったかくしてやる。
それから自分は自分の魂を養えているのだろうかと自問する。
目先の欲望、その日その日の思いいれに呑まれてしまうと、
野狐(ヤコ)や古ダヌキを神とあがめるような生き方をしなくてはならないことに気付ける。


4/04<過ぎてゆく日々のこと> 
渓流を挟んで隣家は工務店。主人が軽トラックに板材を積んでいた。
「暖かくなりましたね」ぼくはいう。
「いまの季節がいちばんいい」彼はいう。
「もう少しすれば山は緑一色になってしまう。でもいまは、こんなにいっぱいいろんな色があってきれいだ」。
梯子をかければ届きそうな距離に山は屏風になって天空をくぎっている。
いまを盛りと花をつけたヤマザクラが点在し、緑色系鉱物の表本箱をひろげたように、
そうでなければ日本の伝統色の色見本を開いたように若やいだ緑から老い松の濃い緑まで、
みどりが綾なし重なり攻めぎあっている。
春を無視してこつぜんとやってきた初夏の陽気に山の人たちは風景に酔っている。
(写真は糸魚川市姫川の河原で採集してきたチャートと思う。左右の約180mm。立派でたくましい)


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