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ホームページでは天然石ブレスレットを軒並み全部5割引  08:56
果実玉つきブレス
<アウトレット特集> 
ザ・ストーンズバザール・ホームページでは、杉並区の実店舗で定価販売していた
天然石アクセサリーや原石類を順次アウトレット価格で販売していきます。
定価の5割引(半額)以下での価格を予定しています。
引退に向かって準備しなければならない年齢ということがあって、
3−4年間になるべくたくさんを売り切って倉庫を整理したいと願っています。
業者の方の仕入れ(通常仕入れ価格よりさらに安く!)、イベントへの委託販売など、
ご希望がありましたら当社問合わせメールからご連絡ください。


<アウトレット特集> 
中央に日本翡翠果実玉を組んだ7−10ミリ玉ブレッレットは実店舗の人気商品でした。
果実玉は日本ではメロンカットとよばれ、諸外国ではパンプキン・シェイプトとよばれることが多いようです。
日本翡翠の果実玉は当社のオリジナル製品、うちと2、3の特約店でしか入手できないということもあって、
遠方からのお客さんでは数点をまとめ買いされる方もいらっしゃいました。
果実玉付き天然石ブレスレットは「日本翡翠ブレスレット/バーゲン品」ページに掲載してあります。
7-18-4 284


勾玉つきブレス
<アウトレット特集> 
果実玉付き天然石ブレスレットと同じように人気が高かったのが、勾玉付きブレスレットで、
16-20mmの勾玉を天然石ビーズと組合わせてあります。
みんなが自分のことだけに忙しい時代になって、
外出が楽しいものではなくなるようなことがらに遭遇しやすくなっています。
災難や未浄化なものを避けて身辺守護をかためるのに勾玉付きブレスレットは心強いタリズマンになります。 7-18-4 393


管玉ブレス
<新着製品> 
当社HP「天然石勾玉/勾玉ブレスレット」に、細身の管玉をベースにした
「勾玉付き管玉ブレスレット」を5種類新規に掲載しました。
新着順をクリックしてごらんになってください。
日本神話ではアマテラス大神は勾玉付きのブレスレットやネックレス、髪飾りを付けた姿で登場します。
弥生古墳時代の出土品から想像すると、勾玉の他にはチューブ状の管玉が使われていたようです。
こうした神話に着想して数量限定の勾玉付き管玉ブレスレットを作ってみました。
古代を身近に感じられようになると、ご先祖たちとのつながりができるのか、
気持ちも元気づいてきます。2-18-3 235
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大サイズの日本翡翠原石は豪華でまばゆい  10:25
日本翡翠原石<新着製品> 
「日本翡翠・ミャンマー翡翠原石/日本翡翠原石」に2キロ以上の大きさの原石16点を新規掲載しています。
2キロ以上の原石には「L」ではじまる品番をつけました。
気安く購入できる価格でないことが難ですが、大きな翡翠原石は驚くほどの迫力があって、
窓辺や寝室に飾ると生涯の友になります。
日本翡翠は水に濡らすと休眠から覚めるようなところがあって、生き生きと輝き、
パワーに満ちた姿を見せてくれます。
ことに白い高貴さは日本翡翠ならではのものです。
いつかどこかで手にする機会があれば、石を呼吸するつもりになると、5千年の昔、
縄文時代のご先祖がパワーストーンとしてあがめた石の霊気・呪力の片鱗に触れられると思います。
翡翠は写真の再現が難しい製品です。
PCをご利用の場合はモニターの角度によっても明暗や色味が異なってみえます。
一番自然にみえる角度を選んでご賞味ください。 7-18-3 0583


日本翡翠原石<新着製品> 
ザ・ストーンズバザールのカテゴリー「日本翡翠・ミャンマー翡翠原石/日本翡翠バーゲン品」に
Lサイズで5割引原石を8点、新規に掲載しました。
難がある製品ではありません。どの原石も加工品素材として活用できます。
白色系が基本なので翡翠の白い気高さを楽しめ、大きな風水効果を期待できます。
5割引は在庫調整と倉庫整理のための放出品ゆえのことです。
日本翡翠製品を扱いはじめたころ、原石の確保に苦労しました。
知人にヒスイハンターを紹介してもらったり、つてをたどって業者を訪ねたりしても、
こちらが希望する原石の入手は難しかった次第です。
それがいまでは、自分ひとりでは扱いきれないほどに在庫が増えています。
選り取りみどりで目線があう原石をお選びください。 0377


ミャンマー翡翠
<新着製品> 
ザ・ストーンズバザールのホームページ「日本翡翠・ミャンマー翡翠原石」は
以下の4つのサブカテゴリーからできています。
‘本翡翠原石(お手頃サイズ、お手頃価格の新潟県糸魚川産翡翠原石を通販で購入できます)、
可愛い日本翡翠 (新潟県糸魚川産翡翠原石の小振りサイズの特集です。
てのひらに乗せて愛玩できる大きさを選んであります)、
F本翡翠バーゲン品(ヒスイ輝石の基本色は白、糸魚川産翡翠原石のうち
白っぽくてやや地味にみえるものを5割引で提供しています。翡翠標本の基本となる原石です)、
ぅ潺礇鵐沺惹膿蕁癖石問屋街に行っても翡翠原石とはなかなか遭遇できません。
掲載製品のなかには問屋街より安いものもあります)。 7-18-2162
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レモンクォーツ・ラフカット特大ルースに見惚れる 10:13
レモンクォーツ・ラフカット
<新着製品> 
ホームページ「アウトレット/天然石加工品」に「レモンクォーツ・ラフカット特大」を新規掲載しました。
64mm/300ct(60g)の大きさ。¥90,000の5割引で¥45,000。
黄色系の色合いはヨーガの思想では「行」によって生まれるタパス(神秘的パワー)の色。
若い頃に習った行法では、尾骨のチャクラに気を集めて、
金槌で尾骨を叩くつもりでクンダリニーを覚醒させるというのがあった。
タパスの熱がクンダリニーを目覚めさせるということだった。
いまではもう、ああいう激しくてパワーのいる修行は向いてない。
穏やかになだらかに深く入っていけたらいいと思っている。
ルチルクォーツやレモンクォーツなど、黄色系の天然石の色合いを尾骨に置くと活力・精力を強化できる。
ここでは気息に従って肛門を閉めると口伝されている。2-18-3


レモンクォーツ・シリンダー
<新着製品>
「アウトレット/ルース」に「レモンクォーツ・シリンダー・カット 
35mm/82.0ct」(¥45,000 50%OFF→¥22,500)を新規掲載しました。
きれいな石は美味しそうにみえる。
すると美味しそうにみえるそれだけの理由できれいな石を買っておきたくなる。
どこで出会ったのか覚えていないが、このルースもそうやって手元にきました。
上の面に片穴開けてヒートンを付けるとか、
柱面に3−4mm幅で貴金属を巻いてペンダントにするとか考えたかもしれません。
ジュエリーデザイナーが手掛けるような複雑な形状のアクセサリーは、
ちょっとのことで高額になってしまってうちでは売りにくい。
でも結局はアクセサリーに加工されずに残ってきた。
美味しそうにみえるから加工することをためらってきたからのようです。2-18-3


インカローズ
<新着製品>
「アウトレット/ルース」に、インカローズやアクアマリンなどのルース18点を新規掲載しました。
どの製品も定価の5割引です。
多くは住まいの作業机近辺に置いてあって、店には並ぶことがなかった製品です。
以前に書いたように、うちでは18Kゴールドやシルバーのペンダント、リングなどを作っていて、
雑誌に広告して販売していた時期がありました。ルースの多くはその時代の名残です。
ルースの美しさにすっかりと目覚めて、
ジュエリーショーに行くと仕事なのか趣味なのかわからない買い方をしていました。
いま見直してもこれらはやっぱり美しくて惚れ惚れとしてしまいます。
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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ 7/28−29 2018 09:57
シトリン観音
★7/28<過ぎてゆく日々のこと> 
昨日は一日、HP掲載製品のコメント書きや入力に費やした。
外出もせず昼寝もせず、机の前に座りつづけた。
そうやって観音頭部パーツ(アウトレット/天然石加工品に掲載)のやさしく慈愛いっぱいのお顔を見て、
やっぱり、なんで、ここで、人間をやっているのだろうと考えてしまった。
こんなところへ墜ちてくるなんて、どうしたことなんだ(冗談だけど)。
人間の葛藤の半分以上は対人関係にある。話し相手がいなければ寂しい。
他人が自分を正当に評価してくれなければ腹立たしい(つまり自己評価しているように)、
その上、望みもしない人たちとの付き合いはいらただしい。
自分は大乗仏教徒じゃないので慈悲ということがよくわからない。忍辱ということもよくわからない。
どうやったらアホを愛せるのかもわからない。そんなこんなを考えながら観音菩薩を思う。
窓の外の丘陵の上にゴジラのように巨大な姿をあらわす観音菩薩の姿を幻視すると、
彼/彼女はとがめもせずただ笑みを浮かべている。


★7/28<過ぎてゆく日々のこと> 
自分が30代、40代だったころ、
未来のどこかで自分が70歳の人生を生きているなんて考えたこともなかった。
取材先で高齢の方に会う機会があり、彼らの人生の多彩さに感銘を受けることはあっても、
自分が老人になるなど思いもよらないことだった。
そうやってたくさんの年月を経て、今度は30代、40代の人たちから、取材を受けたりする年齢になった。
かつて自分が老いた人たちを見ていたのと同じように、彼らから見られていることを想像すると、
順送りの生命の連鎖といういことに思いあたる。
なにがしかの縁でなにがしかの関わりがある若い人たちには、
彼らが実りのある人生を歩んでくれるよう願うばかりだ。
そうやってぼくのなかのいくらかは彼らのなかに残っていく。


★7/29<過ぎてゆく日々のこと> 
ずーっと修験道のことを考えている。かつて取材してまわった霊能力者の何人かは修験の行者だった。
霊媒に降りた霊の託宣を拝聴したことがある。
向こう側の世界からテレポーテーションしてきたという小刀を見せてもらったこともある。
霊山での修行の話をいろいろと聞いた。誘われて滝行したこともある。
それでも修験道にはあまり関心をよせてこなかった。
天狗に興味を抱いて関連本の1、2冊を手に取った。
修験道が仏教を軸に神道・道教、民間信仰が渾然一体となった信仰であることがわかり、
その中心にシャーマニズム的な霊的世界との交流があることがわかった。
古代の人たちにとって未来の不安定さは耐えがたいものだった。
祖霊や精霊を招き、彼らの声を聞くことで明日を生きるよすがとした。
縄文時代も弥生時代もご先祖たちは霊の声を聞いた。
招霊がアジア的な宗教の原点で、それが修験道に残っているところが意義深い。
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翡翠原石に見入ると山中他界が開けてくる  10:35
翡翠原石
<石と触れ合う> 
天然石と触れあう気持ちのうちに精神世界を見る。
30年ほど前に石ヤになって以来今日まで、ずーっとこのスタンスでやってきた。
天然石のパワーをどうやって感じるか、パワー効果をどう生かすか、
石たちを見ることとスピリチュアルな世界を歩むことをどうつなげていくか、そうした問いと、
西洋占星術の星座・惑星と天然石の関係、世界各地の神話に語られる天然石のパワー効果、
インドと西欧の錬金術、アジア各地の医薬品としての石薬、チャクラとクンダリニー、
古代中国の気の論理と養生術、サーンキヤとタントリズム、唯識、などへの関心は、同じことだ。
同じスタンスで修験道に興味を抱いて、修験の行者たちのことをあれこれ考えている。
興味を抱いても、霊山を訪ねるわけではなく、近所の寺ひとつ見物にいくわけではないが、
猛暑の日々、修験のお山のことを思うと、頭の中は涼やかでいられる。


<石と触れ合う> 
日本翡翠の原石への偏愛は、わが子だけがどこまでも可愛くて、
他人の子にはとんと関心がないのに似ている。
ましてやfb使用の写真となると、愛児の顔写真入り年賀状に似ていなくもない。
それでも親ばかならぬ翡翠マニアには、自分の翡翠がことのほか立派で美しく見える。
まあ、なにごとによらずマニアとはそういうものなんだろう。
そんなふうなので真夏のガンガン照りのなかを石より重い翡翠原石を手に
水辺に降りる石の階段を上り下りして、撮影場所さがしに止むことのない汗をかいだ。
今夜あたり禿頭で白髭を蓄えた翡翠の精が訪ねてくるかもしれない。  7-18-3
(翡翠は並みの岩石より比重が重い)


<石と触れ合う> 
山中他界の霊山に精神宇宙の地図を見る。
こちらの巨岩に山の主(ぬし)の宿りを見る
、巨木には龍の降臨を霊視して、滝には不動明王の霊気を読む。
先達が悟りを得たり入定、寂滅した聖地があるし、なんらかの記念碑もある。
そうやって凡俗には意味のない山の中が精神宇宙のマンダラに変わっていく。
修験道の世界観と同じ構造がアボリジニのドリームタイムにもある。
そこでは荒野の道が宇宙創世を物語る巡礼の道に変わる。
同じことが弥生時代にあったし、縄文時代にもあったことだろう。
磐座 (いわくら)に祖霊が降りる。樹齢数百年の巨木に神々の意識を読む。
同じ眼で翡翠に向かうと、翡翠には宇宙の精力が宿っていることがわかる。
5千年のご先祖はそれを知っていた。
天地が交合する力、世界が生み出されていく甘美さ、
そういうものを桃の芳香をかぐようにして翡翠に感じると、
やっぱりこの石は特別だと思う。
| クリスタル・ヒーリング | comments(0) | trackbacks(0) | posted by YK
子天狗と散歩して刹那加持を習う 10:05
ホタルブクロ
<子天狗> 
玄太がやってくる。「元気にしてた?」ぼくは訊く。「うん」彼は応える。
「じいさんが亡くなった」「えっ、じいさんがいたのか?」「うん」
「幾つで亡くなったの?」「180歳」「えっ?」「天狗は人間の倍くらい生きるんだ」
「そうか、で、親しかったの?」「うん」「そうか、でも仕方がないよ。
みんなちょっとの間、こちら側にいるだけなんだから。でも、寂しくなるね」「うん」
「どんな葬式だったの?」「天狗は葬式はしないんだ。死期を悟ると森に入っていく。
さらに深い森へと入っていく道があって、そこにいった者はもう戻ってこない」
「へぇー、異文化の話だ」「それがね、昨日、じいさんはおいらのところに戻ってきた。
すごく嬉しそうな顔をしてやってきて、すぽっとおいらのなかに入った。
小さな光の玉となっておいらの胸にいて、おいらといっしょになっている」
「そういう光の玉を見たことがある、自分のなかの自分だ」「うん」
「じゃあ、もう大丈夫だね」「うん」 風が吹いて焚き火の炎が倍ほどの長さに伸びた。
炎の舌が虚空をなめた、「ほら、じいさんが同意している」玄太がいった。



<子天狗> 
玄太とつれだって近所の湧き水まで散歩した。
山道の土手の岩の隙間から清水がわく箇所があって、山の持ち主がかけひを設けて、
ペットボトルやポリタンクに水をくめるようにしてある。
アジサイやツバキの花や、ヒメジョオン、ユキノシタ、ホタルブクロなどの野草の花を見かけると、
玄太はひょいひょいと触れて歩く。
「何をしているの?」ぼくは訊く。「せつなかじ」彼が答える。
「せつないの?」「違うよ、刹那の加持。まあお祈りの一種だ」
「へえ、それって何?」「一瞬のうちに、ほんとうは瞬間よりも短い時間、木や草に触れて、
あんたはぼくと兄弟だ、ぼくらはともにこの星に生きている、
ぼくが元気でいるように、あんたも元気でいるよう願う、というふうに祈るんだ。
まあ、そんなにたくさん祈れないから、仲良くしようね、と祈る」「ふーん、すごいね」
「するとね、草や木や虫や蝶や鳥たちと仲良くなれる」「うん、愛のパルスが飛び交うんだ」
玄太たちはそういうことを塾でお師匠から習う。
木や草に挨拶すると、自分が木や草へと広がってゆくという。
泉に着いて、わき水を手のひらに受けて飲んだ。甘みのある冷たい水だった。
帰り道はふたりでいっしょになって刹那加持した。
刹那ごとに放出される祈りの念が無数にはじける小さなパルスとなって田舎道を染めていった。


<子天狗> 
仏壇に灯明、線香をあげて、ぶつぶつと般若心経をとなえていた。 
「おじさん」とゲンタが庭先から呼んだ。「何をしているの?」
「仏壇にお経をあげている」「何で?」「何でって、親がどこかで生まれ変わっているのなら、
辛い思いをしていないよう願っている。お経のパワーはそっちのほうに飛んでいって、
生まれ変わった者が元気で暮らせるよう力添えするんだ。チベット仏教の教えだ」
「ふーん、こないだおとうの友人が来ておとうと話していた。
人間たちのなかにはいつまでも死者の足をひっぱる者がいる、困ったことだって」
「へえー」「どんなに可哀相な死に方をしても、それはカルマなんだからしかたがないって。
死にきることで新しくなれるのに放してやらないと死にきれない、後ろ髪をひっぱるのと同じなんだって」
「そうだね」「ああ、だからお経は生まれ変わった人のためにあげるんだね」
「うん、より詳しくは、仏さんを褒めそやして、うちの身内をよしなに扱ってくれと頼むんだよ。
玄太のおとうってなかなか立派な人だね」
「おじさん」「うん?」「そのうち、うちに遊びに来てよ、おとうも喜ぶ」
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<過ぎてゆく日々のこと>のまとめ    7/13−21 2018 10:25
ヤマユリ
★7/13<過ぎてゆく日々のこと> 
いまは夕暮れ時、コンクリートのアパートの窓の向こうの丘陵が黒々とした碧玉色に変わり、
ヒグラシが鳴いている。昨日までの数日間は遠慮ぶかげだった。
なのにきょうはわが世の到来とばかりのセミ時雨れ。
幼かったころ、母の実家の墓参りにはヒグラシが四方八方ワンワンと鳴きちらす竹林を抜けていった。
だからヒグラシは弔いのセミと思いこんでいる。
夕方のわびしさのなかで鳴くということもあるんだろう。
誰であろうと人は必ず死ぬ。死に際がどうであろうと死ぬことに変わりはない。
死んでしまったならばくっきりと死にきって、どこか違う世界で新しい人生を始めるのがいい。
そんなふうに思ってきた。
考えてみると、子供のころから死ぬことの不思議さに魅せられてきたような気もする。
仕事をしたり遊んだり、そうした日常的な行為は生きている時間に属している。
それに対して本当に美しいものや、超絶的に甘美なものや、
神秘的なことどもは死の領域に属している。


アナグマ
★7/18<過ぎてゆく日々のこと> 
庭で日本翡翠の原石を撮影していた。強い日差しにあぶられたちまちにTシャツが汗に濡れる。
フライパンで焼かれるハッシュドポテトの心境だがやむを得ない。
直射日光のもとでは写真のコントラストが強くなりすぎる。
日陰(ひかげ)では青くかぶってしまいやすい。
ほどよい日陰を探し、重い原石をかかえて右往左往せざるをえない。
朝の時間が過ぎるにしたがって身体に疲労が蓄積されていく。
手にした原石を投げ出したい、もう休みたい、と思ったそのときだった。
庭の外れの獣道にタヌキほどの獣の背が動いた。急いでカメラを望遠にした。
待つ時間もなくストッカーの横から、狸にしては鼻の長い獣が顔をだした。
ハクビシンであるらしかった。
愛想のない奴で、二度目のシャッターを押す時間もないまま、素通りしていった。
コンニチワぐらい言えばオイルサーデンの缶を開けてやったものを。
(あとでアナグマだと教わった)


モリアオガエル
★7/21<過ぎてゆく日々のこと> 
岩を伝うつる草にモリアオガエルのフィギュアを置くと、まるで生きているかのように見える。
庭の水道の汚水溜まりに、梅雨の季節になるとモリアオガエルが卵を産みにやってくる。
なのに今年は淡雪に似た卵塊を見かけなかった。
汚水溜まりは土中に甕(かめ)が埋めてある。それが割れて、溜られる水量が半分ほどに減ってしまった。
それでカエルに見放されたらしい。
カエルファンではあるけれど、モリアオガエルもカジカも姿を見たことがない。
ズボラでなまけものの山のファンには、自然の営みがただただ不思議に見える。
夏の到来を告げるホトトギスはどこかへ行ってしまった。昨夜は遠くでフクロウが鳴いていた。

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